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第九話:悪党死すべし

 散発的に響いて来る銃声、それに時折混じる怒号と悲鳴……それらが耳に届く場所まで、兵治たちは接近していた。場所は目的地である雑居ビル近くの裏路地で、いつも通りに優れた五感を持つガルが先頭を進み、それに伊藤を引き連れた兵治が続いている。接近していることがエンジン音で気づかれるとまずいので、やはり途中でパトカーは乗り捨てて来ている。


「ここを抜けたら、ビルの正面が見えるはずです」

「わかりました」


 伊藤の指示に従い、兵治は路地を抜ける寸前で、壁に身を寄せた。そして懐から歯医者で使うような柄の長い鏡を取り出すと、それを使って身を晒さずにビルの方の様子をうかがった。ガルに任せてもよかったが、ここはやはり自分の目で確かめておきたかったのだ。


 磨かれた鏡面の中で、暴徒に襲撃されている避難民のビル正面がうつる。雑居ビル自体は、ちょっと大通りからそれた場所にはどこにでもありそうな四階建てだったが、今その正面玄関前には暴徒の車が何台も乗りつけられている。


 ざっと鏡で見たところ、暴徒は全員がビルの中に入り込んでいるようだったので、兵治は鏡を仕舞うと入れ替わりに腰のホルスターからSIG・P230を引き抜いた。そしていつでも射撃可能なP230を隙なく構えたまま、ビルへとにじり寄っていく。


「おらっ!さっさと来やがれこのアマッ!」

「痛い!やめて放して!」


 暴徒の車が並んでいる場所まで来たところで、そんな声が玄関から聞こえ、素早く兵治は手近な車の陰に隠れた。片目だけを車の陰から出して様子を見ると、暴徒二人が暴れる女性を無理やり別の車に押し込もうとしている。どう考えても拉致の現行犯だ。


 そこまで見ればもう十分だったので、兵治は車の陰から立ち上がると、P230を迅速に構えた。右手でしっかりとグリップを握り、さらに左手でその右手を覆って射撃姿勢を安定させる。P230の上部に設けられたオープンサイトで暴徒の胸に照準、人指し指で引き金を二度素早く絞った。間髪入れずに二発連続で撃つことを、ダブルタップといい、高速で相手に二発の弾丸を叩き込める。


 女性を強引に車に押し込もうとしていた暴徒の一人が、胸に二発の32ACP弾を貰ってひっくり返る。暴徒の片割れが何事かとこちらを向いた瞬間、兵治は滑らかに銃口を横にスライドさせて、再び男の胸を狙ってダブルタップで撃った。続けざまの銃声が響いた後、胸に拳銃弾の二連射を浴びた男が、悲鳴もあげずに倒れた。


 いきなり自分を拉致しようとしていた男二人が射殺され、その女性はフリーズしていたが、兵治が薄く硝煙が立ち昇るP230を構えたまま近寄って来ると、悲鳴をあげそうになる。それを見た兵治は素早く左手の立てた人差し指を口の前にあてた。もちろん静かにというジェスチャーで、幸いにも女性は悲鳴を我慢してくれた。


「だ、大丈夫ですか!」

「伊藤さん!?」


 こういうときのために連れて来た伊藤が、早速顔見知りらしい女性へ事情説明を開始する。それを横目に見ながら、兵治はさっき撃った男が確実に死んでいるかどうか確認したり、ガルを連れて周囲に暴徒がいないかチェックしたりした。


「伊藤さん、ひとまず暴徒を撃退するまで、あちらのビルに隠れていて貰いましょう」


 ここに来るまでに安全を確認した別のビルがあるので、そこを避難民の一時退避場所にすることにしていた。兵治がそれを言うと、伊藤は女性にそれを説明しはじめる。


「寂しいかもしれないけど、すぐに他のみんなも助け出して連れてくから、それまで頑張って!」

「伊藤さんたちこそ、気をつけて!あいつら見境なしに銃を撃って、男は殺すし女はこれだから……」


 どうやら伊藤は避難民の中では信頼されている方らしい。やはり根が善人なのだろう。


「大丈夫、さあ早く行って!」


 伊藤がそう言って女性を送りだすと、その女性は振り返りながらも教えられたビルへと走っていった。


「これから中に入りますが、絶対に自分より前に出たり、離れたりしないで下さいね」

「はい!」


 兵治は伊藤に改めて注意を与えると、P230を手にビルの中へと入っていった。




 ビルに入ってすぐ、いきなり階段を駆け下りて来た暴徒二人とまた遭遇した。その暴徒は両手に食料の入った段ボール箱を持っていて、兵治たちに気づいてもろくに抵抗できなかった。どうやら避難民から奪った食料を車に運びに来たところだったらしいが、兵治にはそんなことは関係ないし、むしろ好都合だったので遠慮容赦無く撃った。


 先頭にいた暴徒の頭に一発撃ち込んで片づけ、さらに後ろの暴徒には胸にダブルタップ。たちまち二名射殺となったが、そこで兵治は弾倉交換を行った。外で四発撃って今三発撃ったので、弾倉はちょうど空だった。P230の弾倉には32ACP弾が八発入るが、銃本体の薬室という場所に一発込められるので、銃に一発残して弾倉は空になる計算だ。


 薬室に一発残した上で空になった弾倉を交換するという、理想的な再装填を行った兵治は、念のために手早く一階を捜索した。兵治が捜索した限りでは一階にはもう誰もおらず、ガルもまた聴覚や嗅覚で誰もいないと教えてくれた。もちろん伊藤の前では喋れないので、誰もいなければ小さく二回咆えるという合図でだ。


 さっき二人射殺した階段を使って、二階へと進む。すると上から喚き声が聞こえたので、すぐに階段から退避して二階の廊下へと隠れた。伊藤がちゃんと指示通りに兵治の後ろについて来てくれるので、あまり余計な心配をせずにすむのが助かる。


「あいつら何やってるんだ!さっさと戻ってこい!」


 そんなことを言いながら、三階から男が一人駆け下りて来た。どうやら先程兵治が射殺した四名が、なかなか戻って来ないので呼びに来たらしい。


 男が二階の踊り場にやって来て、こちらに背を向け一階の階段を駆け下りようとした瞬間、兵治は後ろから一発撃った。乾いた銃声が屋内で反響すると同時に、背後から喉を撃ち抜かれた男が階段から転がり落ちて行った。男が転がり落ちる騒々しい音とは違い、空薬莢がリノリウムの床の上に落ちる音は、綺麗な鈴音にも似ていて場違いなほどだった。


 階上から駆け下りて来た男を射殺した兵治は、今度は二階の捜索を開始する。二階はマンションに似た構造で、奥で折れ曲がった廊下に沿って部屋のドアが並んでいる。部屋数はそう多くないが、背後から撃たれてはかなわないので、念のために兵治は各部屋に入って徹底的に捜索をしていく。


 ある部屋を捜索している最中、不意にガルが兵治の服の裾を咥えて引っ張った。これは恒例のガルが話をしたいという合図だ。


「伊藤さん、ちょっと後ろのそこの机に隠れていて下さい」


 部屋の奥にある机に隠れるように指示を出し、伊藤を一旦引き離した兵治は、ガルに何かと尋ねた。


「奥から男が三人、こっちに来てる。会話の内容から底抜けの馬鹿なのは間違いないから、ぶっ殺してやった方が世のためだな」


 伊藤に聞こえないように声量を落としたガルが、そう兵治に告げて来る。


「連中は三人ひと塊でこっちに走って来てる。いいか、俺様が撃てと言ったら、そこのドア目掛けてとにかく撃ちまくれ」


 兵治は頷くと、部屋のドアから少し下がった場所で、P230を構えた。


「信用してるから、タイミング外さないでくれよ」

「ほざけ、俺様を舐めるんじゃねぇよ」


 軽く茶化して兵治は言ったが、ガルはそれに不敵な唸り声とともに答えた。なんだかんだで、ガルは信頼できる存在だから、兵治は本当に信頼したままP230を構えている。


「今だ、撃てよ」


 兵治にもうるさい足音が聞こえるようになったが、ガルが静かにそう射撃の指示を出した。それに従い、兵治はドア目掛けて構えたP230を連射した。鋭く銃上部のスライドが往復して、排莢と次弾装填、発砲という流れを繰り返す。兵治が撃つ度に小さな穴を開けるドアの外から響く悲鳴をかき消すように、立て続けに銃声が鳴る。


 空薬莢が七個、心地よい鈴音を立てながら床に転がったところで兵治は射撃をやめた。空っぽになった弾倉を引き抜くと、充填された弾倉をグリップの下から突っ込んで再装填。兵治が慎重に穴だらけになったドアを開けて外の廊下を確認すると、血まみれになった男が三人、倒れていた。


 他の銃器と比較して拳銃弾は大きく貫通力が劣っているが、薄っぺらいドアは拳銃弾でもたやすく撃ち抜くことができる。ドアは銃撃戦の遮蔽物になれるように設計されていないのだから、当たり前といえばそうなのだが、そのおかげでこの暴徒三人をドア越しに見事射殺することが出来た。


「助かった、また機会があれば頼む」

「ああ、任せな」


 ドア越しに撃ち殺した暴徒の中に、拳銃を持っている奴がいたので、それを回収しながら兵治はガルに礼を言った。言われて悪い気はしないらしく、ガルは自慢げに鼻を鳴らして応じた。




 その後に部屋から出て二階の捜索を続けたが、他には誰もいなかったので、兵治は階段へ戻って三階に向かった。そして、そこでまた階下の様子を見に駆け下りて来た暴徒二人と遭遇する羽目になってしまった。


「こ、この野郎!?」


 階段の踊り場で至近距離で鉢合わせになってしまった暴徒が、驚きながらも兵治に拳銃の銃口を向けようとする。それに対して、兵治は上体を倒してぎりぎりまで姿勢を低くすると、まるで相手に頭突きを喰らわすかのような勢いで突っ込んだ。兵治が限界まで上体を倒していたために銃口を向け切れなかった男の、その内懐に飛び込むことに成功する。


 男の内懐に飛び込むことに成功した兵治は、左手で拳銃を握っている男の右手首を掴むと、強引に右手をまるで挙手をさせるように上げさせた。左手で男の銃口を上げさせて封じ込んだまま、右手のP230の銃口を男の腹に押しつけて、三発撃ち込んだ。腹部の銃創から血液が噴出し、兵治の顔にまだら模様をつける。苦痛に男が反射的に引き金を引いてしまうが、放たれた銃弾は天井にめり込むだけで終わる。


 腹に三発も撃ち込まれてぐったりとした男を盾にしたまま、兵治はわざと後ろに倒れ込んだ。兵治と仲間が重なってしまっていて、拳銃を撃てずに後ろで右往左往していたもう一人の男を狙う。男の胴体から顔を出して、右手でP230を持ちあげて構える。血の滴る銃口と目があってしまった男が音程外れの絶叫を喉からほとばしらせた瞬間、銃火が瞬き、男はそれで永遠のブラックアウトを迎えることとなった。


「氷川さん!?」


 後ろで隠れていた伊藤が、慌てて近寄って来ると、兵治に覆いかぶさっていた男をどかした。


「自分には傷ひとつありませんから、どうぞご心配なく」


 流れ出た男の血液で黒いスーツの上着を、さらにどす黒くした兵治がなんでもない様子で起き上がると、伊藤に応じた。


 腹に三発撃ち込まれてもまだ多少息があった男に、平然ととどめの一発を撃ち込む。そして弾薬を消耗した弾倉を抜き、迅速に装填された弾倉と取り換える。さらに射殺した二人の男から拳銃を回収する兵治を、伊藤は信じられないといった様子で見ている。


「自衛隊の人って、みんな氷川さんみたいに強いんですか……?」

「まあ、相手が頭の悪いただの素人ですし、これでも自分は世界がこうなってから結構な場数を踏んでいますから」


 顔やP230に付着した血を拭いながら、とりあえず兵治はそう答えておいた。伊藤が自分を嫌悪しているわけではなく、ただ単に超人を見るような目で見ていたからだが。


 それはともかくとして、三階も捜索した結果、すでに誰もいないとわかった。ただ破壊されたバリケードと空薬莢が散乱していて、その合間に暴徒と避難民双方の遺体があったところを見るにつけ、この三階ではつい先程までかなり激しい衝突があったらしい。さらに四階の方でまだ物音や声がうるさく聞こえているので、より一層用心しながら兵治は四階に向かうことにした。


「くそっ!しぶてぇ奴らだな!」

「下の車から新しく弾を持って来い!」


 兵治が四階に到着したところで、そんな会話が聞こえて来た。急いで兵治が壁際に隠れると、大型のナイフを構えた男が曲がり角から姿を現した。


「なっ!?」


 男が曲がり角を曲がったところで、そこに隠れていた兵治を発見し、驚愕した。その隙に兵治は左手でナイフを握った男の右手首を掴んで、思い切りこちらへと引き寄せた。いきなり手首を掴まれて引っ張られた男は前のめりになって姿勢を崩し、兵治の前に倒れ込む。倒れ込んだ男の後頭部に対して、兵治は右手でP230を構えるとダブルタップで二発撃ち込み、さっさと射殺した。


 撃ち殺した男には目もくれず、男が現れた曲がり角の様子を兵治がうかがった途端、いきなりショットガンで撃たれた。ガルが後ろから服の裾を咥えて兵治を後ろに引っ張っていなければ、危うく散弾で顔に穴を開けられるところで、これは迂闊だった。


 再び兵治が隠れた曲がり角に対してショットガンの銃撃が加えられ、無数の散弾でコンクリートが削り取られて白っぽい埃が舞う。大量の散弾を一度に撃ち出すショットガンは、近距離ならば拳銃とは比べ物にならないほどの火力を発揮し、まともに喰らえば即死だ。


 それでも兵治は冷静に伏せて身を隠したまま、またあの柄の長い鏡を取り出して、床からちょっと上の辺りでとめて様子を見る。鏡の中でショットガンに弾を込め直している男が見え、その隣にいる男は拳銃を構えて兵治のいる曲がり角を警戒している。


 先手必勝ということで、兵治は鏡のかわりに今度は目と右手のP230だけを突き出し、指をさすようにして直感的にP230を構えた。銃を握っている右手の人指し指の先には、ショットガンに弾込めをしている男がいる。それを確認すると、兵治は立て続けに四度引き金を絞った。男の手にしていたショットガンに銃弾が命中して火花が散り、さらに男が胴体の三か所から血の糸を引きながら倒れた。


「う、うわあああああっ!?」


 横でショットガンを持っていた男を撃ち倒され、残った暴徒の男はパニックを起こした。兵治が隠れている曲がり角目掛けて、めったやたらに拳銃を撃って来る。しかし男に対してしっかりと身を隠している兵治に命中弾が出るはずもなく、兵治は冷静に隠れ続けた。


 五発撃ったところで、男の構えていた拳銃、リボルバーが弾切れを起こした。男がいくら引き金を引いても、カチンカチンという虚しい金属音しか響かない。それを確認した兵治は悠然とP230を構えて曲がり角から姿を現し、恐怖に硬直している男の頭に照準、あっさりと引き金を絞った。銃声が轟き、粘液質で湿ったものが後方に飛散し、生命活動を強制停止させられた肉体が倒れる重々しい音が続いた。


 結局、それがこのビル内で轟いた最後の銃声となった。避難民のいるビルを襲った暴徒は、全員が殺されるという形で結末を迎えたからだ。

実は拳銃を利用した銃撃戦が一番好きなので、今回はかなりはりきって書いてしまいました。

作者の意欲を総動員して書いてみましたが、お楽しみ頂けたでしょうか?


本当にたった一言でも貰えるとやる気が一気に出て書き進められるので、ご意見やご感想、なんでもお待ちしています。

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