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第15話◇少しのピリリと塩気、そして分かれたスコーン

まずはきゅうりのサンドイッチから。

表の焼き印は薔薇の華やかさを表現しているけれど、中は粒マスタードがピリッと効いているのが、まるで鋭いトゲを表現しているみたい。


「強めのマスタードも、悪くないわね」

「むぐ、本当だわ。ちょっと新鮮。……それにしても、災難だったわね。ルーカスのこと」


その刺激にピッタリな話題から、わたくしたちのおしゃべりは始まる。

気心が知れた関係だからこそ、少しお行儀が悪くても平気だ。

遠慮なくレジーナは踏み込んでくる。


「本っ当、せいせいしてるのよ!!もしあのまま結婚していたら、浮気窃盗男に屈服させられながら何十年も添い遂げなければならなかった、ってことじゃない!!」


かえって遠慮がちに尋ねられるよりもいいわね。

わたくしもその方が、こんなふうに素直に言えるもの。


「ただ、もう無理だわ。絶っ対、無理!!浮気は当然、生理的に無理だし、わたくしの薔薇に手を出してきたのも無理!!」


もはや横に立つ想像をしただけでも全身に鳥肌が立つ。


わたくしも無理だけど、マクファーソン家全体が無理だと判断した。

当主としてのお父様も、ルーカスとの婚約破棄とオルコットとの全面対立だけは躊躇なしだった。


「そりゃそうよねぇ。正直、アメリアにはもっといい人がいるはず、って思ってた。婚約の話聞いた瞬間から」


次は生ハムとレタスのサンドイッチを頬張りながら、レジーナの顔を見る。

わたくしへの同情がこもったレジーナの目元には、ルーカスに対する軽蔑が満ちていた。


この子、わたくしのことがなかったとしても、はなからルーカスのことが大嫌いなのよね。


「昔、お茶会でルーカスに虫をけしかけられたこと、今でも忘れてないわよ、私」


その言葉に、初めてレジーナと友達になったその日のことを思い出す。


「あの時、わたくしがレジーナのドレスの裾にくっついていた虫を取ってあげたのよね」

「そうそう。ただ見ているだけだったあの場にいた他の家門のどの令息たちよりも、ずっとアメリアが王子様だったわ~」


植物には虫がつきものだから、見慣れていたわたくしは芋虫に対しても冷静で、すぐに彼女を救い出すことができたのだ。

ものすごく感謝されて、以来、大親友になった。


逆にルーカスには「虫を怖がらないなんて、可愛くない女だ!!」なんて当たられて。それ以後、どんどん関係が悪化して、そして対決状態の今に至る。


「それにあの、ファニー・エイミス男爵令嬢?あの子、貴族学園ではなかなかの問題児みたいじゃない。ずいぶんと見境なく高位貴族令息に近づいてたみたいよ」

「はー。ルーカスはまんまとそれにひっかかったってわけね」


そうか、あのファニーはまだ学生なのね。

ルーカスに騙されていただけだったらまだ許せたけれど、そうじゃないのなら彼女も徹底的に敵だわ。


「ただ、あっちの方が貴族として立場が強いのよね。それに婚約破棄は成ったけれど、奪われた薔薇のことがあるし」


今度はサーモンの薔薇が乗せられた手のひらサイズのキッシュに手を伸ばす。


「ルーカス、きっとあの花で品評会に出ると思うの。取り返せるか分からないし、取り返したとしても、苗に何をされてるかも分からない。どちらにしろ、品評会には出せないわね」


わたくしは大きくため息をついた。


奪われた花は、グラデーションがかった薄い黄色の花びらの輪郭に赤みのオレンジ。サーモンの鮮やかなオレンジの薔薇が、否応なしにその花を思い起こさせる。


ほうれん草とサーモンのキッシュの塩味は優しかった。

ナイフとフォークを動かすたびに、ほろほろと崩れていくパイ生地が儚い。


「栽培計画も、ルーカスのせいで滅茶苦茶。新たな出品候補を選ばなければなきゃって、頭では分かってるけれど、そうそう吹っ切れるものでもないし」


膨大な手間暇をかけていたからこそ、喪失感が深いわ……。


「私も見たかったわ。その花のこと、ずっと聞いていたもの」


撫でるかのようにサーモンの薔薇をフォークの先で触れていたレジーナ。

彼女も家族と同様に、わたくしのあの花への思い入れを知り尽くしている。

言葉少なにこちらの話を聞くことに徹してくれていて、寄り添ってくれるその思いが、ただ嬉しかった。


「でも、他の薔薇でも出品は可能なんでしょう?きっと大丈夫。アメリアが作り出したどの品種だって、王妃様に見て頂いても恥ずかしいものは一つもないわ」

「そうかしら」


不安のまま聞き返すと、レジーナは目の前のティースタンドからスコーンをひとつ取る。

それを両手でゆっくりと静かに割って、彼女はわたくしの目の前でそのふたつの割れ目を示して見せた。

クルミが入ったスコーンだ。


「この分かれたスコーンの、左手にあるものも、右手にあるものも、等しく美味しいでしょう?だったら、アメリアが育てた薔薇だって一緒よ」


レジーナは右手の半分のスコーンをお皿に置くと、左手のスコーンを一口サイズにする。

そうして、割れ目にたっぷりとクロテッドクリームと薔薇のジャムを乗せて、ぱくりと口に入れた。


「ほら、ちゃんと美味しい。奪われた新種もこれから新しく選抜される新種候補も、どっちも素敵に決まってるわ。だって、温室にはアメリアが選りすぐった素敵な薔薇しか置いてないんだもの。そうでしょ?」

「レジーナ……」


にっこりと微笑んでみせるレジーナは、これだからやっぱり、最高の親友だわ。


「元気、出たかしら?」

「ふふ、出てきたわ」


ここまで言ってもらえたなら、わたくしだって、長々くじぐじと落ち込んだままではいられない。


「このことは、もういいわ。何かもっと他の、楽しいこと話しましょ?」


わたくしもスコーンに手を伸ばす。

スコーンは先ほどレジーナが手にしたクルミが入ったものと、もうひとつ、プレーンのもの。

少し迷ってから、プレーンの方を選び取る。


「そうだわ!!楽しいことと言えば、この話題よ~!!ね、ウィリアム様との顔合わせ、どうだったの?アメリア!!」

「はわ……っ!!」


その名前を耳にした途端、同様のあまり、手元が狂いそうになった。


あ、危なーい!!

危うく落っことしてダメにしちゃうところだったわ……!!


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