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第7話:黒幕は新郎



披露宴会場の裏にある、狭い親族控室。

 重苦しい沈黙が、空気の層となって肌にまとわりついてくる。


長テーブルを挟んで、私と両親。

 対面にユウジと義母のトモエ、そして「協力者」であるサヤカが座らされていた。

 式場スタッフたちは、腫れ物に触るような顔で遠巻きにしている。


「……で? どういうことだ」


父・タケルが低い声で問いかけた。

 怒りを通り越して、今は不気味なほど静かだ。それが逆に恐ろしい。


ユウジは、まだ事の重大さを理解していないようで、ポリポリと頭を掻いた。


「いやあ、だから説明したじゃないですか。サプライズですよ。最近、動画サイトとかで流行ってるじゃないですか。『結婚式を台無しにしてみた』みたいなドッキリ」


彼はヘラヘラと笑いながらスマホを取り出した。


「僕、あれが好きでよく見てて。最後にはみんな泣いて笑って、『絆が深まりました!』ってなるのが感動的で……。僕たちも、一生の思い出に残る式にしたくて企画したんです」


私は耳を疑った。

 動画サイト? 流行り?


そんなくだらない理由で、私たちの結婚式を、両親の想いを、こんな茶番劇に変えたのか。


「サヤカさんは、どうしてこんなことに加担したの?」


母・ユキが震える声で尋ねる。

 サヤカは気まずそうに視線を逸らした。


「だ、だって……ユウジくんがどうしてもって頼むから。『ミオはああ見えてノリがいいから、絶対にウケる』って。それに、『成功したらお礼も弾む』って言われたし……」


「お礼?」


「……ブランドのバッグ、買ってもらう約束で」


私のこめかみで血管が脈打った。

 友情だと思っていたものは、バッグ一つで売られたのだ。


「待ちなさいよ!」


突然、トモエが金切り声を上げた。彼女の顔は、恥ずかしさと混乱で真っ赤だ。


「じゃあ何か!? あの整形写真も、借金の領収書も、全部嘘だったのかい!? 私がみんなの前で恥をかいたのも、全部あんたの仕業だって言うのかい!?」


トモエにとっても、これは寝耳に水だったようだ。彼女は完全にピエロにされた。


だが、ユウジは悪びれもせず答える。


「母さんには、演技指導じゃなくて『真実』だって伝えておいた方が、リアルな怒りの演技ができると思ったんだよ! すごかったよ、あのアドリブ! 名女優だね!」


「あんた……っ!」


トモエは言葉を失い、へなへなと椅子に崩れ落ちた。

 溺愛していた息子に「おもしろ動画」のために騙され、利用されたショックは計り知れないだろう。


だが、同情はしない。

 彼女もまた、その「騙された正義感」で私を傷つけた加害者には変わりないのだから。


私は、冷めきった目で目の前の男を見た。


「ユウジ。あなたは、私がみんなに罵倒され、親が辱められ、詐欺師扱いされている間……どう思って見ていたの?」


ユウジはキョトンとして、無邪気に答えた。


「え? 『うわー、すごいリアルだなー』ってドキドキしてたよ。ミオが必死に否定すればするほど、『後のカタルシスがすごくなるぞ』ってワクワクして……あ、でも、ちょっと可哀想かなとは思ったけど、最後はハッピーエンドだからいいじゃん!」


ああ、駄目だ。通じない。


こことは違う言語、違う倫理観で生きている生物だ。


私が感じていた恐怖や絶望を、彼は「エンターテイメント」として消費していた。

 私の心が血を流しているのを、ポップコーンを食べながら眺めていたのだ。「善意」で。「愛」のために。


私の中で、カシャリと何かが噛み合う音がした。


それは、彼に対する「情」という名の扉が、完全に施錠された音だった。


「……そう。ハッピーエンドね」


私はゆっくりと立ち上がった。

 左手の薬指にはまっているプラチナのリング。かつては宝物のように思えたそれを、迷いなく引き抜く。


「ミオ……?」


カラン。


指輪がテーブルの上を転がり、乾いた音を立てて止まった。


「終わりよ」


「え?」


ユウジの笑顔が凍りつく。


「結婚は白紙。二度と私の前に顔を見せないで」


「は、はあ!? 何言ってんだよミオ! ドッキリだよ!? 嘘だったんだから、ノーカウントだろ!? なんでそんなに怒るんだよ、心が狭いなあ!」


ユウジが慌てて立ち上がり、私の腕を掴もうとする。

 父がすかさず割って入り、ユウジの胸を突き飛ばした。


「娘に触るな!!」


「うわっ!」


ユウジが尻餅をつく。

 私は彼を見下ろして、感情のない声で告げた。


「心が狭くて結構。私はね、自分の人生を『暇つぶしのコンテンツ』にされるのが一番嫌いなの。あなたには一生理解できないでしょうけど」


部屋の空気が凍りつく中、私は父と母を促して出口へ向かう。

 しかし、ドアノブに手をかけたところで、ふと思い出して足を止めた。


振り返ると、まだ状況を飲み込めていない「元」新郎と、その母親、そして友人がそこにいた。


「ああ、それと。大事なことを忘れてたわ」


私はニッコリと、今日一番の笑顔を作ってみせた。


「この結婚式、当然キャンセルですよね? その費用、どうするか話し合いましょうか」

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