第5話:義母、覚醒
その瞬間、会場を切り裂いたのは、マイクを通したサヤカの声ではなく、地声の叫びだった。
「この、泥棒女ァッ!!」
新郎親族席から、派手な留袖の塊が飛び出した。
義母、トモエだ。
彼女は血走った目で、バージンロードをドシドシと踏み鳴らし、私たちの方へ突進してくる。
その形相は、まさに夜叉だった。
「お義母さん、待っ……」
私が制止しようと手を伸ばすより早く、トモエは高砂席に駆け上がり、私の胸ぐらを掴み上げた。
「キャッ!?」
「返せ! 息子の金を返せ! 整形のために300万も貢がせるなんて、あんた何様のつもりだい!?」
強い力で揺さぶられ、私の頭からティアラが滑り落ち、床で乾いた音を立てた。
綺麗にセットした髪が振り乱される。
「痛っ、痛い! 離してください!」
「うるさい! この詐欺師が! 最初から金目当てだったんだろう!? 顔も偽物、心も偽物、なんてあさましい女だ!」
トモエの唾が顔にかかる。
香水のきつい匂いと、激情の熱気。彼女は私の頬に手を伸ばし、爪を立てた。
「化けの皮を剥がしてやる! ここに入ってるシリコンだか何だか、全部えぐり出してやろうか!」
「やめて! 誰か!」
私は必死で抵抗するが、興奮した中高年の女性の力は驚くほど強い。
会場は阿鼻叫喚だ。
私の父と母が人をかき分けて駆け寄ろうとしているが、新郎側の親族に行く手を阻まれている。
「止めろ! 暴力はやめろ!」
「お前らの娘が悪いんだろうが!」
怒号。悲鳴。グラスが割れる音。
かつて「幸せの絶頂」だった場所は、いまや暴力と罵詈雑言が飛び交うスラム街の喧嘩現場と化していた。
私は視界の端で、助けを求めた。
この場を収められる唯一の人間。この狂った母親の息子。
「ユウジ!! お義母さんを止めて!!」
私の叫びは、彼の耳に届いているはずだった。
だが、ユウジは動かなかった。
彼は椅子に座ったまま、真っ青な顔で口を半開きにし、暴れる母親と、揉みくちゃにされる私を、ただ呆然と見つめていた。
(は……?)
目が合った。
その目には、心配や怒りではなく、ただ「困惑」だけが浮かんでいた。
『あれ? こんなはずじゃなかったのに』
『母さん、張り切りすぎだよ』
そんな、どこか他人事のような思考が透けて見えた。
コイツ、止めない気だ。
自分が蒔いた種で、母親が暴走し、妻が暴力を振るわれているのに。
「演出の邪魔をしちゃいけない」とでも思っているのか、それとも単に怖気づいているのか。
ブチッ、と私の中で何かが切れる音がした。
恐怖心がスッと引いていく。
代わりに、冷たくて重い、どす黒い感情が腹の底に溜まっていく。
「いい加減にしろッ!!」
ドンッ!
私は渾身の力でトモエを突き飛ばした。
不意を突かれたトモエはよろめき、尻餅をつく。
「あら、あらぁ! 暴力よ! この嫁、姑を突き飛ばしたわ! みんな見たでしょ!?」
トモエが大げさに泣き叫ぶ。
その時だった。
パンパカパーン!
突如、会場のスピーカーから、間の抜けたファンファーレが鳴り響いた。
あまりに場違いな軽快なリズムに、全員の動きが止まる。
サヤカがマイクを持ち直し、引きつった笑顔で叫んだ。
「て、テッテレー! ドッキリだいせーこーう!!」
会場に、重苦しい静寂が落ちた。




