既読無視と、天才からの請求書
「重装甲の車列で砂漠を渡るなんて、いい度胸だ! 燃料を置いていけェ!!」
明朝6時。熱砂の黒谷。
レオナの猛獣のような咆哮と共に、王国の第7機甲魔導師団が砂丘の上から雪崩れ込んだ。
装甲を削ぎ落とし異常なスピードを獲得したレオナの部隊の前に、分厚い装甲で砂に足を取られた帝国の燃料護送隊は、文字通り「止まった的」だった。
狩りはわずか10分で終了した。だが、あまりにも呆気ない蹂躙劇に、レオナは舌打ちを漏らす。
「ユージン、聞こえるか! 護送隊の制圧完了だ。燃料2000樽は頂いたが……敵の抵抗が薄すぎる。まるで『最初から燃料を餌にして捨てた』みたいだぞ」
『あぁ。本命は例の「箱」だ。見つけたか?』
王都の執務室からの通信に、レオナは護送車の奥から引きずり出した「それ」を蹴り飛ばした。
「厳重な魔力金庫の中に入っていた。識別コード『特A級指定文書』。ご丁寧なことに、我が王国の『王室第一封印』が施されている」
『……重量は?』
「ゼロだ。持ち上げても羽より軽い。開けるか?」
『王国の封印が施されているということは、それを開けた瞬間、王都の「王室記録局」に開封ログが飛ぶ仕組みだ。敵の天才は、俺たちに何かを「確実に見せた」という法的な証拠を残したいらしい。……開けろ、レオナ』
レオナが愛剣の柄で王室封印を叩き割る。
パリンッ、という甲高い音と共に箱が開き——中から、真っ黒な通信魔導石が浮かび上がった。
直後、魔導石から放たれた光が、空中に一人の男の幻影を投影する。
漆黒の軍服。東方帝国の情報将校、ザイードだ。
『——初めまして、だな。王国の見えざる「会計士」殿』
ザイードの幻影は、目の前にいるレオナを一瞥し、「恐るべき刃だ。だからこそ、私は刃ではなく鞘(兵站)を殺す」と呟いてから、通信機越しにいる「ユージン」へと視線を合わせた。
『前線の将軍を駒として使い、後方から異常な兵站で我が軍の維持費を削り取る。素晴らしい手腕だ。私は君に敬意を表して、この「特別な手紙」を用意した』
「……ご丁寧なことで」
王都の執務室から、ユージンの低く冷たい声が響く。天才同士の視線が、盤面を越えて初めて交錯した。
『この護送隊が襲われることは計算済みだ。君が私から燃料を奪っている間、私は君の上層部——平和ボケした豚共から、あるものを奪わせてもらった』
ザイードが指を鳴らすと、箱の中から一枚の羊皮紙が滑り出た。
レオナがそれを拾い上げ、目を丸くする。
「なっ……! ユージン! これは、『即時停戦合意書』だ! 王国軍トップの署名と、国王の承認印まで押してある!」
『いかにも。1時間前、我が帝国と王国政府の間で正式に停戦が結ばれた』
ザイードは薄く、残酷に笑った。
『王都の通信局は、君の無能な上司が「祝祭日だから」と閉鎖したままだ。だから前線に停戦命令が届かない。そこで私が、親切にも直接届けてやったのだ。君たちの「悪魔の領地」があるエリアは、一時的な【非武装の緩衝地帯】として指定された。よって、君たちは今すぐ武装解除し、拠点を明け渡さねばならない』
「ふざけるな! 3万の敵を空の要塞に釘付けにして、ここから反撃って時に停戦だと!?」
激昂するレオナ。だが、ザイードの狙いはさらに悪辣だった。
『先ほど、君たちは「王室封印」を解いた。王室記録局に開封ログが届き、この停戦命令を「確実に受領した」という法的な証明が成立したわけだ』
「——ッ!」
『さあ、どうする会計士殿? 法的受領が済んだ今、君たちがその燃料を持ち帰り、私に一発でも魔法を撃ち込めば、君たちは王国に対する「反逆者」であり、国際法違反の「戦犯」となる。君は数字で私を殺そうとした。だから私は、君の所属を殺すことにした』
物理的な罠ではない。ルールと手続きを使った、完璧な「制度の罠」。
『既読はついた。逃げ場はない。反逆罪という名の請求書……支払えるかな?』
幻影が消え、砂漠に風の音だけが残る。
レオナは歯を食いしばり、通信機を握りしめた。
「ユージン……! どうする! このままじゃ、私たちは国を追われる戦犯になる! 一度、拠点と物資を放棄して王都へ戻るか!?」
王国の命令には逆らえない。それが軍人の限界だ。
だが——通信の向こうのユージンは、手元の帳簿をめくりながら平然と言い放った。
『レオナ。その箱ごと、魔導石を叩き斬れ』
「……え?」
『《解析簿記》で見れば一目瞭然だ。敵の帝国軍3万の燃料は完全に底を尽きている。この停戦は、干からびた敵が補給線を立て直すための「時間稼ぎの嘘」だ』
「だ、だからって合法的な停戦命令を無視すれば!」
『合法的? 冗談を。王室印は本物でも、合意手続きの必須添付である「条約照合コード」と「現場司令官の立会署名」が欠けている。こんなものはただの書式不備だ』
ユージンは冷酷に、実務家としての「殺意」を込めて告げた。
『既読? 無視だ。未承認の不良債権など、物理的に差し戻してやれ』
その言葉に、レオナの顔に浮かんでいた迷いが完全に消し飛んだ。
「……あっはははは! 最高だ、私の相棒は最高の悪党だ!」
レオナは愛剣を振り上げ、ザイードの魔導石と「停戦合意書」を、木っ端微塵に叩き斬った。
「聞いたな野郎共! 手続瑕疵のゴミ文書は私が差し戻した! 燃料を拠点に持ち帰るぞ! 敵の財布の息の根を止めに行く!」
ルールをハックした反逆の軍隊が、歓声を上げて走り出す。
王都の執務室で、俺は《解析簿記》に新たな赤線を引いた。
「さあザイード。小細工の時間は終わりだ。……盤面ごと、ひっくり返してやる」




