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死人への売り掛けと、砂漠の狐

王都のメインストリートから、魔導街灯の灯りが一つ、また一つと消えていく。

同時に、物流の要である商用転移門が機能を停止し、国営の機甲整備工廠からは槌音が完全に消え失せた。


「王都への魔晶燃料マナオイルの供給が、明日の朝で完全に止まるだと!?」


王都・軍需省。

悲鳴を上げたのは、急遽局長代理に座った白髪の官僚だった。


「はい! 中立地帯である砂漠の『産油侯』が、我が王国との燃料輸出契約を一方的に破棄してきました! 違約金を払ってでも輸出を止めると!」

「な、なぜだ! 我が国の兵器も物流も、すべて魔晶燃料で動いているんだぞ!」


「【王国の完全停止まで、あと10日と14時間】。国家が凍死するまでの猶予ですよ」


俺はデスクから立ち上がり、《解析簿記》が弾き出した真っ赤な帳簿を会議卓に放り投げた。


「前局長が『規定の相見積もり』を理由に契約更新を先延ばしにしていたツケが、最悪の形で回ってきたというわけだ」

「なっ……」

「それに加えて、敵の天才ザイードが盤面を変えてきた。単なる贈賄じゃない。『産油侯の帳簿の債務保証』を盾に会計顧問を送り込み、市場価格の3倍で燃料を合法的に買い占めさせたんです」


前線の兵站拠点(俺のナワバリ)が完璧に機能しているのを見て、大元である『資源の蛇口』を制度ごと締めに来たのだ。


「……通信魔導器を繋げ。相手は産油侯の第一王女、ナジュマ・ルバーブだ」


強制的に広域通信の魔力回線を開く。

空間に投影された映像に、豪奢なシルクを纏い、黄金のキセルを吹かす褐色の美女が映し出された。砂漠の狐、ナジュマ王女だ。


『あら、王国の監査官殿? 哀れな命乞いなら聞く耳は持たないわよ。同情は無料だけど、燃料は有料なの』


蠱惑的に笑うナジュマ。だが、俺は手元の帳簿をめくりながら冷たく言い放つ。


「命乞い? 冗談を。俺はあんたの『不良債権』を心配して通信を繋いだんだ」

『……不良債権?』

「帝国が提示した3倍の買取価格。支払いは現金ではなく、東方帝国の戦時国債のはずだ。だが、死人に売り掛けても金は回収できない。勝った国の国債だけが国債なんだよ」


ピタリ、とナジュマのキセルが止まる。

俺は《解析簿記》で読み解いた、悪魔の計算式を突きつける。


「帝国軍3万は今、空っぽの『黒嶺要塞』に駐留している。問題はそこへ燃料を『輸送するコスト』だ。砂漠地帯は転移門が使えず車列輸送しかない。しかも護衛の重装機甲の燃費が最悪だ」


俺は広域戦況図に、長い長い補給線を赤ペンで引いた。


「俺の計算では、前線に燃料を1樽届けるために、護衛と輸送車自身が『5樽の燃料』を消費する。前線に着く頃には、護送隊自身が自分の燃料で干からびて死ぬ計算だ。俺が前線で帝国軍をすり潰した瞬間、あんたが持っている戦時国債はただの紙くずになる」


冷徹なビジネスマンであるナジュマの顔から、余裕の笑みが消え去った。


『……ハッタリね。たった一つの特区と数千の兵で、帝国の3万をすり潰せるはずがないわ』

「俺の帳簿に狂いはない。だが、もし不安なら『保険』をかけませんか? 帝国との契約はそのままに、我が王国にも裏から燃料を流してほしい」


俺は本命のカード(帳簿)を切った。


「代償として、戦後、俺が前線に敷設した『魔導貨物鉄道の独占使用権』をあんたの商会に譲渡する。復興の物流利権を完全に支配できるプラチナチケットだ」


数秒の重い沈黙。

その間に、局長代理が泡を食って叫んだ。


「なっ……! 明らかな売国だ! 戦後調査委員会で確実に首が飛ぶぞ!」

「構いません。委員会の特等席、今のうちに予約しておいてください」


俺が一切の躊躇なく言い放つと、ナジュマは腹の底から楽しそうに笑い声を上げた。


『……ふふっ、あはははは! 傑作ね! 乗ったわ、その取引! あなたのその悪魔のような数字に賭けてあげる!』


通信が切れる。

俺はそのまま、前線のレオナへと通信を繋いだ。


「レオナ、待たせたな。燃料の供給ラインは確保した」

『さすがだ、ユージン! で、次は何を叩き潰せばいい!?』

「狩りの時間だ。明朝6時。一番燃費が悪くなる『熱砂の黒谷』を、帝国の巨大な燃料護送隊が通る。そいつを片っ端から襲撃して、最高級の燃料ごと火の海に沈めてこい」


俺は《解析簿記》が示す、敵の重鈍な輸送ルートを赤く塗りつぶした。

だが、その帳簿の端には、奇妙なノイズが混じっていた。


「……ただし、気をつけろよ」

『ん? なにかあるのか?』


「敵の輸送車列の中に、不自然なほど厳重に魔力封印された箱がある。識別コードは『特A級指定文書』。だが、帳簿データ上は存在しているのに、積載重量が『ゼロ』なんだ」


俺は、盤面の向こうにいるザイードの冷たい視線を幻視した。


「敵の天才が仕掛けた、ただの撒きゴミか、それとも猛毒か。……その箱を開けた瞬間、俺たちに最悪の『請求書』が届くぞ」

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