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勝利の請求書

「素晴らしい! 敵の先鋒を完全に粉砕するとは、さすが我が王国が誇る『獅子』だ!」


王都・軍需省の大会議室。

安全な後方にいる将官たちが、シャンパンの杯を掲げて下品に笑っている。


「……ふざけるな」


泥と血の匂いを纏ったレオナ・ヴァレリウス将軍は、会議室の扉を蹴り開けた。


「最前線はまだ火の中だ! 祝杯を上げる暇があるなら、昨日握り潰された増援と物資を今すぐよこせ! 私はユージン・オースティン監査官に用がある!」


レオナの気迫に将官たちが怯む中、部屋の隅の暗がりから、紙をめくる乾いた音が響いた。


「俺ならここだ、将軍。帰還ご苦労」


山積みの書類の裏から顔を出したのは、血走った目をした俺だった。

将官の一人が、顔を真っ赤にして怒鳴る。


「き、貴様! ただの監査官が会議室に勝手な真似を——」

「昨日、第7師団からの緊急救援要請を『祝祭日だから』と規定を盾に握り潰し、王都の通信局の閉鎖を命じた決裁書です。サインしたのは……あぁ、第2軍のゴードン中将ですね」


俺が手元の書類をヒラヒラさせると、将官たちは一瞬で静まり返った。


「前線を見殺しにした『戦時背任』の完全な証拠です。これ以上俺の視界で喚くなら、今すぐ王室警護院に提出しますが?」


豚共が青ざめて口を噤むのを確認し、俺はレオナに向き直った。

彼女は足早に歩み寄り、バンッ!と机を叩く。


「あんたがユージンか。昨日の補給、感謝する! さあ、一気に『裂け海運河』まで押し返して、帝国の豚共を——」

「却下だ。第7師団は現在位置から50キロ後退しろ」

「……は?」


俺は感情の乗らない声で告げ、手元の分厚い帳簿――『勝利の請求書』をレオナの胸に押し付けた。


「昨日、あんたたちが華麗に敵を粉砕した代償だよ」


俺は《解析簿記》で可視化された、残酷すぎる真実を読み上げる。


【消費コスト:魔晶燃料450樽、徹甲弾8000発】

【王国東部方面・戦略備蓄:残り『3%』】


「燃料450樽。王都のすべての街灯を、1ヶ月間昼夜点けっぱなしにできる莫大な量だ。そして戦略備蓄3%。つまり、あと1回昨日と同じ戦闘をやれば、王国の兵士は『石と木の枝』で帝国軍の装甲を叩くことになる」


「――ッ!」


「戦術的には大勝利だ。だが、会計的には破産寸前。昨日あんたが倒したのは、敵の捨て駒に過ぎない」


カラン……ッ。

レオナの手から無意識に愛剣が滑り落ち、冷たい音が会議室に響いた。

勇気も、魔法の威力も関係ない。圧倒的な「兵站(数字)」の暴力の前に、彼女の誇りがへし折られた音だった。


「……私たちは、勝ったんじゃないのか。ただ、死ぬのを1日遅らせただけ……?」


膝から崩れ落ちそうになるレオナ。

俺は落ちた剣を拾い上げ、彼女の手に強引に握らせた。


「勘違いするな。俺は『全滅する』と言っただけで、『負ける』とは一言も言っていない。俺は、味方が死ぬような下手な計算はしない」

「ユージン……?」


「敵の本隊3万は重装甲だ。燃費が最悪で、補給線も一本しかない。なら、燃料を限界まで吐き出させる地形に引きずり込めばいい」


俺は、広域戦況図に記された王国最強の絶対防衛線――『黒嶺要塞』の印を、赤ペンで無造作に塗りつぶした。


「難攻不落の『黒嶺要塞』を、今夜落とす」

「なっ……! 我が国最強の要塞だぞ!?」

「敵が落とすんじゃない。俺たちの命令書で門を開け、空っぽの金庫(要塞)に敵の主力3万を招き入れるんだ」


さあ、世界で一番高価な罠を仕掛ける時間だ。

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