領収書は国に回せ
「そこまでだ、ユージン・オースティン! 貴様を反逆罪で拘束する!」
軍需省・第六監査室の扉が乱暴に蹴り開けられた。
憲兵隊を引き連れて飛び込んできたのは、太った局長だった。
「商用転移門の不法占拠だと!? 維持費だけでどれだけの税金が飛ぶか分かっているのか! すぐにゲートを閉じろ!」
「……局長、計算が遅すぎますよ」
俺は広域戦況図から目を離さず、手元の帳簿にペンを走らせながら答えた。
「たしかに転移門の維持費は1時間で1000万ゴルド。ですが、今ゲートを閉じれば、我が国のエネルギーの80%を担う『第2魔晶精製所』が灰になります」
「で、でたらめを言うな! 敵の本隊はまだ運河の前で足止めされているはずだ!」
局長がわめくが、俺の《解析簿記》はすでに敵の“ありえない進軍ルート”を一撃で可視化していた。
【敵別働隊2000・見通し0%の岩山ルート(最短距離)】
【第2精製所到達まで:残り38分】
セオリー無視の狂気の最短ルート。奇襲の天才が引いた線だ。
「どうしても俺を止めたいなら、この『精製所見殺しの全責任を負う』という念書にサインを。あぁ、それと――」
俺は引き出しから、もう一冊の薄い裏帳簿を取り出した。
「去年の冬、あんたが中抜きした防寒着予算の『私的流用の領収書』。たった今、査察部と王室警護院へ魔導通信で一斉送信しておきました。今頃、本物の異端審問官がそちらの自宅へ向かっているはずです」
「なっ……!? ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
顔面を土気色に変えた局長は、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。
「連れて行け。邪魔だ」と俺が顎でしゃくると、憲兵たちは顔を見合わせ、汚物でも見るような目で局長を引きずって退室していった。小悪党の完全な社会的手続きに、1分も使ってしまった。時間が惜しい。
俺は再び通信魔導器を掴んだ。
「レオナ将軍、聞こえるか」
『あぁ! 監査官殿の補給のおかげで、正面は粗方片付いた!』
「正面は囮だ。本命の別働隊2000が『第2魔晶精製所』へ向かっている。あと35分で火が放たれるぞ」
『なっ……!? 馬鹿な、重装甲の機甲部隊じゃ2時間はかかる! 間に合わない!』
「だから、装甲も重砲も全部その場にパージしろ」
『は!?』
絶句するレオナに、俺は冷酷な数字を叩きつけた。
「機体重量を60%まで削れば、速度は3倍になる。25分で追いつける計算だ。どうせ敵の魔法砲をまともに食らえば、分厚い装甲なんてただの『重い墓標』だろ」
『無茶苦茶言うな! そんな軽装じゃ、道中の燃料が持たないぞ!?』
「道中の燃料なら、すでに『置いてある』」
俺はニヤリと笑い、デスクに積み上がった別の帳簿を叩いた。
「精製所までの第4街道。民間輸送ギルドの馬車を特例権限で『強制停止』させ、積荷の魔晶燃料を3キロ間隔で路上に放置させてある」
『――っ!』
「止まらずに走りながら拾え。飲み継ぎながら、最高速で敵の横腹に突っ込め。領収書は全部、国に回してやる」
数秒の沈黙のあと、通信の向こうから、狂ったような歓喜の笑い声が響いた。
『あっはははは! 最高だ! あんた、性格が悪すぎるぞ!』
通信が切れる。
さあ、狂った兵站の暴力を見せてやれ。
***
――24分後。第2魔晶精製所・手前。
「目標、第2精製所! 一気に焼き払え!」
東方帝国の別働隊が、無防備な精製所へ魔法砲の狙いを定めた、まさにその瞬間だった。
「遅い遅い遅ォォォイッ!!」
轟音と共に、街道の彼方から弾丸のように突っ込んでくる集団があった。
装甲を剥ぎ取り、骨組み(フレーム)と巨大なエンジンだけを剥き出しにした異形の機甲魔導師団。
道中に点在する燃料樽を走りながら魔力アームで強引に引き抜き、エンジンに直接叩き込みながら、一切の減速なしで帝国軍の横腹に激突する。
「な、なんだこいつら!? なぜこんな速度で……ぐあああっ!!」
「装甲がないなら、やられる前に殺せばいい! 監査官殿のツケ払いだ、一発も残すなァ!!」
レオナの猛獣のような咆哮と共に、帝国の精鋭部隊は文字通り「轢き殺されて」いった。
***
――さらに遠く。東方帝国圏・参謀本部。
暗い天幕の中。盤面の駒を動かしていた黒衣の男――東方連合情報将校、ザイードは、届いたばかりの急報を読んで薄く笑った。
「……第7師団が装甲を捨てて追いついた、だと?」
ザイードの冷たい双眸が、面白そうに細められる。
民間輸送ギルドの積荷を強制的にばら撒かせ、走りながら補給させる。極めて異常で、しかし完璧に計算し尽くされた数字の暴力。
ザイードは、王都を示す地図の一点を、ナイフでゆっくりと突き刺した。
「……前線の女はどうでもいい」
暗闇の中で、ザイードの瞳が捕食者のそれに変わる。
「探れ。我々の最優先ターゲットは、最前線にはいない。安全な暗闇の中から、我々に『絶望の請求書』を突きつけてくる化け物だ」




