書類屋からの爆撃
「第3砲兵隊、沈黙! 魔晶燃料の残量、完全にゼロです!」
「左翼の結界が保ちません! 将軍、このままでは部隊が……ッ!」
絶対防衛線『黒嶺回廊』。
そこは今、鉄と血が焼け焦げる地獄に変わっていた。
「くそっ……! 王都からの通信はまだ繋がらないのか!」
第7機甲魔導師団長、レオナ・ヴァレリウスは、血と泥に塗れた顔を歪めて怒鳴った。
眼下には、見渡す限りの平原を真っ黒に染め上げる東方帝国の大軍。
対するレオナの部隊の魔晶燃料は、あと数分で完全に枯渇しようとしていた。
『――降伏せよ、王国の豚共』
拡声魔術に乗せて、東方帝国の前線指揮官の嘲笑が響く。
『貴様らの補給が止まっていることは計算済みだ。本国に見捨てられた気分はどうだ?』
「……舐めるな」
レオナは愛剣を引き抜いた。
玉砕覚悟の突撃。将軍として最も愚かで、しかし、それしか残されていない絶望。
「総員、剣を抜け! 燃料がなくても、私たちの心臓はまだ動いて――」
レオナが悲壮な覚悟で号令をかけようとした、その時だった。
ゴオォォォォォォンッ!!
突然、レオナたちの頭上の空間が歪み、巨大な『強制転移門』が乱暴に開かれた。
本来なら莫大な維持費がかかる王都直結の商用ゲートだが、「災害特例」の帳簿操作で強引に軍事転用し、コストはすべて軍需省の裏帳簿に押し込んである――そんな無茶苦茶な代物だ。
「て、敵の空挺部隊か!?」
「いや、違います! あれは……箱!?」
空から降ってきたのは、王都の軍需省の紋章が刻まれた無骨で巨大なコンテナの雨だった。
ズシンッ! ズシンッ! と、次々と物資の山が陣地に突き刺さる。
レオナが一番近くのコンテナに駆け寄ると、そこに一枚の羊皮紙が乱雑に貼り付けられていた。
走り書きの、ひどく事務的な文字。
【第7機甲魔導師団へ。お前たち5000人の育成コストと年金・遺族補償費用の総額より、商用ゲートを不法占拠して魔晶燃料300樽と徹甲弾5000発をぶち込む罰金の方が『安い』と判断した】
「……は?」
【お前たちの全滅予定時刻は『あと14分後』だったが、俺が帳簿を書き換えた。荷解きに3分、装填に2分。残りの9分で、その不良債権どもを物理的に清算しろ。――特任監査官 ユージン・オースティン】
「……ユージン? あの、いつも奥の部屋で小言を言っていた、陰気な書類屋……?」
レオナは呆然と呟き、直後に、腹の底からこみ上げる笑いを堪えきれなくなった。
「あっはははは! なんだこれ! 狂ってる! 王都の無能共め、たった一人の書類屋に倉庫の鍵を全部ぶち破られたってのか!」
絶望は、一瞬で消し飛んだ。
血が通い、機甲魔導兵器のエンジンが猛烈な産声を上げる。
「将軍! 燃料タンク、120%まで充填完了! 魔法弾、いくらでも撃てます!」
「上等だ!!」
レオナは燃え盛る剣を天に掲げ、東方帝国の軍勢へと切っ先を突きつけた。
「全軍に告ぐ! 本国のイカれた悪魔(監査官)が、私たちの命を天文学的な借金で買い取ってくれた! 決して安売りするなよ!」
「「「おおおおおおおッ!!」」」
「借金の返済だ! 全砲門開け! 敵の先鋒を消し炭に変えろォォォッ!!」
直後、黒嶺回廊を揺るがす特大の魔法砲撃が、東方の軍勢を文字通り粉砕した。
***
同時刻。王都・軍需省。
「……よし。レオナ将軍の部隊、稼働率100%に回復。敵先鋒部隊、消滅」
俺は《解析簿記》が示す帳簿の数字を見て、ふう、と息を吐いた。
これで最初の急場は凌いだ。
「す、凄い……! 本当に、防衛線が持ち直した……!」
震える副官の声。だが、俺はすぐに次の帳簿を引き寄せた。
《解析簿記》が示す最悪の『未来のコスト』が、はっきりと見えていたからだ。
「喜ぶのはまだ早い。敵は今日中にもう一度動く。しかも、要塞線じゃない」
俺は赤インクのペンを、広域戦況図の”運河の要衝”ではなく、その後方にある一点に突き立てた。
「敵は次に、運河を攻めない。俺たちが一番払いたくない代償――『第2魔晶精製所』を直接焼きに来る」




