祝祭日に動員禁止
「王都陥落まで、およそ72時間。想定死傷者、12万」
俺、ユージン・オースティン特任監査官が帳簿から読み上げた数字に、太った局長は鼻で笑って葉巻を吹かした。
「馬鹿を言え。本日は『星誕祭』だぞ。全軍休止、いかなる予備役の動員も規定違反となる神聖な日に――」
ドズンッ!!
局長の言葉を遮るように、東の空が不自然なほど白く閃光し、地鳴りが王都のガラス窓を激しく震わせた。
「な、なんだ!?」
局長が葉巻を落とす。
同時に、机の上の通信魔導器が鼓膜を破るような悲鳴を上げ始めた。
『緊急通信! 裂け海運河、突破されました!』
『第3要塞群、沈黙! 敵の大軍です! 東方帝国の紋章を確認!』
『レオナ・ヴァレリウス将軍の第7機甲魔導師団、前線で孤立! 補給路、完全に絶たれました!』
「ば、馬鹿な! 祝祭日だぞ!? なぜ奴らは今日を狙って……っ!」
「向こうの暦は祝祭日じゃない。ただ、それだけのことです」
俺は立ち上がり、壁に掛けられた広域戦況図に手を触れた。
――《解析簿記》、起動。
触れた情報や物資を「戦争のコストと寿命」に換算して可視化する、俺だけの固有スキル。
脳裏に、冷酷な数字が羅列されていく。
【第7機甲魔導師団・残存魔晶燃料:12%】
→ (全滅まであと4時間。レオナ将軍の首が落ちるまで、あと240分)
【黒嶺回廊・防衛線崩壊確率:98%】
→ (突破口:第3要塞群。敵の損害は無に等しい)
【王都陥落までの推定時間:72時間】
→ (祝祭の鐘が、あと3回鳴る前に国が死ぬ)
「……局長。ただちに『緊急動員令』のサインを」
「で、できるわけないだろう! 祝祭期間中の動員は特級の軍規違反だ! 責任を取らされて私の首が飛ぶんだぞ!」
思考停止した豚は、真っ青な顔で保身に走った。
去年の冬、こいつが「帳簿上の予算削減」を理由に防寒着の支給を遅らせ、雪山でまるまる一個大隊を凍死させた時と全く同じ顔だ。現場の命より、自分の椅子。
「そうですか。では、これは『戦争』ではありません」
俺は自分のデスクの引き出しを蹴り開け、一枚の分厚い書類を局長の顔面に叩きつけた。
「な、なんだこれは……『緊急災害時 物資動員特例』!?」
「ええ。現在、東部国境にて大規模な『災害』が発生中。よって特例措置を適用し、私が軍需省の全倉庫の権限を掌握します」
「き、貴様、屁理屈にも程があるぞ! こんな書類の書き換えが通るか!」
「通らなければ国が滅ぶだけです。あんたの規定に従って12万人が死ぬくらいなら、俺が規定の方を殺す」
俺は局長の机にあった決裁印を強引に奪い取り、バンッ!と特例書類に朱肉を叩きつけた。
「なっ……! き、貴様、軍法会議にかけられて銃殺されるぞ!」
「お気遣いなく。3日後に国がなくなれば、軍法会議も開けませんから」
腰を抜かして震える局長を放置し、俺は通信魔導器をひったくった。
「こちら軍需省特任監査官、ユージン。全補給部隊に通達。これより全倉庫の封印を解く。魔晶燃料を港からありったけ引っこ抜け」
『し、しかし監査官殿、本日は祝祭日の――』
「責任は俺が持つ。明日の朝礼に出る兵士をゼロにしたくなければ、四の五の言わずに荷馬車を走らせろ!」
王都に、祝祭の鐘がまだのんきに鳴り響いている。
あと3回鳴れば国が終わるというのに。
前線のレオナ将軍は、放っておけばあと4時間で全滅する。
だが、俺が兵站を回せば、彼女は敵を粉砕する最強の矛になる。
そして――。
俺は戦況図の『裂け海運河』の一点を指でなぞった。
敵の大進軍ルート。その先にある地形。
《解析簿記》は、明確な答えを弾き出している。
「……急ぎすぎだぜ、東の連中」
俺は、敵が必ず渡河を強いられる致命的な弱点を、すでに把握していた。




