第五話 ダンジョンに住み着く者たち
危険領域最深部、第89階層。
ここまで辿り着ける冒険者は限られている。
だが青年にとって、この階層はすでに『周回コース』だった。
「……2分57秒。ほぼ誤差なし」
空間が歪み、金色のスライムが出現した。
ゴールデンスライム。
極低確率で湧く希少個体。
だが経験値効率は桁違い。
地上で依頼を10件こなすより、この1体の方が価値がある。
「逃がさない」
一瞬で距離を詰め、振り下ろした刃が硬質な外殻を粉砕する。
光が弾け、経験値が身体を駆け巡った。
「やっぱりここが最適解だな」
湧き時間、出現座標、逃走ルート、すべて把握済み。
この階層の生態は完全に読み切っている。
ボスも単独討伐済み。罠も無効化済み。
他の冒険者は近寄らない。
近寄れない。
「地上は非効率だ。待ち時間も無駄も多い」
ここには無駄がない。必要なのは実力だけ。
再び空間が揺らぐ。
青年は口元をわずかに吊り上げた。
「レベルは裏切らない」
この階層は、もはや彼の『狩場』だった。
今日も俺は愛用の自転車で現場に向かった。
トオルが遠くで叫んでいる。
「先輩、ほんと遅いですよ!」
「お前が生真面目すぎるだけだ。
それで今日は何の仕事だっけ?」
トオルはバインダーに挟んだ書類を捲り、確認する。
「今日は、ダンジョンに潜ったまま帰らない救難者の捜索です」
……。
俺はまたかと思った。
「パーティ追放も最近多いですが、この手の人も最近多いですよね」
「実際、普通の仕事してるなんて馬鹿らしいからな。
人とかかわらない仕事は楽でいいぞ」
「じゃあ先輩はなんでこの仕事してるんですか」
「……まぁそうだな、働かざる者食うべからずってことだ」
そう言いつつ俺達はダンジョンに潜った。
ダンジョン入口、俺達はまず地図を広げた。
「1階ずつ全部見て回りますか?」
俺はうんざりした顔をしていった。
「そんなだるいことしてられるか」
「でもどこで遭難しているか……」
「おそらく89階だ」
俺はダンジョンの89枚目の地図をめくる。
「このポイントだ、ここにゴールデンスライムの固定湧きポイントが有る」
「先輩なんでそんな事知ってるんですか?」
「俺も昔ここでレベリングした」
「つまり先輩も遭難者扱い……いてっ!」
俺はトオルの頭を殴った。
「俺は3日で飽きてやめた」
「飽きたって辺りが先輩らしいですね」
「やってみりゃわかる」
そういいつつ、俺達は一直線にダンジョンを降りていく。
瞬間、俺は違和感を感じた。
トオルにハンドサインで止まれと合図を送る。
「どうしました?」
「おかしい。ダンジョンの構造が地図と合わない」
「どれどれ……」
トオルは俺の持っている地図を覗く。
「確かにおかしいですね」
「これは邪魔者が入らないように対策しているな」
「用意周到ですね、何もそこまでしなくても……」
「道中コウモリ一匹湧いてなかった。
徹底的にダンジョンを自分のものにしている。
こういう手合は何をやってもおかしくない」
そう言うと俺は正座して、地面に両手のひらを当てた。
「先輩……?」
「少しどいてろ」
左手は添えたまま、右脇を締めるように右手を引き、拳を作る。
俺はそのまま拳を地面にたたきつけた!
凄まじい崩壊音とともに床は貫通した。
「せんぱーい、大丈夫ですか!?」
「ああ、早く降りてこい」
「降りてこいって先輩それ何階層壊したんですか?!
高すぎて降りれませんよ」
「こういうときのためにロープ持ってきてるだろ。
柱に縛り付けて降りてこい!」
トオルはぐちぐち言いながらも俺のところまで降りてきた。
「先輩」
「いい加減うるさいな、何だ」
「ダンジョンは公共物ですよ、壊したら……」
「ああ、わかってるよ、だが始末書を書くほうが早い。行くぞ」
「またやるんですか?!」
こうして俺達は無事89層にたどり着いた。
案の定、男はそこで待機して待っていた。
男の表情が変わった。
「どうやってここまで来た、簡単には来れないはずだ!」
「どうもこうも、面倒だから床を破壊してきた」
男の顔に敵対心の表情が浮かぶ。
「貴様、何の用だ! こんなところにわざわざくるなんて!」
俺は黙って男の目の前まで歩いていった!
「近づくんじゃない! これは警告だ!それ以上は!」
そこに俺はバインダーを男の胸に突き当てた。
「へ?」
「へ? じゃない。ギルドからお前の遭難届けが出されてる。
無事の確認をしたから、これにサインしろ」
「わ、わかった」
男はぎこちない手つきでサインをした。
「別にダンジョンに籠もるのは構わないが定期的にギルドに顔をだせ。
その都度俺達がお前の捜索に来ないといけない」
「……それは、すまなかった」
「それとだな、勝手にダンジョンを改造するな。
今回は黙っておくが元に戻しておけ。
公共物の私物化は犯罪だ、覚えておけ」
「わかった……あんたみたいなバケモンとは敵対する気はない」
「バケモンは余計なお世話だ、お前よりレベルも低い!」
そう言い残すと俺達はその場を後にした。
男はそのままその場に居残ったようだ。
なお、俺は始末書のかわりに、ダンジョンの修復を命じられた。
毎日時間外残業させられた俺はあの青年を一発殴っておくべきだったと後悔した。




