二人の距離
「レオン、すまない。俺はやはり、自分のことばかり考えて……」
「ジルベール様。差し出がましいですが、謝っていただきたいとか、そのようなつもりはございません。私が言いたかったのは……その、今回の件もですが、ジルベール様はダニー隊員と大変親しくされていらっしゃいましたよね」
「は?」
何で今の話の流れから、ダニーが出てくるんだ?
「ダニー隊員は繊細な雰囲気でとても美しく、国王軍の隊員から、大変人気があると伺いました」
「ああ、俺もそう思うが」
こう言った瞬間、レオンの顔が歪み、目尻にきらきらと光る雫が見えた。
今の雰囲気なら次は抱き合うはずだったのに……あれ、俺また何か言い間違えた……?
「やはりジルベール様も、ダニー隊員のような綺麗な方がお好みなのでしょうか……あの農場での夜、私はローズ王女と練習をしていたため知りませんでしたが、ある隊員の方から、他の方達が楽しまれていたと……伺いました」
ある隊員って誰だよ! 余計なことを……と、頭の中で舌打ちをする。消去法でいってアーノルドあたりだろうが。まあそれはどうでもいい。俺はもちろんしていないが、説明しない限りレオンに怪しまれるだろう。
ダニーはケントとティムと楽しんでたって言えばいいが、俺はどうしてたのか訊かれる。普通に寝たと伝え、それでレオンが納得すれば問題ない。だが、もしより詳細な状況を問われ、万が一ジュールに襲われかけたことを知られたりしたら……恥ずかしすぎるし、レオンが怒ってジュールをどうにかしかけないってことも……いや、俺の自意識過剰か。
「レオン」
「はい、ジルベール様」
「そんなに俺は、おまえから見て信用ならない男なのか?」
「いえっ……」
「ならなぜ不必要なことを訊く?」
「それは……その隊員の方が、ジルベール様とダニー隊員が使っていた部屋の方角から、夜通し声が聞こえてきたと仰っていましたので……」
疲れで熟睡していたのか気が付かなかった。想像したくないが……使わせてもらおう、というかそもそも実際に彼らだし。
「いや、確かに俺とダニーは同じ部屋だったが、俺は先に寝た。ダニーは別で楽しんだ後、空いていた部屋に来ただけだ」
「ですが……」
「おまえの情報元が聞いた声は、ジュールとユリウスだ」
「え? 本当にでしょうか」
俺じゃなかった安堵なのか、二人の仲の意外性に驚いているのか。
「ああ、あそこは狭くて壁も薄かったから勘違いしたんだろ。疑うんならダニーにでも確かめるんだな」
「いえ、そんなことは……」
「レオン」
強い口調で言った俺に対して姿勢を正し、次の言葉を待つレオン。
「俺は――あの夜、本当はおまえといるつもりだったんだが、おまえがローズ王女と一緒にいた所為で、孤独で寂しい時間を過ごした。どう責任を取るつもりかな?」
「ジルベール様っ、申し訳ございませんでした。どうかお赦しを……」
ああ、それだ。縋るような瞳で、俺に恭順な態度を示すレオン。
「――では、あの夜の代わりに、今夜たっぷりと可愛がってやる。こっちに来い」
「はい、ジルベール様」
任務中ずっと我慢していたレオンの体温、匂い……久しぶりの感触を楽しむように、ゆっくりとレオンに口付けをする。
絶え間なく唇を重ね合う。どのくらいの時間が経ったのだろうか。気が付くとレオンはソファーに座っている俺の上に跨り、腕を回してきた。
俺がレオンを可愛がると言ったが……
俺に従い、要求を聞き入れることで忠誠心を示していたレオン。無私無欲で高潔なレオンが……自らの欲望のために積極的になっている。それは……俺もレオンにとって、素の自分を見せられる相手、見せても大丈夫だと信頼されているということだ。そのことがまた俺に安心感を与えてくれる。ほっとした所為と疲れのためか、力が入らない……
レオンが俺の肩と膝下に腕を入れ、立ち上がった。そのままベッドの方に行くようだ。
ぼーっとした頭だったので、数秒後に気が付いた。これって……冷静に考えればお姫様抱っこだあよな? 以前は自分の方が主人だとか偉いとか、そんなことを考えていたが……それは完全に過去のことで、今は恥ずかしさも感じずにレオンに全てを委ねている。
ベッドに寝かされ、レオンも隣に入ってきた。レオンはそのまま俺を抱きしめ、耳元で囁くように話し始めた。
「ジルベール様。先ほどの話になりますが……ジルベール様が私に対して……お持ちになっている、感情とは比べられないほど、私は……」
すぐ側から聞こえてくる声は震えている。胸の奥底にあるものを、慎重に探して取り出すようだ。
「私はジルベール様が、任務といえど、他の方とお話されるだけで……いえ、他の方のことを気にされるだけで……激しく嫉妬し、自己嫌悪に陥るくらいの……独占欲に苛まれます」
背中に回されている手に、ぎゅっと力が入る。俺への返事や、任務中でのやり取りではきちんと話すレオンだが、こうやって自分の感情を表に出すことは珍しく、相当な力が必要だろう。
「正直に申しますと……周りの方は私を称賛してくださいますが、実際の私は……完璧なジルベール様の、お側にいるには相応しくない……釣り合っていないのではと、常に怯えております」
薄暗い部屋の中レオンを見上げると、はっきりと顔は確認できないが、きらきらと光ったものが瞳に映った。
「ですが、ジルベール様が私を必要としてくださる。その事実が……私に居場所を与えて……くださいます。救われているのは、私のほうです」
レオンが何かを言っている。声は音として耳に入ってくるのに、溢れ出る感情で遮断され、思考まで繋がらない。だが本能で分かる。居場所とか、存在意義とか、高位貴族としての宿命だとかを高尚に考える必要などなく、結局レオンといる以上に自分を肯定してくれるものが見つからない。絶対的な安心感をくれるもの。
「ジルベール様、愛しております」
「それは……俺の台詞だ。レオン……俺もおまえを愛している」
初めての朝を迎えた。正確に言うならば、恋人として、初めてそのまま同じベッドで朝まで一緒に寝た――ということだ。
「ジルベール様、おはようございます」
レオンのことだから俺が起きる前に身支度を済ませ、使用人として挨拶されたのかと思ったが、まだ温もりを分け合っていた。
「ああ……おはよう。俺はおまえがもう起きて準備しているのかと、一瞬勘違いしたぞ」
「しておらず……申し訳ございません」
「いや、別に批判しているわけじゃない。ただおまえでも寝坊するのだと、驚いただけだ。まあ寝たの遅かったしな」
結構な運動量だった。さすがのレオンも疲れただろう。
「……起きてはいました」
「じゃあ、やっぱり疲れていて動きたくなかったか?」
「動きたくなかったのはそうですが、その……」
「なんだ?」
「万が一にも、ジルベール様を起こしてはいけないと……思いまして」
あまりにも自然な感じがしたので気にとめなかったが、俺、レオンに腕枕されてるわ。結構恥ずかしいが、レオンの体温、匂い……いつもより安心して眠れたと思うのは、気の所為ではないはずだ。
「それに、ジルベール様の寝顔が見惚れてしまうほど美しくて……鑑賞しておりました」
そう言って頬を赤く染めたレオン。
ああ、レオンのこんな一面を見られるのは俺だけだ。リューイなど令嬢達は、英雄らしくなくて嫌だ、とか言いそうだが。ライバルが減って好都合……いや、逆に可愛いと、より人気が出るかもしれない。それはそれで悔しい――ではなくて心配だな。
そんなことよりも……
「レオン、まだ時間は大丈夫そうか?」
「はい、十分間に合います」
「――なら、その前にもう一度口付けを……」
「はい、ジルベール様」
第二部完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
少しでも楽しんでいただけていれば嬉しいです♡
少し時間がかかるかもしれませんが、第三部を考えております。
そちらでもお会いできることを願って……。
市之川めい




