大事なものは
「初日の――訓練後の会話なんですが……」
すぐに思い当たったのか、ダニーは「ああ」という顔をした。
「あの時、俺のことを護られて育てられたと。確かに俺はギファルド家子息ですから、周りから与えられることが通常で、気を遣われる立場にあったことは完全に否定できません。レオンは、英雄とはいえ同じ立場の国王軍の隊員であるはずなのに、今回の件も父上から事前に話をされていて、それ以上にきちんと趣旨を理解していた。一方で俺は……父上から広い視野を持つことが大事だと言われていたのに、深く考えることもせず、何も分かっていなかった。指示された任務を遂行することだけで十分だと、そう思っていた。やはり俺は、どこまでいっても意欲的でなく、甘やかされて育った頼りない人間でしかない……」
勘のいいダニーに言ったら必要以上のことまで知られると分かっているのに、出口を求めていたドロドロとした黒い感情は一度流れ始めると、全て出し切るまで止められない。ダニーが口を少し開きかけたのを見て、隙を与えないよう勢いよく一気に続ける。
「ダニー隊員が言った、愛されて大事にされているっていうのだって、俺にはずっとそう思えなかった。皆、大事なのはギファルド家子息という身分だけなのだと……俺はずっと側にいたのに、あいつにさせていた我慢や、俺への想いに目を向けていなかった」
自分でも何を言っているのか、何が言いたいのかすら分からなくなったが、奥底に蔓延っていたものを文字にして吐き出すと、その分身体が軽くなったような気がした。最後の消え入るような声の後に、ダニーが話し出す。
「ジルベール君。ごめん、誤解させてしまったね」
もし兄がいたらこんな感じなのだろうかと思えるような、温かさを持った声だ。
「僕が君に伝えたかったのは、君が誰かに護られているってその愛情を受け入れた時、君も相手を、体だけじゃなくて気持ちも、逆に護ろうと強くなれるってこと」
ダニーも同じように俺に口を挟ませず、話を続ける。
「僕も魔王が出現した時にいたって言ったけど、あの戦闘で犠牲になった隊員のひとりは僕の幼なじみだったんだ。僕は彼を護れなかったこと、生きて彼の家族の元に帰らせられなかったことを今でも後悔している。それに……周りがこんなにも彼のことを大切に思っているのに、国王軍として一番大事な使命、家族のために生きて帰ることよりも、自ら率先して魔王の元へ行ったことを怒ってもいる。もちろん彼の気持ちも分かる、彼だって他の仲間のためにやったことだ。僕の考えも矛盾している、だけど……」
俺に伝えているというよりも、独り言のように想いを吐き出しているダニー。目尻が光ったような気がしたが、もちろんいつもの色っぽい、熱を帯びて潤んだ瞳ではなく、憂いを感じる涙だ。
「もし僕がもっと強かったら、彼を死なせずにすんだかもしれない。それに、もし彼が大事だと素直に伝えていたら……彼は僕のことを考えて、自分の身を犠牲にすることを躊躇ったかもしれない。だけどそうなれば、結局は違う犠牲者が生まれていた可能性がある。優しかった彼はそれを受け入れられないだろうし、やっぱり自分が盾になる結果を選んだだろうな」
視線を落とした先には、その彼が映っているのだろう。ダニーは行ってしまう彼を必死で掴もうとするかのように、手を開いて握ることを繰り返している。無意識に爪を立てて力を入れているのか、手のひらに赤い跡が見えた。
「ダニー隊員にとって、大切な友人だったのですね」
「友人……だったのかな。僕達は家が近くてね、生まれてからずっと一緒だった。そう、周囲からは幼なじみ、兄弟のように思われていた。でも……」
恋人だったのか、それとも秘めた想いだったのか。聞いたところで彼らの関係が変わるわけではない。ひとつだけ確かなのは、愛おしい人を想うダニーの瞳だ。
「ダニー隊員……」
なんて言おうか逡巡している俺の気持ちを汲んだのか、ダニーはいつもの温度を感じさせない、淡々とした表情に切り替え、「午後も任務がある。食べた後すぐに動くのはきついから急ごうか」と、先輩隊員としての顔を見せた。
「はい」
ダニーは自身の中性的で整った容姿をいいことに奔放に遊んでいると思っていたが……おそらくそれは利用できるものを最大限使い、情報収集と下調べを欠かさず、二度と大切だった彼のような結果を生み出さないように努力しているのだろう。
レオンだってそうだ。あいつが周りから慕われ尊敬されているのは英雄だからでも、四大公爵ギファルド家子息と判明したからでもない。いや、大いにあるか。なんて言ったって英雄は魔王から皆を救ったんだし。今回だってそうだ。
でも……確かにあいつは父上から話をされていた。だがそれは、父上達がレオンなら任せられると信頼しているということだろう。自分にだけ特別任務を与えられても、力を過信したり傲慢な態度を取ったりせず、常に冷静で黙々と訓練に励むレオンだからだ。
ああ……今夜帰ったら、そんな高潔なレオンをどのように乱れさせようか。まだ午後の任務が残っている。じっくりと考え――やばい、想像しただけで興奮してきた。
食べ終わって戻る途中、ダニーが言った。
「ジルベール君、君は周りから愛されている。信頼して平気だよ。任務で失敗したとしてもそれを周りは責めないし、君のために動く。ギファルド家子息とか関係なくね、僕だってそうだ。もっと自分に自信を持って大丈夫だよ」
「ダニー隊員、ありがとうございます」
嬉しい言葉だ。だが焦りというか、複雑な気持ちも少々感じてしまう。周囲から完璧な貴公子と言われている俺が、実際は自分に自信がないとダニーには思われている。いや……それは本当だ。だが俺の演技はそれこそ完璧なはずだ。それは国王軍での任務で常に一緒に行動していることに加え、ダニーの察しの良さの所為で気が付かれただけだよな。
それか……ダニーが言ったのは俺のこととかではなく、ただの一般論ってことも? ジュールのような男なら別だが、普通は皆、何かしら負の思いを抱えている。というかジュールだって自分の弱さを隠すために、ああやって強がっているだけかもしれないが。
午後は、今回の任務での反省点に対する第十隊二班との合同訓練だった。移動中に大きな問題は起きなかったが、それでも改善の余地はたくさんある。
また当然ながらヴァランの襲来時については実際の動きを再現しつつ何度も確認し合い、徹底的に復習した。俺はルーク王太子と大蛇に対応していたため会場内の様子は詳しく知らなかったが、やはり聞いていた通り、レオンの活躍が大きかったのが分かる。
もちろん魔王との対戦ではないため瞳の色が変わったりはしないが、そう思わせるくらいに神秘的なほど強く、何かを纏っている雰囲気だったらしい。
その話は恋人として誇り高く思えたが、ニナ王女を抱きしめながら戦っていたという、聞かなくてもいい情報まで、ジュールがいつもの嫌らしい笑みとともに伝えてきた。人々が着飾った夜会においても一線を画すほどの美男美女の二人の親密具合に、周りの者達は逃げ惑いつつも絵本の中の夢物語のワンシーンを見ているようだと、囁き合っていたらしい。
周りからの妬みと羨望が混じった視線を向けられてレオンの居心地が悪くなるのを見越して言うなんて、どこまでいい性格してるんだ?
溜まっているところに、仕方がないとはいえ恋人のそんな様子を聞かされれば面白くないのは当然の反応だろう。俺はイライラを模擬戦相手にぶつけて解消するため、いつも以上に力が入っていたらしい。
ダニーがいつもの裏を含んだ雰囲気で話しかけてきた。
「ジルベール君。心境の変化でもあった?」
「え?」
「さっきの話の続きになるけど、以前、僕は君の剣からは殺気を感じないって言ったよね」
「はい」
「でも今の対戦を見ていたら、君からすごく凄みというか、何かに向けての意志を強く感じたから」
「そうでしょうか。自分ではあまり分かりませんが……」
どういう意味だ? ただ単に事実を言われたのか、それともレオンとのことに気付いていて、そのことを言っているのか。
「護りたい者がいたのかな?」
「それは……」
言い淀む俺を見て、ダニーは口角を上げつつ俺の後ろの方に視線を向けた。俺はその先に誰がいるのか恥ずかしさから知りたくなかったが、確かめなくても分かった。
「心配だよね。あれだけ完璧でモテる人だと」
「…………!?」
やはり、ダニーは完全に気が付いている。俺達の関係、そして今の俺のイライラの理由も。だがジュールならまだしも、ダニーはそれをからかうためだけに言うような人ではない。
「護りたいってすごく大事な感情だ。相手を大切に想うことだけでは難しくて、護りきるためには力が必要で。だから時には、自分の無力さや弱さを否応なしに痛感させられる。でもそれで自己嫌悪に陥るんじゃなくて、その自分の欠点を認められれば、お互い相手の足りない部分を補い合っていける。そうやって成長できるのは、生きて、側にいるからこそだと思う」
レオンの前では、ドロドロとした処理しきれない黒い感情や情けない言動もさらけ出してしまう。大切な相手とは、護り合うだけではなく、本当の自分を映し出してくれる鏡のようなものだろうか。
遠くを見ているダニーの想いは一方通行で、幼なじみから反応が返ってくることはもうない。でもいつか……どのような結果であれ、その想いの形を変える日が来るのだろう――来てほしいと願った。




