襲った理由
朝早く目覚めた。深夜に戻ったのであまり寝ていないが、体は軽く感じる。気持ちが上向いていることの他に、帰宅してからゆっくりと湯船に浸かり、余韻に浸りながら汗を流したことも理由だろう。長期任務中でも体は洗えるが、清潔に保つことで体調不良になることを防ぐというのが目的なので、短時間かつ最低限の回数だけだ。
「ジルベール様、おはようございます。朝食をお持ちいたしました」
用意された朝食を取っていると、シャンティエが話しかけてきた。
「ジルベール様」
「どうした?」
「国王軍の方から、旦那様のことを伺いました」
フェリーだろう、彼以外に当てはまる人物はいない。頷くと、シャンティエは少ししてから「申し訳ございませんが……」と、遠慮がちに言った。
「ジルベール様がお忙しいのは承知しておりますが、旦那様に何か必要なものがあるか、確認していただいてもよろしいでしょうか」
「ああ、問題ない」
彼の気遣いが垣間見える。今日も父上に会う理由ができた。伝わるかは不明だが、口には出さず礼を言った。
軍事宮へ行き、大隊長の執務室を訪ねる。名を告げると、中から返事があった。すでにイリュダから戻ってきているようだ。
フェリーは書類の山を前にして座っていた。徹夜で動いているはずなのに疲れを見せず、相変わらず品の良い雰囲気を醸し出している。昨晩きちんと礼を言えていなかったことを思い出した。
「フェリー大隊長、お疲れ様です。昨日は助けていただきありがとうございます」
「ジルベール。私は大隊長として皆を護る責任がある、当然のことだ。君こそ任務を忠実に遂行してくれた、大隊長として助かったよ」
頭を下げると、フェリーは微笑んだ後、真剣な顔つきで言った。
「――さて、昨日のことだが、私は国王陛下と共にイリュダに戻り、国王達と話し合った」
「はい」
「敵はやはり、ヴァラン国王から命令されたと」
「よく口を割りましたね。誰かの異能ですか?」
「詳しくは言えないが――そうだ」
話は複雑なのだろう、壁側に置いてあるソファーに座るよう促された。
「襲った動機は予想通り、原石の取引に関わる両国間の相違が原因だった」
「相違、ですか。具体的には?」
「ヴァラン王国側の誤解だ。正確には、異能によって騙されていた」
「え? イリュダにですか?」
イリュダの国王は見ていないが、ルーク王太子はとても感じが良かった。それに――ヴァランの王太子の(悪)印象も合わせ、人を見かけで判断してはいけないと思いつつも予想外の言葉に驚いた。だが、フェリーはやはりと言うべきか、俺の問いを否定した。
「ヴァランの公爵だ。国王の実弟で、原石の管理を一任されていた」
意外な人物に驚き、大きく息を吸い込んで言った。
「真面目で評判の良い人物だったはずでは……あ、異能――ですか?」
「そうらしい」
フェリーの曖昧な返事と、先ほどの『任されていた』と過去形で言ったこと。自ずとある予想が立つ。
「亡くなったということですか?」
フェリーが頷いた。
「ああ。急に倒れて、そのままだったそうだ」
「毒など、他殺の可能性は?」
「低い、調べたが不自然な点はなかったらしい。彼は能力を使って、兄である国王を欺き続けていた。公爵領引き継ぎのため国王がイリュダとの取引関係の書類を確認したところ不審な箇所があり、騙されていたことが判明した」
死亡後に分かったのなら王弟が生きていた時の評判を考えても、殺されたのではなく本当に病気が原因の突然死だったのだろう。
俺は頭に浮かんだ疑問を言った。
「フェリー大隊長。王弟が原因なら、ヴァラン国王はなぜイリュダを襲ったのでしょうか。逆恨みでは……?」
「王弟は、マチルダ王妃と関係を持っていた」
「は?」
驚きのあまり、咄嗟に口から出た言葉を詫びる。
「失礼しました。二人は叔父と姪の関係……ですよね」
「そうだ」
「王妃も異能で……」
「いや、王妃は自らの意思で王弟の行為に加担していた。正確には、父であるヴァラン国王と夫であるイリュダ国王に黙っていた――というほうが正しいか」
理解するには材料が足りないので、続きを待つ。フェリーは思案のためか少し間を置いてから口を開いた。
「マチルダ王妃、当時のヴァラン王女と王弟、彼らの仲は王妃がヴァランにいる頃から始まったそうだ」
「はい」
「二人の関係は誰にも知られておらず、そして――マチルダ王妃とイリュダ国王の間に、婚約の話が持ち上がった。王妃は断りたかったそうだが……」
「原石の話もあり、無理だったと?」
フェリーが頷いた。
「マチルダ王妃が告白したよ。何も聞かず彼女の気持ちを無視して話を進めた父親と、原石を目当てに脅すように婚姻を迫ったイリュダ国王を今でも恨んでいると」
「え? それは……少々思い込みが……」
「ああ、皆、そう感じた。だが当時は幼かったから仕方ないのかもしれない。彼女は王女が故、断る選択肢を知らなかった」
状況は違うが父上と同じだろう。身分のある者はその利益を得る代わりに、平民が普通に手にするものを諦めなくてはならないことがある。
「流されるままイリュダに嫁いだ後も、マチルダ王妃とヴァラン側の連絡を王弟が取り持つとの口実で、二人はずっと関係を続けていたそうだ」
「彼らはどうやって騙していたのですか?」
「ヴァラン国王達は王弟が異能を使って騙していた。イリュダ側は適正価格を払い、ヴァランからも何も言われていなかったため、取引は円満だと思っていたそうだ。王妃も上手く話を合わせていたらしい」
「王妃も操られていた――ということは?」
フェリーは小さな溜息をついた。長い髪が揺れる。
「王弟がもういないので確かめる術はないが、マチルダ王妃の話では、叔父はヴァランの人間のみに能力を使っていたそうだ」
「それで……ヴァラン国王がマチルダ王妃に対して怒り、今回王太子達がイリュダを訪問することを理由に異能者を紛れ込ませ、会場を襲わせたということですか?」
それもまた――思い込みが激しいというか、大げさというか……親子で同じ気質を持っているということだろうか。
「いや、ヴァラン国王の狙いはルーク王太子とローズ王女だった」
「確かにルーク王太子を標的にしている感じはしましたが、なぜローズ王女もなんですか」
それこそとばっちりだろう。
「ローズ王女は本気で狙うつもりはなく……例えばの話だが、もし怪我などされれば夜会を開催したイリュダの落ち度となり、グレンロシェとの仲が悪くなると考えたようだ」
ルーク王太子の人柄からは、そうなれば余計に責任を感じグレンロシェが有利になる条件で求婚をしそうだが。いや、条件とか言ってはいけないか。ルーク王太子は純粋にローズ王女を好きなのかもしれない。
「またヴァランの国王は、ローズ王女とレオンの関係を懸念していた」
交流が少ないはずのヴァランにまで噂が伝わっていたことは意外だった。
「ローズ王女の顔に傷などが残った場合、レオンとの話が消え、ニナ王女との婚姻が一気に進むと思ったようだ」
確かに英雄であるレオンは、使いようによっては国に恩恵をもたらす。孫のニナ王女の美貌に相当な自信があるのだろう。普通の男ならば、傷を負った一般的な容姿の女性より、絶世の美女を選ぶ。だが残念ながらレオンは、好色や立身出世を望む普通の男ではない。なんて言ったって、男が好きなんだし。
「フェリー大隊長。よくよく考えたらルーク王太子はヴァラン国王の孫ですよね。その孫ですら襲ったのですか? 殺すつもりはなくとも、一歩間違えたら怪我だけではすまない場合も……」
「いや、ルーク王太子の方は本気で狙っていたようだ」
「なぜ実の孫を?」
「彼は確かに孫だが……」
一緒に暮らしていないから愛情が湧かない。
母上も俺をそう思っているのか……そう頭に浮かび気持ちが沈みつつも、あることに思い至った。
「もしかして、ルーク王太子は……」
「ああ、マチルダ王妃と王弟の子だ」
「それは確定なのでしょうか?」
上手く取り繕えば、いくらでもごまかせそうだが。
「イリュダ国王が、若い頃から機能的にできないと告白した。そして王妃も認めた」
絶対的な権力を持ち渇望されるような地位にいても、全てが満たされているとは限らない。
「ルーク王太子は、ヴァランの後継者争いを回避するために殺そうとしたということでしょうか」
フェリーが否定する。
「ヴァラン国王にはマチルダ王妃の兄である王太子、それに王太子の子どもがニナ王女を含めて三人いる。だがイリュダ国王夫妻にはルーク王太子だけだ。通常ならば、ルーク王太子がイリュダの国王になる」
「――ということは、逆にヴァランが襲ったことで、秘匿とされていたルーク王太子の出生の事実が明るみに出たと?」
「そうだ。イリュダ国王夫妻とルーク王太子はご存知だったそうだが、他には一切隠されていた」
状況は違うがルークも俺と同じだ。気持ちの折り合いはつけたのだろうか。
「ではなぜ、ヴァランがわざわざイリュダを襲ったのですか? ローズ王女に怪我をさせた場合の利益より、ルーク王太子の出生の秘密が周りに露見するほうが、ヴァランにとっても不利になると思いますが」
「ヴァラン国王は、ルーク王太子のことでイリュダ国王が怒ってヴァランに攻め込んだり、併合しようとすること、またその際にグレンロシェがイリュダに手を貸すことを危惧していたそうだ」
ヴァラン国王は彼なりに国を守ろうとしたのか。違う解決方法があっただろうに……
イリュダ国王とルーク王太子に訴えればよかっただけだ。彼らなら併合などせず、協力のほうを選ぶはずだ。だがイリュダ国王が、ルークは自身の子でないとすでに知っていたことなど、ヴァラン国王には分かるはずもなかった。
長年信頼していたはずの弟と娘の裏切り。元々外国との交流が少なく、豊かでもない小国。現実を一気に見せられ、焦ったのだろう。
父上が言った『広い視野を持つこと』の意味が分かる。
俺は成長できているのだろうか……




