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【全年齢版】公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します  作者: 市之川めい
第二部

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自覚

 俺には一生手に入れられないと諦めていた父上からの想い(言葉)。自分も素直に伝えたいと思うのに、長年のわだかまりというか、面と向かって口にするのは勇気がいる。

 こういう時こそシャンティエの能力で解決してほしいんだが。いや、それでは気持ちが籠らない。誠実に想いを吐露してくれた父上に対して、俺も素直になる必要がある。


「父上、俺からも伝えたいことがあります。聞いていただけますか?」


 父上が頷く。そしてその同じ想い(言葉)を耳にした瞬間、彼の茶色の瞳から一筋の涙が流れ出た。




 長年自分の奥底に沈殿し行き場を失っていた想いが、道を間違えながらもやっと出口にたどり着いた。

 だが俺にはもうひとつ、言わなければいけないことがある。


「父上。少々言いにくいことなのですが……」

「なんだ?」

「レオンとのことで」


 意外な内容だったような顔だ。


「――レオンとのとは、二人の()のことか?」

「はい。父上は俺達が付き合っていることを、正直あまり良く思っていらっしゃらなかったと思います」

「え、私がいつそんなことを言った? そんな覚えはないぞ」

「はい。父上が言ったというより、俺がそう思い込んでいるだけなのですが、その、俺がレオンを無理やり……」


 アンドレが溜息(ためいき)をついた。


「ジルベール、言い方に気をつけなさい」

「申し訳ございません」


 同じ口調なのに、温かみを感じるようになったのは心の持ちようの変化か。


「――レオンも俺のことが好きだと言ってくれています。ですが、始まりは俺が立場をいいことにお願いした、といいますか、(きょう)よ……」

「ジルベール」


 言い終わらない内に言葉を重ねて切られた。やはり怒っており、息子が受けた仕打ちの内容を耳に入れるのも嫌なのだろう。だがレオンが何も言わないから、せめて父上には謝りたい。


「ジルベール、反省しているのか?」

「――はい」


 父上が沈黙した。どう言おうか、悩んでいる様子だ。


「自分のことを棚に上げてすまないが、確かにおまえ自身、省みなくてはいけない点があると思う。だがレオンとのことだけに関して言えば、本人は喜んでいたが」

「そうレオンも言っていましたが……」

「それでも私に弁解しようとしているということは、レオンを信じていないのか?」

「いえ、レオンは信じています。ただその、俺のやり方が、その……」


 俺が言い淀むと、父上は優しさを含んだ茶色の瞳で覗き込んできた。


「確かにレオンから話を聞く前、少し懸念していたのは本当だ。だがおまえが屋敷を出て、レオンにローズ王女から婚約の話があったと伝えた時、おまえとの関係について確認した」


 レオンは俺を迎えに来た時、父上達に知られていると言っていた。そりゃあ普通は息子が虐げられていれば、正常な相手を選ばせようとするよな。


「レオンは何と――」

「それはジルベール、おまえが一番良く知っているんじゃないのか」

「え、どういう意味でしょうか?」

「そのままの意味だ」 


 理解ができずにいると、アンドレが答えを言った。


「レオンは一生おまえへの想いを秘めておくつもりだったそうだ。だがおまえから歩み寄ってくれて本当に幸せだと、普段感情を人に見せないレオンがそう話していたぞ」


 えっと……『やれ』って命令したこととか、後ろを向かせて一方的に進めたこととかが、レオンの解釈では歩み寄りになっているのか? あいつは否定していたが、やっぱり被虐心があると思うんだが。


「――そういえばレオンから聞いたのですね。シャンティエからだと思っていました」 

「ああそうだ。シャンティエはいくら異能で人の思考が分かると言っても、全て無条件で読み取れるわけではないそうだ。私もその発動条件については知らず、どうしても必要な時のみ頼っていた。今までで十回にも満たないだろう」

「え、そんなに少ないのですか?」

「そもそも私が多用したら、当時のギファルド公爵が同じ異能を持ったシャンティエの先祖が国に酷使されることを憂い、我が屋敷で保護した意味がなくなるからな」

「そうだったんですね」


 アンドレが口角を上げた。目尻には、乾いた跡が薄らと見える。


「ジルベール。レオンがおまえのことを話す時の嬉しそうな顔を見て、私は安心したのだよ」


 一応ちゃんと同意があったってことか?


「これほどまで純粋に想ってくれる人がいる、想う相手がいる。それは強さになる。そんな二人なら忠誠心を持って国に仕え、ギファルド家の使用人達や領民達のことも家族と同じように思い、守っていけると確信した」

「父上……」



 俺は先ほどから気になっていることを訊いた。


「父上にとって、その相手がクリスティーナということでしょうか」


 明らかに動揺を見せたアンドレ。それを隠すように咳をしてから喉を潤した。


「父上。俺は別に父上が彼女を想っていてもかまいません。ただ……」


 治療室といえども壁は厚く、外の音から閉ざされている。言い淀み、沈黙になるのが怖く、今度は俺が水を飲んだ。



「俺の、出生の秘密保持のためという理由で、父上とクリスティーナの仲を壊してしまい……」

「ジルベール」


 名を呼ぶ声は強く、はっきりとしている。


「それは違う」

「いえ、ですが……」

「ジルベール、勘違いだ」

「父上、気を遣っていただかなくて結構です」

「本当に違う。聞いてくれ」

「……はい」


 アンドレは長く息を吐いた。


「正直に告白すると、私は振られたんだ」

「クリスティーナにですか」

「ああ。確かにエロイーズに条件を言われた。だがジルベール、私は仮にも四大公爵ギファルド家当主だ。そしてこの世には様々な異能がある。もしあの時、クリスティーナが私とどうしても一緒になりたいと言ったのなら……私にはどうにかする力があった」


 父上は下唇を噛み、少し思案した後に続けた。


「例えばだが、エロイーズは何も言えないようにする。そして人々の記憶と書類を改ざんし、私とクリスティーナが夫婦、子は双子のジルベールとレオン、このような感じだ」


 その時は俺は小さかったのだからクリスティーナを母親だと思い何も疑わず、普通の幸せな家族として過ごしていったのだろう。どちらの選択が良かったなど、今となっては分からない。


「だがクリスティーナは……エロイーズとのことを伝えた時も、『アンドレ様の幸せを願っております』と微笑んだだけだった」


 いや、それは……


「父上。失礼ですがクリスティーナは父上のことを想い、不正をさせないようにと……」


 言い終える前に耳にした、鼻をすするような音で気が付いた。


「それ以上は言わないでくれ……」


 クリスティーナが与えている愛、アンドレも当然分かっている。そしておそらくクリスティーナも。受け入れるざるを得なかったアンドレの立場。平民出身だが王族の血を引いている彼女は、身分が高い者が持つ苦悩と平民の人々が生活していく上での苦労を、誰よりも両方を理解している。何かが少しでも違えば誰も傷つかなかった未来もあっただろうが……いまさら戻れないなら、考えるのは意味がないことかもしれない。



 父上が肩で息をした。


「父上、怪我をされていらっしゃるのに気が利かず申し訳ございません」

「いや、大丈夫だ」

「ですが本日はもう休まれたほうが……」

「ああ。それにおまえも疲れているな、私こそ気が付かず済まない」

「いえ、問題ありません」


 父上は口元を緩ませた後、軍事宮高官としての顔を見せた。


「ジルベール。フェリーから聞いていると思うが、彼は現在イリュダで事後処理をしている。明日に一度戻ってくるはずだ。おまえはフェリーに指示を仰いでほしい」

「はい」

「それと――エディ小隊長以下国王軍は予定通り陸路だが、ローズ王女がいない分、行程も早くなるだろう。おそらく一週間後くらいの帰国だ」

「分かりました。父上、どうか今夜はゆっくり休んでください」


 互いにぎこちなく、だが気が付けば自然と肩を寄せ合い腕を回していた。



 部屋を後にし、少し迷ったが治癒隊の執務室には寄らなかった。小隊長がまだ残っているのか不明だし、目が赤いであろうことを知られたくなかったからだ。女性のリューイはそういう部分に敏感そうだし、変な勘繰りをされるのは()けたい。

 すでに夜が深い。歩ける程度の明かりが一定間隔で置かれている、人のいない廊下を進む。

 明日もここで任務があるので仮眠室に行っても良かったが、できればゆっくりと風呂に入りながらこの感情を反芻したいと思い、軍事宮を出た。



 王宮を中心として広がっている貴族街の中でも王宮に近い場所に位置しているギファルド家の屋敷は、グレンロシェ王国建国と同時に叙爵した初代公爵が建てたといわれており、分厚い塀と人の何倍もの高さの門に囲まれている。

 この門を最後にくぐったのは――二週間前だ。それしか経っていないのに、俺は初めて見たような、逆に相当昔に見たことがあるような、とにかく見慣れない壮大で厳かな建造物に感じた。その理由は考えなくても分かる。


 今夜、俺は父上の子なのだとやっと感じることができた同時に、これまでの自分がいかに愚かだったのかを痛感した。

 四大公爵ギファルド家嫡男として育てられた俺は、爵位が持つ権力や立場の意味を正確に理解せず、利益を享受することばかりを考え――というより、それが当たり前だとしか思っていなかった。

 だが、自分を作り上げていたもの全てが(まが)いものだったと分かったあの日……疑う余地などないはずの日常がいとも簡単に崩れ、こんなにも脆かったのだと思い知らされた。

 ギファルド家の先祖達が苦心と共に繋いできた歴史――国への忠誠心と、領民や使用人達の穏やかな生活を維持していくことに対する責任の重圧など、俺は考えたことなどなかった。

 物事を自由に選び放題で、全てのことが思い通りにできると(はた)からは見えるだろう。だが現実は、選択肢が与えられるのかすら疑わしい。


 今までとは違う意味で父上が遠くに感じる。ギファルド家子息と自覚したからこそ感じ取れる威厳に身震いしながら、二週間ぶりの自室に戻った。

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