あの背中は……
「タカ、大丈夫か?」
「はい、動けます」
「だが毒があるはずだ。一刻も早く処置をする必要がある。連絡を取るので待っていてくれ」
「いえ、私もまだ戦えます」
「だめだ。君は大事な仲間だ、今後もいてもらわないと困る」
「――あっ、ありがとうございます」
イリュダの兵士の、自分を犠牲にしての献身。ルークが王太子ということもあるが、この人柄によるのだろう。
そのルークは大蛇に注意しつつ、頭の中でやり取りしているようだ。
「他の兵士達がこちらに来られそうだ。タカ、それまで隠れていて」
「はい」
「ジルベール君。レオン君はニナ王女をお護りしていて無事だ」
「はい。ですがローズ王女は?」
「残念だがまだ見つかっていない」
また背後に大蛇が現れ、口からネバネバした液体を吐き出した。ルークと左右別方向に逃げ、そのまま蛇の後ろに周り込む。蛇はルークに視線を合わせ、再度飛び込まれたがこれも回避した。
やはりルークを狙っている。ヴァランの来襲で、理由は原石の輸出に対する不満だろうか。
今夜すでに何度も能力を使っているためか、炎を出しても蛇を瞬時に焼くまでには至らず、胴体をくねらせ土と草で消炎されてしまう。王太子は攻撃系の異能ではないようで、武器は手にしている短剣のみだ。毒を吐かれるため容易に近付けない。
何回かの攻防の後、やっと会場の方角から足音が聞こえてきた。
「ルーク王太子殿下、お待たせいたしました。状況は?」
五人の兵士だ。
「毒蛇がいてタカが腹を噛まれた。それを操っている人物が近くにいるはずだが探し出せない」
「はい」
隊長らしい兵士は部下に指示を出し、一人の兵士がタカを支えながら戻り、二人が蛇に向かい合った。一人は目を瞑り立っている。
「隊長、中の様子はどうですか?」
ルークが訊く。
「今対応していますが、混乱に乗じて四人の男が剣で人々を切りつけました」
「え、異能者が出たと聞いていましたが……」
「はい、剣自体が能力によって持ち込まれたようで。他の異能者は確認中です」
「――被害状況は?」
「十数名以上の負傷者が出ており、現在治療班が対応しています」
ニナ王女は? レオンが守っているならば大丈夫だと思うが。もし怪我をして、それで正式な護衛任務を与えられていたわけでもないレオンが責められたりでもしたら納得がいかない。
というか敵がヴァランだった場合、自作自演で王女を傷付け、レオンに責任を取らせるために結婚を要求する……というのは俺の考え過ぎか?
二人の兵士と共に大蛇と対峙しているが、なかなかとどめを刺せない。目を閉じて少し離れたところにいた兵士が一点を示しながら叫んだ。
「隊長、あそこの木陰に操っている人物が隠れています」
それを聞いた隊長が瞬時に動き、続けて王太子が後を追った。隊長が剣で木を伐り払うと、一人の男が飛び出しこちらに向かってきた。大蛇の横に立ち、男もまた剣を手に持ち間合いを取っている。男は全身を黒色の服で包み、顔も隠すように帽子を被っているため人相が分からない。男が動くと、隊長と兵士達も男から王太子を遠ざけるように動く。
俺は別に護ってほしいとか思っているわけではない。だが、人徳なのかそう周りに思わせるルークが羨ましい。レオンがいる、それは十分理解しているのに……なぜいつまでも満たされない?
大蛇が顔を上げ、毒を吐いた。その隙に男は一人の兵士に斬りかかる。兵士は後ろに下がって避けたがそれは罠だったようで、回り込まれた蛇の二回目の毒は躱せなかった。みるみるうちに服が溶けていく。
「うぐっ」
「急いで服を脱げ」
毒は兵士の肌にも直接かかっていたらしく、隊長が緊迫した様子で対応している。
「あなたは何が目的でこんなことを?」
ルークが訊いたが、返事はない。
「僕に不満があるのなら直接言えばいい。他の者を傷つける理由にはならない」
「…………」
ルークが次に発した言葉は聞いたことがない言語で、俺には理解ができなかった。
「露見してるなら仕方ない」
男が口を開いた、イリュダ語だ。
「やはりあなた達はヴァラン人、何が理由でこんな真似を?」
「それは訊いても無駄だ。俺も知らないからな。俺は言われた通りにお前さん達を襲っただけだ」
男が言ったことは本当だろう。捕まったらすぐに口を割るような実行役に教えているはずがない。
「そうでしょうね。ではあなたを捉えてから調べることにいたしましょう」
再び会話は止み、辺りには蛇が発する声と遠くの方から聞こえてくる音のみになった。緊迫し重い空気が立ち込めるのを断ち切るかのように、隊長が構えていた剣の先を上に向けた。剣身が明るく光っているように見える。隊長は男がその異能を纏った剣に驚いた一瞬を利用し、 素早く踏み込んだ。逃げられないと察した男は大蛇を動かし自身の盾にする。蛇は胴体をくねらせてながら隊長に襲いかかった。
相打ち――いや、刺し違えだ。剣は蛇の胴体の一部を横に切り裂き、赤い液体がドロドロと流れ出ている。一方の隊長は脚に突き立てられた牙のせいで顔を歪め、抉れた肉からは血が吹き出し、毒の影響か黒く変色し始めているようだ。その隊長にとどめを刺そうと男が回り込んだのを見て、俺とルークが止めにいく。男は勢いそのまま剣で横から薙ぎ払うように、目の前に入り込んだ俺に矛先を変えた。
俺は間一髪それを避けたが、防御体勢を崩し尻もちをついてしまった。次の攻撃が来る前に、残っている力を使い男の体に炎をあて反撃する。
だが……すでに能力を使いすぎていたせいか致命傷を与えらず、再度男が俺に向かってきた。
逃げられない……
胸に剣を突き立てられる。そう覚悟した刹那、いや、事後だったのかも分からない。とにかく気が付いた時には男との間に何かが立ちはだかっており、それに剣が突き刺さったようだ。
そのすぐ後に二回の金属音が辺り一帯に響き渡り、「ぐああーっ」という、聞くだけでこちらも苦痛を感じるような叫び声が充満した。
地面には朽ちた物体となった大蛇と、操っていた男が足を抑えながら蹲っているのが見えた。
『何か』だと思ったものは外套を着た人間で、この人物が敵を倒したのだと理解した。
「ルーク王太子、この後の処理は頼みます。私は一度離れますが、また戻ってきますので 」
声の主はフェリーだ。ルークも慇懃に礼を言った後、集まってきた兵士達に指示を出した。
立ち上がろうとしたが、使い過ぎた能力のせいで足が上がらない。フェリーに手を差し伸べられ、申し訳ない気持ちで手を握り返したら、「そのままで大丈夫だ」と優しく言われた。フェリーのもう一方の手には先ほどの、背中を向けた人物の手。
あの人は――と思った瞬間、体が今までにない感覚に陥った。違う……前にも同じ経験をした気がする。
気が付くと俺は室内にいて、ソファーに横になっていた。初めての部屋だが装飾品などの色使いは、懐かしさがある。
「え、ここはグレンロシェですか?」
「軍事宮内にある執務室ですよ」
その声は……
「フェリー大隊長。俺は……」
「ここに戻った時、異能の使用過多で気を失ったみたいだがもう大丈夫だろう」
「すみません」
「ジルベール、君が寝ていたのは十分にも満たないから問題ない。私にも良くあることだ」
――そうだった。
「えっと、グレンロシェに瞬間移動したのはあなたの異能ですか?」
「やっと思い出してくれたかな?」
どういう意味だ? いや、確かに以前にもこんなことがあったような……いつだったか……あ。
「昔レオンと西の森で迷子になった時に……」
「そう、懐かしいな。あんなに可愛かった君達がこんなに大きくなって一緒に任務をするなんて、月日が経つのは早いものだ」
「フェリー大隊長。ローズ王女はご無事でいらっしゃるんでしょうか?」
あの人物のことを訊きたいはずなのに違う言葉が口をついたが、国王軍隊員としては正解だ。
「ああ。ローズ王女がルーク王太子と共に大蛇に襲われた後、私達は庭園の方に逃げてから異能でグレンロシェに戻った。今は王宮で休まれているよ」
「フェリー大隊長も怪我をされたと……」
「応急処置をしてもらったから問題ない。ローズ王女を国王夫妻の元に送り届けて説明をしていたので、あの場に戻るのが遅くなりすまなかったね」
来襲はあったが王女が無事ならば、護衛任務は一応果たしたということだろうか。
「これからまた事後処理のために私はイリュダに戻るが……敵はやはりヴァランだろう?」
「はい、ルーク王太子とあの男がそう言っていました」
フェリーは品の良い雰囲気に似つかわしくない、大きな溜息をついた。
「ニナ王女は計画を知っていて協力をしたのかはまだ分からないが、おそらくレオンを引き留めておく役割を担っていた」
「はい。レオンも無事なのでしょうか?」
「無事だ、ニナ王女を守りながら会場内に現れた敵と戦い捉えた。現在エディ小隊長以下他の隊員達と共に対応に当たっている」
一人だけでなく他の者も一緒に連れていくならば高度で稀少な異能――ましてや外国間の長距離を何度もだ。移動にどれほどの体力を必要とするのかは分からないが、フェリーは疲れを微塵も感じさせていない。
「君は良くやってくれた、後は他の隊員達で間に合うからもう戻らなくていい」
「いえ、俺もまだ動けます」
「ジルベール、君を助けた方は腹を刺されたため現在治癒隊のところにいる。君のことをとても心配していたから、顔を出してほしい」
「ですが……」
それでも食いさがろうとした俺を、フェリーは親戚のおじのような顔で言った。
「正直に言うと……私も人を伴っての移動は疲れるので、残ってもらえるとありがたい」
「――っ、ありがとうございます」
フェリーが消えた後、俺はあの人物がいる治癒室へと向かった。軍事宮内での訓練などで負傷した隊員の治療を行うために、治癒担当隊の執務室の隣に併設されている。近付くにつれて足が重く感じるのは、元々の疲れのせいだと自分に言い聞かせながら廊下を歩いた。




