フェリー大隊長からの話
翌朝準備を終えると、ローズ王女はルーク王太子と共に王都郊外にある工場へと向かうため馬車に乗り込んだ。宰相とフェリーも一緒だ。今回使うのは王太子の馬車で、側面に大きくイリュダ王国の国章が描かれている。
馬車の周りはルーク王太子付きの護衛兵、並びにエディ小隊長とダニー、アーノルドが取り囲んでいる。前後はイリュダの兵の他に俺達第九隊五班が守り、ドベル小隊長の第十隊二班は王宮での待機を命じられた。
俺はレオンと共に後方に付き、王都の大通りを進んでいく。通りには王太子達を見ようとする大勢の市民達で埋め尽くされている。警備兵が一定間隔で配置されており、騒がしいが統制は取れているので油断は禁物だが大丈夫そうだ。
人々の視線の先は大きな馬車ではななく、その後ろを騎馬で行く一人の隊員に注がれているように見える。
長身で整った容姿に漆黒の髪と緑色の瞳、英雄の噂は当然近隣国まで届いている。黄色い声を受けようが驕るような素振り見せず、謙虚に任務を遂行しているところも人気の秘訣だろう。
ちなみに俺も同じような態度を取っているが、その動機はまったく異なる。レオンの場合は理由などなく自然な行動だが、俺はもちろんそう思われるように計算している。
そのためなんでレオンばっかり――だとか、そんな目で見たってあいつは俺の恋人だ――と叫びたい気持ちはおくびにも出さない。
王都の検問所を抜けてすぐの所に工場があった。広大な敷地に立つ大きな長方形の建物だ。隣に併設されている寮に住んで働いている者と、王都から通いでくる者と半々くらいらしい。
王女は王太子のエスコートで馬車から降り、工場長に出迎えられた。ぎこちない儀礼を取った後、工場長は王太子達を案内しながら中に入った。フェリーとエディも続く。エディーは王女の代わりにレポートを提出するという任務もあるらしい。他の隊員たちは外を取り囲むようにして配置についた。
この工場ではヴァランから購入した原石を加工し、完成した装飾品を国内外で販売している。その技術は高く、ここで作られた物は他では出せない輝きを持つため令嬢や貴婦人から絶大な人気を誇っている。大きさや加工の仕方によって値段が変わるが、小さいものなら平民でも少し頑張れば手が届く値段設定になっており、記念日や求婚時に買い求める客が多い。
ルーク王太子の母親、即ち現イリュダ王妃マチルダはヴァラン王国出身の姫で、現ヴァラン国王陛下の娘だ。その王妃がイリュダ現国王陛下――当時の王太子と婚約をした際に、ヴァランのみで採れるこの原石を初めて国外に輸出することを決めた。
それまでは原石の存在は知られていてもヴァラン王国では加工技術が追いつかず、商品にできる水準の製品が作れなかったからだ。
イリュダは工業国として名高い。婚姻時の契約によって仕入れることが可能になった原石は、女性好みのデザインと貴族令嬢が競って身につけるという付加価値も付き、どんどん高値で売れるようになったと言われている。
視察が終わると、同じ道を通り王宮へ戻った。
翌日、ローズ王女はイリュダ王国の王妃から昼食を招待されている。その後は高位貴族令嬢達との茶会の予定だ。優雅に見える王族の生活だが、それはそれで大変なことだろう。
フェリーから隊員全員に執務室に来るよう呼び出しがあった。前回の招集時と違い、今回は部屋に大きなテーブルと椅子が人数分用意されており、それぞれの隊員が席についてからフェリーが話を切り出した。
内容は翌日夜に王宮で開催される、イリュダ国王陛下主催の夜会パーティーでの警護任務についてだ。出発前に大まかな配置は言われていたが、会場の作りが分かった今はそれを踏まえ、より綿密に位置や行動を確認していく。
夜会に出席するのはイリュダ国王夫妻、ルーク王太子、イリュダなどの高位貴族達。そして同時期にイリュダに滞在しているヴァラン王国王太子――イリュダ王妃の実兄とその娘だ。王太子夫妻には娘の他に王位継承権がある息子も二人いるようだが、今回の訪問には同行されていない。
会場の警備はイリュダの兵が担当する。皆が以前から仕えており、ここ最近――ローズ王女が出席することを知ってから入隊した者はいないそうだが、といっても決定したのが約二週間前なため安心はできない。エディ達国王軍隊員も会場外に配置され、二名が王女の部屋警備に割り当てられた。侍女達の警護と不在中の侵入を防ぐためだ。ヴァラン王国の兵も同じような感じだろう。
「ジルベール、レオン、少し残ってくれ」
全体での話が終わった後に言われその場に留まった。数人に隊員に視線を向けられたのを感じたが、さすがに大隊長の前で何かやっかみを言うような者はいない。他の隊員達が出払うと、奥のソファーに座るよう促された。フェリーも自身で扉を閉めてから、俺達の向かいに腰を下ろした。
「分かっていると思うが――残ってもらったのは夜会での護衛についての話だ」
「はい」
フェリーが一瞬視線をレオンに向けた。
「ローズ王女殿下はレオンのエスコートをご所望だが、聞いているかな?」
レオンも同様に、一瞬の間を置いてから答えた。
「はい」
工場視察の時に見たルーク王太子とローズ王女は雰囲気良く会話をしていた。馬車の中では不明だが、フェリーとイリュダの宰相も同乗していたので、特に何かあったわけではないだろうが……
王女はやはりレオンを婚約者として紹介するつもりなのだろうか。
「私も同席することになっているが、どうだ? やれそうか」
「はい。ですが、殿下にエスコートの指名をいただきましたが、あくまで任務ですので……」
レオンは当然フェリーの方を向いているが、この言葉は俺に対しての弁解のように聞こえた。
「分かっている。噂だけを信じるようでは、国王軍の隊長は務まらないよ」
「――失礼なことを申しました」
「謝る必要はない、君の心配は理解できる。むしろ君が誠実でそういう下心がないからこそ、安心して任せられる」
フェリーが口角を上げ頷く。親近感のある優しげな雰囲気は元々だが、今はより二人を見守る保護者のようだ。
「ジルベール」
「はい」
「私達も護衛として同行するが、君は社交界での振る舞いについては慣れていると思う」
「はい」
父上は夜会など派手な催しがあまり好きではない。そのため出席自体も数えるほどしかないが、一人の令嬢を伴うと他に選ばれなかった令嬢達が可哀想なので、今まではレオンと二人で参加したことしかなかった。俺は四大公爵家嫡男として、レオンは俺の従者としての立場だ。だが当然家庭教師から教育は受けているし、ダンスの心得もある。まさか俺より先にレオンがエスコートデビューするとは想像していなかったが。
「外国の国王陛下主催の夜会だ。儀礼は一朝一夕で身に付くものでは無いからね。君達なら問題ない」
「はい」
「それで本題に入るが――君達はイリュダ王国とヴァラン王国の関係について知っているかな?」
少し隣を見ると、レオンも若干顔をこちらに向けていた。レオンも知っているが、俺よりも先に口を開くようなことはしない。
「はい、ローズ王女殿下が視察にいらっしゃった工場で加工されている装飾品の原石をヴァランから輸入していると」
「そうだ。マチルダ王妃がイリュダに嫁がれたことで、今までヴァランのみで採掘できた原石が初めて国外に輸出されるようになった」
二人が同時に頷いた。
「当初のヴァラン王国の考えでは、原石を輸出した利益でヴァランにも工場を作り、イリュダから技術者を呼ぶ予定だったそうだ」
「はい」
「イリュダの技術は高い。この国での加工によって原石が貴重性を持ちこれほどまで人気の装飾品となったが、元々ヴァランではそこまでの価値を見出してはいなかったらしい」
フェリーが小さく溜息をついてから続けた。
「だがそこまでとは予想がつかなくとも、少なからず両国にとって良い取引だと考えていたようだ。しかし輸出が開始されてからすでに二十年が経っているが、未だに工場建設の計画は実現されていない」
レオンはどうか分からないが、俺には初耳だ。そもそもごく一部の上層部にしか伝わらない話だろう。
「その原因はご存知なんですか?」
俺の問いに、フェリーは確実なことは分からないと言った。
「ヴァラン王国は山に囲まれ閉ざされた土地柄もあり、あまり他国と交流を持ちたがらない国だ。グレンロシェに入ってくる情報も多くない」
「はい」
グレンロシェは発展した豊かな国で農業系の異能者が多く、作物は自給自足で賄える。イリュダ王国や他の国とは工芸品などの買い付けのために商人が行き来するので情報も同時にもたらされるが、ヴァランとは交流も少ない上に王族の婚姻も久しくない。
「イリュダ王国の宰相に話を伺ったのだが、取引当初こそ加工後にここまで人気が出るとは分からなかったため買取価格は抑えられていたが、それでも十分にヴァラン側にも利益が出る金額ではあったそうだ」
「それは鉱員の賃金などを払った上で――ということでしょうか」
レオンの問いは俺がフェリーに訊かなかったからなのだが、このことを思いつかなかったのは、レオンがやはり俺とは違い給金をもらう立場として育ったからか。それとも、俺が知らない間にすでに父上からギファルド家の領地経営の勉強を開始されていて、それ故の視点なのか。
フェリーは何の反応も見せず、質問に答えた。
「そう言っていた。それに装飾品の売上に応じて、原石の相場も上がっていったらしい」
「では、ヴァラン側に工場を建設できない理由があると?」
「その可能性は高い。だがジルベール。イリュダ側の話も、どこまで本当かは分からない」
フェリー立ち上がり、俺達に「何か飲もう」と言い、自ら一度外に出て行った。
俺はレオンにエスコートのこととか色々訊きたいことがあったが何も言えず、ただその場に座り、フェリーが戻るまでの短い時間がとても長く感じられた。




