意外な人物の助け
「おまえは初めてか?」
「は?」
「だから、やったことあるのかって訊いてるんだ。まあ令嬢からモテそうだし、経験ないってことはないよな」
確かに経験はある。男相手だが。
「そんなのどうだっていいだろ」
「でもおまえの方がされたことはないだろ?」
「は?」
「気持ちいいぜ、一回やっちまえばおまえもハマるぞ」
「――なら、ジュール隊員がケント隊員とか他の隊員とすればいいんじゃ……」
いつもの嫌味たらしい顔が目に入る。相変わらず固定された腕は動かせず、だんだんと痺れてきた。
「おいおい、萎えるようなこと言うなよ。俺はそっちは興味ないし、そもそもあいつらみたいな積極的なのはつまらない。俺はおまえみたいに潔癖で権高な男の顔が歪むのを見たいんだ」
やばい、共感したくないが――俺はジュールと似た性癖だ。違うのは、俺はジュール相手にしようとか、天地がひっくり返っても思わないことくらいか。いやそれ以上に引っかかるのは、なんで権高って思われてるんだ? まさか俺の演技を見抜いてるのか……こんな頭悪そうなジュールが気付いているならば、全員に露見しているのを覚悟しないといけない。
だが多少焦りつつも脳の一部は冷静を保ち、理解した。それはジュールの理想だ。
権高で性に興味がなさそうな、自分を拒否する強気な男に強要し、最後は相手が快楽に負け恭順に……ってレオンを想像したら変な気持ちになるな。
そんなことより今はとにかくこの場から逃げる方法がないか、考えなくては。
レオンが英雄のごとく登場してくれるのを期待するのは乙女――王女様みたいだな。魔王からなら仕方ないが、他の男、しかもジュールにやられそうになっていたのを助けられたなんて、実際にやられるより恥ずかしいんだが。
それか今ちょうど魔物の出現とか敵国来襲とかがあれば、即座に対応する必要があるから逃れられるが、そうは都合良く事は起こらないだろう。そもそも王女の護衛任務中だ、考えるだけでも不謹慎すぎるか。
ジュールは喉元で「ゴクリ」という音を鳴らし、続けて両手で押さえつけていた俺の手首を寄せて左手だけで掴み直した。そのまま右手を俺の腰の方に近付け、触れようとする。
仕方ない、上手く火力を調節して一か八か……
異能を使おうとした瞬間、右横の扉が開いた。意外にも想像していた救出の場面のように勢いよく、ではなく静かにだった。立っていたのはユリウスだ。そのまま俺とジュールの投げ出された脚でほぼ塞がれている、二つのベッドの間の空間に入り込み扉を閉めた。
「おいユリウス、邪魔するなよ」
部屋に入ってきた割には何も言わない。それに少し震えているようだ。
常に四人でつるんでいるが、傍から見た力関係ではジュールが一番威張っており、ケントとティムは小判鮫、ユリウスは下っ端――みたいな感じだ。ユリウスがジュールを諌めることは期待できない。ジュールも当然それは分かっている。
「てゆーかユリウス、おまえなんで来たんだ? サラだけじゃ物足りなくて、こっちにも混ざりたいのか?」
揶揄的な口調で言うジュールだが、左手の力を緩めることは忘れていない。ユリウスが答えないままなので、ジュールが苛立ち始めた。
「おい、時間がねえんだ。早くしないと任務の番になっちまう、用がないなら出て行ってくれ」
「あの……」
やっと口を開こうとしたユリウス、その口元は小刻みに震え、頬はほんのり赤くなっている。
「なんだよ」
「僕と……僕……じゃ……」
「ああ? なんだよ聞こえねえ。いい加減にしろよ!」
ユリウスが体をビクつかせた。
イライラするのは分かるが、こんな声を張り上げたら周りに聞こえるとか想像できないのかと、俺は自分の微妙な状況にも拘わらず心の中で溜息をつく。
「ジュール、ジルベール隊員じゃなくて、僕とするのじゃ……駄目かな?」
やっと辛うじて聞こえるくらいの音量で言ったユリウスの言葉に、俺達は二人とも驚いて怪訝な顔をした。
「どういう意味だよ。サラと楽しんだんじゃねえのか?」
「いや、サラとは何もしていない」
「まさかおまえ、できなかったのか?」
「そうじゃなくて、僕達はお互い、周りから逃げるために協力し合っただけだ」
「じゃあなんなんだよ!」
性に興味がないのにユリウスは俺の身代わりになろうとしているのか? 考えられる原因は……父上から頼まれた――いや、いくら俺がレオンの恋人とはいえ、俺の貞操を守るために他人を巻き込まないだろう。危なすぎる。それよりは、四大公爵家嫡男の俺に恩を売ろうとしているのだと考えるほうが自然だ。
だが、ユリウスが告白した理由は予想してないものだった。
「僕は……ジュールが好きだ。ジルベール隊員とじゃなくて、僕としてほしい……」
先ほどまできつく押さえつけられ、痛みを感じていた手首の圧迫が緩くなった。
「は? おまえ何意味わからねえこと言ってんだ?」
「ジュールは気づいてなかったと思うけど、子どもの頃からずっと好きだった」
俺を掴んでいた手は完全に離され、無意識にだろう、体をユリウスの方に乗り出すように持ち上げたので脚にかかっていた負担もなくなった。
目の前にいる男は、有り得ない――という、状況を理解しきれていない顔をしている。
だがその表情に映る想いは、ユリウスの告白が意想外だとか気持ち悪いだとかではなさそうなのは、俺の勘違いだろうか。
間違いではなかった証拠に、いつもの決めつけるような高圧的な口調ではなく、戸惑いを混ぜ込んだ不安定な声で言った。
「おまえ、そんなこと今まで一度も言わなかったじゃねえか」
「言えるわけないだろ、ジュールと僕とじゃ立場が違うし。でも、他の人とって思ったら耐えきれなくて……」
ボスと子分だからって意味か? いや、そんなことより――
「なあ、俺はそろそろいいかな? 名前は変えておくので、お二人でゆっくり話し合ってください」
俺の声など耳に入っていない男達の間をすり抜け、部屋を出た。感覚が戻っている手首を確認したが、幸い跡は残っていない。これならば誰かに気が付かれる心配はないだろう。
廊下の手前にある、部屋割りの紙に書かれたジュールとユリウスの名を消し、先ほどの部屋の場所に新しく書き込む。まだダニー達他の隊員は戻っていないようだ。名前が記載されていない部屋でも、ジュールと同じように誰かが潜んでいる可能はある。アーノルドが使っている部屋は、すでに第十隊の隊員がいるようだ。ユリウスがいなくなった部屋はサラが一人で寝ているだろうが、わざわざそこを選ぶのは変に誤解を与えかねない。
仕方なく空いている所にジルベールと書き、その部屋の扉を開ける。今回は警戒し外から様子を窺ったが、特に何もなかった。そのまま倒れ込むようにベッドに潜った。
貴族出身者の隊員も多く過酷な訓練を経ている者達だ。国王軍名物といえども皆きちんと合意の上行っており、ジュールのように卑怯な手を使う者は珍しい。
俺は疲れと安堵、そしてレオンが王女の部屋にいる(ようだ)という焦りから逃れるために、早々と眠りについた。
翌朝目を覚ますと、隣のベッドにはダニーがいた。
「おはようございます」
「おはよう」
心做しかスッキリしたような顔に見えてしまうのは、ジュールからの言葉を聞いたせいだろうか。突っ込んで訊きたいところだが、それをすれば、なぜ俺が知っているのか逆に尋ねられるだろうしな。それに未遂だったとしても、他の男からそういう対象となったことをレオンに知られたりでもしたら……
「レオン君、戻っていないみたいだね」
あいつは嫉妬に狂って俺のことを独占しようと……
「ジルベール君」
「――あ、すみません」
ダニーの言葉が耳に入っていなかった。
「なんでしょうか?」
「レオン君、昨日は戻らなかったみたいだねって言ったんだけど」
レオンが王女と一晩過ごした。その事実は胸中の深い部分で止め、動揺を表には出さない。長年の貴公子としての演技の賜物だ。
「そうなんですか。王女殿下はレオンと本当に婚約されるのかもしれませんね」
「それは君の本心?」
見透かされていそうだ。ダニーの『水を瞬時に凍らせられる能力』っていうのは実は嘘で、本当はシャンティエのように人の心を読める気がするのは俺の思い過ごしか?
初日の訓練の後にエディから言われた各隊員の異能。任務時の作戦遂行に必要なので本当のはずだが、ダニーがある思惑を思って偽っている可能性も捨てきれない。隊員の邪な考えを炙り出すために上官から言われたとか。そうだとしたら命じたのは父上だな、ギファルド家と同じ。シャンティエの表向きの能力よりは偽装するのが難しそうだが。
質問に肯定も否定もできず、かといってダニー相手では上手く躱すことも儘ならない。
「そういえばダニー隊員、昨晩は戻られるのが遅かったみたいですが……」
沈黙になるのが怖く、頭の中にずっと浮かんでいた疑問を口にした。出た瞬間から後悔したが、言ってしまったものは仕方ない。
「ああ、ちょっとやることがあってね」
切れ長の目に、からかいの色が見えた。俺が知っていることを分かっているようだ。
「ジルベール君は良く眠れた?」
「はい」
「じゃあ朝食を取りに行こうか」
こじんまりした食堂には、アーノルドとサラ、第十隊の隊員が何人かいた。挨拶を交わし、パンや果物を載せた皿を持って席についたところで、あの四人組も入ってきた。ダニーはケント達と目を合わせることもせず、昨晩何かあったであろう雰囲気は一切漂わせない。
片隅に座っているため、小声で話せば周りに聞こえない。ダニーが任務の話をするような素振りで言った。
「上手くいったみたいだね」
「え?」
「ジュールとユリウス。ユリウスは平民だけどジュールと幼馴染でね。ずっと好きだったみたいだよ」
その場にいた俺はあの時の二人の様子でその後の展開を想像できたけど、本当にどうやって見抜いたんだよ。確かめたいが……真実を知る勇気はまだ出せそうにない。




