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【全年齢版】公爵子息だったけど勘違いが恥ずかしいので逃走します  作者: 市之川めい
第二部

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35/54

注意していたが…… 

 夕食時になった。この寮は平屋建てで、寝部屋の横に食事用の共同部屋と洗面所が併設されている。

 普段は牧場主の奥さんと使用人が食事を作り、牧場主の家族は家で、従業員達は同じものを寮まで運んで食べるらしい。そのため俺達も今夜はここで食事を取ることになっているが、ゼンがすでにこちらに用意をしているようで、取りに行く必要はなかった。

 先ほどの話をダニーに伝えたいが、俺達のグループにはケントとティムもいる。面と向かって注意したところで逆上はすれど、聞き入れて行動を起こさないようジュールを止めるような二人ではない。

 ダニーに目配せをすると、やはり勘のいい彼は気が付いたようで、自然と二人になるよう行動してくれた。並んで食器を片付けながら、ダニーが何気ない素振りで言った。


「僕に何か話かな?」

「はい、サラのことで……」


 意外な名前だったのか少し目を丸くしたダニー。


「レオン君のことかと思ったよ。今も呼ばれているみたいだし」

「いえ、それは……前にも言いましたが、レオンは俺の従者というだけで、別に行動が気になるわけじゃ……」


 俺の言い訳をよそに、ダニーは口元を緩め、「それでサラがどうしたの?」と尋ねてきた。中性的な顔の綺麗さは相変わらずだ。


「サラが、というわけじゃないんですが、四人組が『やる』とか『連れ出す』とか、話していたのが聞こえて……」

「ああ、僕も聞こえたよ」


 ならなぜ無関心なんだ? サラがどうなってもいいのか?

 ダニーは相変わらず、心を読んでいるかのように言った。


「いや、サラを見捨てるわけじゃないから。でも大丈夫じゃないかな」

「え? それはなぜ……」

「噂は知っているよね。彼女は長期遠征訓練は初めてじゃない。それにサラだけじゃなくて皆心得ているよ、色々とね」

「色々と……ですか」


 何か言い方が引っかかるが……


「だから僕はむしろ、君の方が危ないと思う」


 危うく皿を落としそうになった。


「俺男だし、ありえないですよ」

「男しかいない班も多い。男も対象だよ」

「ですがそれはやっぱり女性がいないからで、女性がいたら普通そっちにいきませんか?」

「――そうでもないよ。僕も一年目は、班に女性もいたけど散々狙われたし。全部やり返したけど」


 ん? やり返したってどういう意味だ?

 俺の無言の疑問は、意味ありげな笑みと共に返された。


「それはご想像にお任せするよ」


 中性的な切れ長の目はやたらと色っぽく、艶を含んでいる。発せられた言葉の内容を深く知りたくなったが、詳しく訊いても答えてはくれないだろう。

 ケントとティムがちょうど食べ終わり立ち上がったのを見て、ダニーが言った。


「ティム、ケント、ついでだ。置いていっていいよ」

「ああ」

「分かった」


 食器を置き部屋から出て行く二人に聞こえないよう、小声でダニーが続けた。


「サラは大丈夫だよ。国王軍隊員なんだし、自分の身は自分で守れる。それよりも君は初めての参加で、しかも特殊な任務だから対応しづらいと思う。周りに隊員もいるけど、戦闘時と同じで、いざという時は自分で危険を回避するしかない。注意してほしい」


 この後は護衛任務のため、ダニーと途中で分かれて俺は今夜の自分の持ち場についた。結局レオンは戻ってこなかったから、そのまま今夜は王女の警護をするんだろう。他の隊員と違い部屋の外からの警護じゃなく、隣にぴったりと付き添って。 



 本気でイライラする。俺はこの牧場の端で一人寒くて凍えそうなのに、レオンは今頃王女と暖かい部屋で何してるんだよ!

 初夜を迎えている……ってことはないだろう。レオンは俺を裏切らない(はずだ)し、王女の方だって、初めては豪華な部屋とベッドで迎えたいはずだ。平民の牧場主の家、王女からすれば(まさ)しく馬小屋のような場所でするなんて考えられないだろう。 

 だがレオンの性格は――父上に似てよく言えば誠実温厚、悪く言えば真面目で融通が効かない。もし王女が焦りからレオンに勢いで迫ったりしたら? 迫られるだけならレオンは護衛任務中に応じたりは当然しないが、それがもし命令だとすれば、レオンは従わざるを得ない……? しかもレオンはそれが好きだし……



 俺が今夜ここの担当になっているのは、緊急時に異能を使ったら草があり燃え広がりやすいため、王女の部屋から離れている必要があるからだ。それぞれの能力の特性を考慮した結果で、わざとレオン達から距離がある位置にされたのではないはずだ。

 他にダニーが家の前の入口、ケントが裏側、ティムが俺と反対側の牧場の端ところにいる。

 馬達もすでに厩舎へ入り休んでいる。辺りには静寂が広がり、時折風が吹き葉が鳴る音が聞こえてくるだけだ。日中天気が良かった今夜は空気が澄み、雲ひとつない漆黒が広がっている。そこに輝く無数の金色の星。まるで英雄になった時のレオンを彷彿とさせる色合い。

 ああ、抱きたい。最後にやった時は嫉妬のままにやったから、今度は思いっきり可愛がって……あの瞳で縋るように見つめられたい。


 任務中なので触れ合えないのは理解しているが、俺もそろそろ限界だ。さすがに挿れるのは無理だとしても、口でやらせるのは上手く抜け出してささっと終わらせれば可能か? いや、こんなことを考えているようじゃジュール達を批判できないな。それに万が一にも見つかってはいけない。それはジュール達も同じだろうが、元々のイメージに差がありすぎる。彼らなら想像通りで済むが、爽やかな貴公子の俺には再起不能の失態だ。



 時間になり、代わりの者がやってきた。第十隊所属の隊員で普段交流がないため、必要事項のみを伝え寮に戻る道を歩く。交代した隊員が何も言わなかったところを見ると、ジュール達の動向は不明だが、少なくとも今はまだ大隊長達を巻き込むような大騒ぎにはなっていなそうだ。

 ケントとティムが終わるのを待ってるのか。そもそも俺の思い過ごしということもある。


 戻る途中、意外なことに他の隊員とは一緒にならなかった。ダニーとケントは俺がいた場所より寮に近いからもう中に入ったのだろう。

 寮に着き、音を立てないよう気を使いながら奥に行く。任務から戻ってきた隊員のために紙が貼ってあり、どこのベッドが()いているか記載されていて、就寝中の隊員の部屋を開けなくともどの部屋が使えるのか分かるようになっている。牧場の反対側の端を担当していたティムもすでに部屋に戻っているようで、(しるし)がしてあった。


 寮内は(いびき)と、寝返りをうち、安いベッドが軋む音しかしない。国王軍名物の噂は有名だが、さすがに王女警護の任務中にまでやるほど男達は飢えていないようだと安易に思い込んだ。 

 明日は国境を越える。学園で習ったので多少はイリュダ語も理解できるが、基本的には通訳を介すことになる。寝不足では能力が落ちるので、早く寝たい。

 紙を確認し、最後の空きベッドがある部屋へ向かった。



 お決まりと言うべきか、やられたと言うべきか、空室のはずの部屋の扉を開け中に入った瞬間、横から出てきた腕に体を押さえつけられた。勢いでベッドに倒れ込み、ギシっという音が鳴った。


「ジュール隊員っ、やめてくれ!」


 体格の良い相手に両腕を捕まれ、太ももの部分に体重をかけられているので身動きが取れない。


「異能は使うなよ。おまえだってバレて怒られたくはないだろ?」


 弱いものいじめが好きなジュールは、多分抵抗すればするほど相手を屈服させようとより興奮するタイプだ。認めたくはないが――俺も同じだから分かる。

 冷静になって強気で話せば逆効果だろう。だがいくらジュールが萎えそうだからといって、甘えながら『俺も……』とか言うのだけは勘弁だ。

 時間を稼いで話していれば、誰かしらうるさいと苦情を言いにくるはずだ。


「俺は襲われている側だ。露見して困るのはジュール隊員の方だけでは?」


 ジュールは意外、という風に目を丸くした。


「品行方正な公爵家のお坊ちゃまは国王軍の噂を知らないのかい? 運動代わりなだけだし、襲われたやつだってすぐに自分から楽しんで参加するようになるぜ」

「噂は聞いています。ですが、全員が楽しんでいるとは思えませんし、今この現場を誰かに見られることは考えないのですか?」


 ジュールが堪えきれない、というような笑いと蔑みを含んだ声を出した。


「誰が来るんだい?」

「寝ている隊員達です。さすがにずっと話していれば誰かに注意されるかと」

「はは! おもしれえ、気が付かなかったのかい?」

「は?」

「任務についてない隊員は、今頃全員楽しんでるよ」


 ――全員とは?


「大隊長達は違うだろうが、ケントとティムとダニーは外で三人でしているかな。第十隊のやつらもだ」

「は?」

「ここに戻って来る時、見なかったかい?」


 答えられずに固まっていると、ジュールが続けた。


「ユリウスとサラも同じ部屋に入っていったな。まあアーノルドは何もしないで寝ているか。でも、助けに来ると期待しない方がいいぜ?」


 やはり噂は本当……ダニーが意味深に言っていた言葉も理解できた。正直それはもうどうでもいいが、俺も慣習に沿って――なんてことはしたくない。

 問題を起こさず、できれば大隊長達やレオンの耳に入らずに逃げ切るためにはどうすればいいか。


 初めに説明があった班の隊員の異能。残念ながらジュールの能力は見た目通りの、通常の人が持てないような重たい物を持てる力だ。常に力が増強されるのかは不明だが、そもそも筋肉馬鹿(ばか)のように鍛え上げた体を持つジュールに押さえつけられた手首はビクともしない。

 俺がここで炎を出せば手を(ほど)くだろうが、こんな木製のベッドと建物では一気に火が燃え移ってしまう。いくら俺が身分の高い四大公爵家嫡男であろうと、王女の護衛任務中にも関わらず自身の貞操を守るためだけに火事騒ぎを起こしてしまえば、噂はあっという間に国中に広がる。

 俺が黙って受け入れれば、国王軍上官である父上の顔に泥を塗ることは免れるだろうか……

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