イリュダ王国へ
「ダニー隊員、お伺いしても?」
「彼らのことかな?」
「はい」
「ジュールの姓は、ボドシェロンだよ」
この間から思っていたが、ダニーは人の機微に聡いようだ。
ボドシェロンは……侯爵家で、確かヴァラン王国の公爵令嬢が嫁いだ家だと、家庭教師から聞いた。この国での爵位が上で、母親は外国出身とはいえ王族とも血縁関係がある公爵家。だから威張っているのか?
ジュールの母親であろう公爵令嬢の出身国、ヴァラン王国はグレンロシェとイリュダ、両方と国境を接している。国土は小さくあまり豊かではないらしいが、山から採れる資源が貴重なため輸出が盛んだ。これから王女が視察に向かわれる工業施設も、ヴァランから購入した原石を加工していると習った。
我が国の王族との婚姻はここ最近はないが、イリュダの現王妃はヴァラン王国の王女だったはずだ。
「そうなんですね。ダニー隊員――は彼の家と関わりがあるんですか?」
ダニー隊員の家は、と言いたかったことは気づくだろう。
「いや、僕の親は二人とも料理人でね。貴族の屋敷で働いてるから色々話が入ってくるだけだよ」
意外だった、ダニーは平民出身なのか。レオン以外の他の隊員達も話にあまりついていけてないところを見ると、平民か貴族教育を重要視してない下級貴族だろう。
「両親が誇りを持って料理人として働いているのを見ているから、食事中に尊敬できない行為をされるのが許せなくてね」
「ダニー隊員は、ご両親の跡を継いで料理人にならなかったのですか?」
「元々両親は国王軍の炊事担当でさ。だから僕もそう希望を出したんだけど、卒業後に配属されたのは違ったんだ」
炊事や治癒担当といえども国王軍に所属するからには自分の身は自分で守る必要がある。ダニーの強さは、それを超えていると判断されたということだ。
ジュールにああいう態度を取り、ダニーの両親を雇うなと貴族向けの求人を扱っている斡旋業者に通達でもされたらと躊躇いそうだと思ったが。もちろん普通の貴族はそんな小さいことは気にしないが、相手は粘着質のジュールだ。
だが両親は国王軍にいたのならば少なからず死の恐怖を伴う任務を経ていて経験値が高く、働き口はいくらでもあるだろう。
ジュール達に絡まれたレオンを見ると、特に何も気にしていない素振りで淡々と食事を続けていた。
まあそうだろう。レオンがあれくらいで熱くなるようだったら、王女に気に入られて執着されたりしないはずだ。王族の伴侶になれば、貴族社会で人とぶつからずに上手く泳ぐ力が求められる。
それにいくら他の隊員がいるとはいえ、こうも簡単に頭に血が上るジュールのような男が王族の警護とは……このイリュダ王国行きの間、あの生気が有り余っているジュールでは王女を襲いかねないぞ。まあといっても厳重な護衛が付くので大丈夫か。
でも侍女かサラ……いや、ダニーって可能性もある。覚えてろよって言ったさっきの捨て台詞、それにダニーは中性的で女性みたい――むしろそこらの女性より綺麗だし、あの少しツンとしているダニーを…………
いや危ない、いくら自分とではなく他人同士とはいえ、俺は何を想像しかけたんだ。
まあ結局王女は一人一人の隊員のことまでは知らないだろうが、誰か――フェリー大隊長とかエディとかが意見をしなかったのだろうか。そもそも班を決める時に、なぜ性格の相性まで考慮しなかったのだろう。
皆が食べ終えたので食器を片付け、食堂を出た。他の隊員から少し距離をとるようにして歩き、レオンに話しかけた。
「レオン、おまえも色々と大変だな。ローズ王女の護衛はおまえが決めたことじゃないのに」
「任務ですから問題ございません」
「まあおまえなら大丈夫だと思うが、何かあっても俺がいるからな」
レオンがさらさらな漆黒の髪を揺らして俺の方を向いた。
「ジルベール様、ありがとうございます」
いや、そんな熱を帯びて潤んだ緑色の瞳で見られたら……さっき変なこと想像したばっかりだし、やばいんだが。
「でも実際、ローズ王女が就寝中の部屋の護衛はおまえになるのか? 大隊長は何も言ってなかったが、レオンは聞いたか?」
「いえ」
「まあ、さっきみたいなやっかみとか問題が起こらないよう、事前に言われたりはしないだろうしな」
レオンは浮かない表情だ。不安そうにも見える。自分のせいじゃないのにいつも悪意を持って絡まれていれば、誰だって良い気はしない。王女に迫られたらどうしよう、とか考えているのかもしれないが。
第九隊の部屋まで戻り、それぞれ自分の鞄を取ってから宮殿の方にある馬車置き場へと向かった。不審物がないか馬車と侍女から渡された荷物を確認し、片方の馬車に積み込んでいく。ほとんどが王女の衣類や宝飾品で、小さい鞄に遠慮がちに詰めてある物が侍女達のささやかな着替えなどだ。
全ての準備が終わった後、ローズ王女殿下がやってきた。一同が整列して儀礼をとる。
「ご機嫌よう。イリュダ王国への往復、よろしく頼みますわね」
フェリー大隊長が優雅にエスコートをし、王女が馬車に乗った。侍女達も同じ馬車を使い、もう一台の方は隊員達の荷物や食料、そして騎馬での警護、御者と交代で休憩時に乗ることになっている。
一行は王宮から続く大通りを通る。一回目の配置は俺は騎馬で、後方の馬車の右横に付きながら進む。二台の馬車は大きく頑丈だが、安全面を重視して側面に王家の紋章などは描かれていない。とは言っても周りを取り囲んで警護している俺達の厳重さと、(外側からは見えないが)乗り心地を重視したふかふかの座席、派手ではないがひとつひとつ腕のある職人が時間をかけて手がけた繊細な作りの装飾は、高貴な方が乗っているとすぐに分かるだろう。
もちろん一般的な旅人に偽装するための簡素な馬車もあるが、それだとすぐ横で警護したら偽装する意味がないため、近づけない。貴人本人に戦闘能力がない場合には逆に危険度が増すため、今回は採用されていない。
また、地方都市では王女の名を出して宿泊することになっている。質素な馬車では一国の王女として相応しくないという理由もある。
護衛のため警戒しながら進むので、周りの景色が自然と目に入ってくる。普段は四大公爵家子息として馬車に乗ることが多い。平民街の様子をこうやってじっくり見ることはほとんどなかった。
若い頃に興味本位で平民街をお忍びで訪れた時は、正直貴族街との落差を面白がっただけだったし(今はもうしていないぞ!)、あの日は――逃げ出すために徒歩だったが、夜中だった上にそれ以外のことで頭が占められていて何も見ていなかった。正確には、自分の出自の現実を受け入れたくなかったと言うべきか。
平民街といえどもこの辺りは、裕福な商人や平民出身で出世した国王軍の隊員の家などが多く治安も良い。それでも貴族の屋敷と比べれば違いは一目瞭然だし、もっと普通の平民街や貧困街に行けば同じ王都にあるとは思えないほど別世界だろう。
母上は平民出身と父上が言っていたが、今では四大公爵家当主夫人という、可能な限り最高の栄達を遂げた。正直母上が父上を騙してまでも結婚したかった気持ちは理解できる。そして夜会や遊びに興ずるのは、人より恵まれた環境だからこそ責任が付きまとい、自由を制限されるという、貴族ならば幼少期から受けるはずの教育がされなかったせいだろう。いや、平民として育ったレオンはできている。いくら王族の血を引くクリスティーナの子といっても、自分は平民だと思っているならば特権階級意識はないから責任も感じないはずだ。結局は生まれ持った性質――血ってか。悔しいが……レオンは父上に似て、自然と人の上に立つ素質を兼ね備えている。
王都を抜け郊外に出た。密集した町並みと人々で混雑していた平民街と違い、少し行けば森や畑が広がり民家もまだらになってくる。これでもまだ王都に近いためで、地方都市間は手つかずの自然が多く残されている。
豊かで治安が良いとはいえ王女と共に森を移動するのは危険が増す。なるべく日があるうちに町へ入り、夜遅くなる前に一日目宿泊予定の宿まで到着したい。
幸いにも王女は短い休憩時に、『ドレスを変えたい』だの、好奇心から『この辺を散歩したい』などの若い令嬢に良くあるわがままを言わなかったので、予定通りの行程で進めた。
夕方になって着いた町は中程度の都市だが王都からあまり離れておらず、また近くには翡翠色や澄み渡った天空のような水色が美しい湖があるので、貴族や平民の富裕層の小旅行先として人気がある。
そのため町はきれいに整備されていて上流階級用の宿泊所が多く、宮殿住まいの王女にとっても及第点であろう。




