出発前
任務のための荷造りをしなくてはならない。
食料などは炊事担当の隊員が同行し手配するため、俺達が個人で必要なものは替えの服くらいだ。通常の遠征ならば野営が多いが、今回の任務は王女様の警護なためそれはないだろう。今頃は、事務官達が寝る間も惜しんで宿泊施設や地方の貴族屋敷へ泊まる連絡を入れているはずだ。
そういう場所ならば洗濯をする使用人がいるだろうから最低限の量で大丈夫だろうが、迷惑なことにイリュダ王国王宮で催される夜会に、なぜか俺とレオンも王女様と共に会場に入る護衛として指名されている。
というわけで、その場にふさわしい正装も用意しなくてはならない。レオンは何色の服を選んだのだろうか? ローズ王女から指示されているだろう……多分彼女はどさくさに紛れてレオンをエスコート役にしようとするはずだ。
翌朝早く目覚めた。使用人に用意された朝食を取り、身支度をして軍事宮へ向かうため下に降りると、すでに準備を終え鞄を持ったレオンが俺を玄関前で待っていた。
「ジルベール様、おはようございます」
「ああ、おはよう。レオン、よく眠れたか?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
王女がレオンとの関係を変えようとした場合どうするつもりか訊きたかったが、結局やめた。レオンのことは疑っていないが、不可抗力ということもある。いくらレオンが英雄だとしても、王女だけでなく国王と父上からも圧力をかけられたら、結婚を承諾するかもしれない。
というか受け入れる以外の選択肢を与えられない可能性だってある。その場合は……現国王には王太子と第二王子がいる、詳しく言うとローズ王女は真ん中だ。だからもし王女が結婚するならばレオンが婿養子になるのではなく(王子達の出来は良くないが一般的に考えて)、ギファルド家に降嫁されるだろう。
えっ、てことは……俺の立場はどうなる? 本当の出自が露見するのも絶対に嫌だが、通常嫡男が跡継ぎになるこの国で、異母弟であるレオンが引き継ぐことになれば、俺は譲ったというより負けたと思われるだろう。
いっそのことローズ王女とイリュダの王子の噂が本当ならば都合がいいのだが……しかし今回を回避したとしても、不安が全て解消されるわけではない。
これは俺自身の問題だ。周りの人間によって事態が変わることもあるかもしれないが、結局は俺がどう思うか――必要とされていると心底安心できるか――ということだけだ。多分一生解決される日など来ないかもしれないが。
朝早いため空気はまだひんやりとしている。水色の空には雲ひとつないので、今日の天気は良さそうだ。俺達と同じように王宮へ出勤する者、貴族の屋敷で働く使用人は見かけるが、平民街の喧騒と違い静かな道をレオンと共に歩いていく。
「レオン、今日の午後から出発だな」
「はい」
「俺はイリュダ王国、というか外国へ行くのは初めてだが――おまえもだよな。イリュダについて、世間で言われている話以外で何か知っているか?」
イリュダではグレンロシェ語に似ているイリュダ語が使われ、我が国の国民と同じく異能を持って生を受ける。要するに親戚のような間柄の国で、近年はずっと争いもない。
「私も一般的なことくらいしか……あ、そういえば三百年くらい前に、イリュダ王国から英雄が出たそうです」
「父上から聞いたのか?」
「いえ。以前、図書館で借りた本に書いてありました」
ほぼ俺に付き添っているレオン。多分この本も夜中に部屋で一人の時に読んでいるのだろうが、周り以上の成績を上げつつどうやって時間を捻出しているのか、不思議なほどだ。
王宮にはいくつかの入口がある。もちろん一番大きい正門は王族達のための門で、そこから最奥にある王族達が住む宮殿まで、色とりどりの花や彫刻が楽しめる華やかな道が続いている。
宮殿の右横にある建物は夜会などを開催する大広間や謁見室、執務室として使われており、ここで働く者達は向かって右側の門から入る。
俺達が使うのは左側にある軍事宮に近い門だ。門番に身分証を見せ、(俺達の身分と知名度なら顔パスで行けるだろうが、貴公子としての謙虚さを忘れてはあっという間に株は急落するからだ)、そのまま庭園を進んだ。
第九隊の専用部屋へ着くと、すでにエディとアーノルド、サラがいた。
「おはようございます、遅くなりすみません」
「いや、遅くないよ。私達は寮に住んでいるんで一緒に来たんだ。早起きしてしまってね」
伯爵家ならば王都にも屋敷はあるはずだが……その疑問に気付いたエディが笑顔を絶やさず言った。
「私は料理が好きでね。作りたいんだけどさすがに実家では難しいから」
「そうなんですね」
「今度、ぜひご馳走させてよ」
「はい、楽しみにしています」
実家でできない理由は口にしなかった。エディのような人柄の子どもの両親ならば朗らかで爵位を気にしなそうだが、そうではないのだろうか。
話題は自然と変わり、やるべき任務について話していると、ダニー、その少し後に四人組がやってきた。
「みんな集まったようだね。これからローズ王女殿下に拝謁し、午後出発の予定だ。では行こう」
王太子には会ったことがあるが、王女は初めてだ。レオンは俺がガイのところにいた時、一緒に王宮で過ごしていた。そういえば――俺は彼女に嫌われているんだよな。でもそれならばなぜ、俺も夜会での護衛に指名したのか。なんとなく予想は付くが……
今回の任務は第十隊二班との合同で、総指揮はフェリー大隊長が執ることになっている。今回の任務を担当する全ての隊員が初日にも使われた大広間に集合し、王女を待つ。
従者の「ローズ王女殿下がお成りです」という声の後、(視線を落としているので気配しか感じないが)微かなドレスが揺れる音と共に入って来た。
「皆さま、顔をお上げなさって」
通常ならばこのように言われても直視しないよう、遠慮する必要があるが……俺は新入隊員のため後方にいて背も高いので、下を向いていても何人かは言葉通りにしたようだと分かった。平民出身の隊員達だろう。
だが意外にも王女殿下は気にしないようで、「遠慮はいらないわ。わたくしを護る隊員の方々を確認したいの。かしこまらず、こちらを向いていただきたいわ」と口にした。
貴族階級の隊員達が儀礼を取ると、周りの幾人かもそれに倣うようにぎこちなく同じ行動し、全員が静止した後、話し始めた。
「今回のイリュダ王国への視察、慌ただしくなってしまい申し訳ないけど、フェリー大隊長からあなた達は優秀だと聞いているので安心しているの。よろしく頼みますわね」
生を受けた時から上に立つ立場だ。王女としての品格が自然と感じられる。正直幼く、わがままな王女かと想像していたので少し驚いた。
この短い謁見の後、フェリー大隊長は彼女に呼ばれたため一緒に退出した。他の者達はこの場に残り、警備の最終確認をしていく。
今回の移動はローズ王女と彼女付きの侍女三名、フェリー大隊長以下第九隊五班と第十隊二班、その他治癒の異能を持つ隊員が一人と炊事担当が一人同行する。
大型の馬車が二台、その周りを騎馬で警護しながら進む予定だ。
早めの昼食を取りに皆で軍事宮内にある食堂へ移動した。小隊長達は大隊長との話があるため高官用の個室を使っている。聞かれないためか、ジュールがいつもの調子で絡んできた。
「一ヶ月かあ。王女様と仲良くなるには十分な時間だよな」
もちろん『仲良くなる』を強調して、レオンの方を見ながらだ。
「まったく、俺達は色気のない任務だってのにずるいよなあ」
「ああ。俺達も交ぜて欲しいよ」
口にしたケントと同様、ティムも下心丸出しの笑みを浮かべている。
レオンが英雄だと判明した後、王女がレオンを気に入っているという噂は国中の者の耳に入った。だが実際にレオンが王宮へ行き、少しの期間王女と共に過ごしたことは、関係者以外には知られていない。表向きの婚約に至らなかった理由(レオンの学業継続のためと国へ尽くしたいという思いを尊重した)を、皆が信じている。そのため、ジュール達は今回の視察は王女がレオンとの仲を強引に進めるためだと決めつけているようだ。
「英雄様は、そっちのほうもさぞかし強いんだろ?」
「ねえ、貴族なのに食事中のマナーについて学ばなかったの?」
中性的で温度を感じさせない雰囲気そのままのダニーに対し、言われたジュールは顔を赤く引き攣らせた。
「はあ?!」
ジュール以下、ケントとティムの声も重なった。
「不快な話は食事が不味くなる。料理人に失礼だと、なぜ分からない?」
「なんだとてめえ、おい、こっちに来いよ!」
「あいにくだけどそんな時間はない、国王軍隊員なら皆、分かりきっていることだと思っていたけど」
「おい! ダニー、もう一回言ってみろよ!」
騒がしくなったので、近くにいる隊員達もちらほらこちらに注目し始めた。俺は被害者側――正確に言うならば、近くに座っているだけでむしろ第三者――だが、重要な任務の前に仲間である隊員同士が問題を起こして班の評価が下がることだけは阻止しなくてはいけない。
「ジュール隊員、ダニー隊員。このままでは任務に遅れます。王女殿下を万が一にもお待たせさせてしまっては、問題になると思いますが……」
「それは誰かが詫びて機嫌とれば問題ないだろ。むしろ喜ぶんじゃないか」
王女に対して不敬すぎる。さっきダニーは『貴族なのに』と言った。少なくともこのジュールが貴族階級なのは間違えなさそうだが……ここまで教育ができていないって、どこの家だ?
「王女殿下に対して謝ること自体、問題ではないでしょうか。王女殿下の寛容さに甘えるのではなく、こちらが完璧に行動すれば良いだけのことかと」
「ふん、おまえらの言い方の方が不味くなる。覚えてろよ!」
ジュールは短い文句の言葉を言いながら、勢いよく残りをかき込んだ。立ち上がり早足で苛立ちを隠さず出ていくジュールのすぐ後を、ケントとティムが付いていく。ユリウスは少し遅れを取り、こちらに申し訳そうにしながら追いかけていった。まるで四人の中の序列のようだ。




