想像したもの
扉の外からシャンティエの声が聞こえ、頼んでいた夜食を持って入ってきた。
「ジルベール様、レオン。お飲み物とフルーツをお持ちいたしました、こちらに置きますね。何かありましたらお呼びください」
シャンティエが茶を淹れ部屋を後にする様子を後目にしつつ、レオンに言った。
「よし、飲みながらさっさと終わらせよう」
レオンは頷き、彼が子どもの時からずっと愛用している黒の万年筆を握った。これは街に出かけた時に気が向いて、俺の分と一緒に注文したものだ。それぞれの髪の毛の色に合わせて作り、記名の部分は逆に相手の色にして贈ったのだが、レオンは大変喜び、今も手入れしながら大切に使っている。
「じゃあ俺が言った通りに記載していけ」
俺が頼まれたのにレオンに書かせて大丈夫なのか――その答えはもちろん『YES』だ。なぜかというと、レオンが俺の筆跡を巧妙に真似ているからだ。
ちなみにテストや彼自身のレポートを書く時の文字とは完全に違うため、露見したことは一度も無い。
一時間程で全てまとめ終えると、表紙の右下の部分にレオンが署名した。もちろん『ジルベール・ギファルド』と。
「思ったより早く終わったな」
「はい。ジルベール様、もうお休みになられますか? もし何か召し上がれるならば、厨房から取って参りますが……」
「大丈夫だ。それよりもう一杯茶を飲みたい」
「では、熱い湯と交換して――」
腰を上げ始めたレオンを制した。
「これでかまわない。おまえも座れ」
そう言うとレオンは慣れた手つきで茶を淹れた後、今までいた向かいの椅子ではなく、俺が座っているソファの空いている所に腰を下ろした。恐らくまた命令されると考えているのだろう。
全くその通りだ。若く体力が有り余っているからか、発散しきれないものが腹の底から絶え間なく湧き上がってくるのを感じる。
だが、貴公子ががっついては格好がつかない。レオンの恭順さは微塵も疑っていないからレオンが誰かに言うことは無いだろうが、あまりに頻繁だとお互いが醸し出す雰囲気で周りに気付かれないとも言いきれない。
気持ちを抑えるために、違う種類のやるべき事について話す。
「明日は――朝から二日間に渡る模擬戦形式の訓練か。俺達は同じグループだろうな」
「そうだと心強いです」
俺達が通うハディード学園は、テストを突破した生徒のみ入学を許可され、能力によっていくつかの課程に分かれているが、全て戦闘に関連した異能のみである。例えば同じ治癒能力でも、戦時下において役立つ怪我治療を得意とし一定の速度をクリアできた者のみで、風邪や腹痛を治せる者は市井の治療院で実際に患者を診ながら修行するのが一般的だ。
俺は火を扱う異能を使い、レオンは風を操る。
俺達は相性が良い、俺が出した炎が燃えるのを風が助けるからだ。
模擬戦などの場合は、実際の戦闘時を想定して同じグループに配置される。やはり公爵家の人間を援護する役目を持って使用人は生を受けるのだ。この条理は覆らない。
「隊長が五人ずつだと言っていたな。おまえは俺達の他に後、誰だと思う?」
「一人は治癒能力を持つリューイでしょうか? 前回も組みましたし……」
「他は?」
「魔物の襲撃に備えての訓練と考えて――遠くの音を聞き分けるダッドと鳥を操れるジャン辺りかなと。隊長の作戦次第なので何とも言えませんが……」
「妥当だな」
それからも授業について少し話をしたが、先程からレオンが何か言いたそうにしているので訊くと、穢れのない緑色の瞳で俺を真っすぐに見て尋ねられた。
「あの……いたしましょうか? その方が――良く眠れると思います」
完璧で周りから眉目秀麗と言われるレオンを(一応伝えるが俺の方が言われる回数は多い)、人に見られるかもしれない学園内で好きに扱うのはスリルもあって興奮する。
だが、今の入浴後で髪を下ろしゆったりとした服を着ているレオンは無防備で、いつもの非の打ち所のない姿(もう一度念を押すが俺の次にだ)との差が大きく、自分だけに見せる一面だと思うと支配欲が湧く。
このままレオンの申し出を受けるのは簡単だ。俺はこの公爵家の子息でレオンを雇っている側なのだから、そういったこともレオンにとったら仕事の内だし。
昼にしたにも関わらず凄くまたしたい。だが――焦らしも悪くない。その方が次回、より楽しめそうだと計算する。
「いや大丈夫だ。おまえも疲れているだろう。訓練は過酷だ、早く休め」
下心は腹の中に隠し、上の者が下の者を労わるように言うと、レオンは眉を上げ少し意外な顔をしたがすぐに「ジルベール様。お気遣いありがとうございます、おやすみなさいませ」と微笑みながら優雅に立ち上がった。
レオンが部屋を出て行くと、俺も就寝のためベッドへ向かった。元々二部屋続きだった所の間の壁がアーチ型にくり抜いてあり、一度廊下に出なくても行き来できるようになっている。片側が今レオンといた学習スペースで、もう片方にはベッドやチェストが置いてありプライベートな空間だ。
公爵家の屋敷なので、そもそも改装をしなくても部屋の造りは大きく、去年までは一部屋しか使っていなかった。だが、少々問題が発生したので父上に願い出てやってもらった。
どうしてか? どうしても知りたいなら教えよう。それはもちろん、レオンと夜二人で課題をしている時にベッドが目に入ると、何だが違うことをしたくなってしまうから――という、若者には良くある単純な理由だ。
訓練は合同で行われるため人数が多い。そんな中、寝不足で失敗などかっこ悪い姿を晒すことは 、(俺の予想では)次期英雄かもしれない四大公爵家嫡男として有り得ない。
だが寝具に包まれて暖かくなっても眠気は襲って来ず、別のことが頭の中で鮮明に流れて寝付けない。
一瞬後悔するが、いまさら呼び出して頼むのは――レオンはすでに寝ていたとしても来るだろうが――さすがに気が進まない。遠慮ではなく、このためにわざわざ自分から呼びに行くのは、貴公子の行動としては脱線しているからだ。
何でもいい、別のことを頭に入れ先程までの映像を追い出そうとしたが、逆に俺を見上げる形の良い切長の緑色の瞳、薄い唇、奉仕する健気な姿が頭を占め、ますます悪循環に陥る。
このままではどう考えても眠れそうにないし暑い。仕方なく服を少し緩めたが、心臓がより早く鼓動しどんどん体の中から熱さが生まれてくる。疲れのせいかと思ったが、不意にレオンに重なる自分を想像した瞬間、予想もしないことが起きた。
「え……? 俺……今……何考えた?」
焦りから、部屋には俺一人しかいないのに声に出しながら自分に問う。
「レオンは……使用人なだけなはずだ……」
名門公爵家を継ぐ立場として身に付けるべき教養と訓練で多忙なためと、簡単に交際の申し込みを受け入れるのは俺のイメージにそぐわないので全て断っているが、令嬢から言い寄られることに不快感は全くない。レオンだって我が屋敷の使用人の息子で一番身近、誰にも話さないという確信があるからだけだ。
それだけが理由……のはずだ! なのになんでレオンに……! 男だぞあいつは! 良く分からないけどむしゃくしゃする!
次はレオンに――いや、寝なくては明日からの訓練に支障が出る。俺は頭に浮かぶ雑念を無理やり振り払い、重い瞼を閉じ夢の中へと入っていった。




