見かけによらず……
何が起こった? 異能は使っていないはずだが、速すぎてよく見えなかった。他の隊員達――特に取り巻きの三人は言葉を失い、「は?」という考えが分かる表情で呆然としている。エディとダニー、レオンは冷静さを保っているようだ。
アーノルドは息一つ乱れていない。下を向いて自信なさそうに立っているので、ジュールが自滅したと錯覚してしまいそうになるがそうではないだろう。
実際に、まだ衝撃で失神しているこの傲慢な男をエディは肩を叩いて起こし、何が起こったのか驚いて目を見開いているジュールに対して、悟らせるように言った。
「これは訓練だが、真剣にやらなければ意味が無い。もし戦闘時だったなら命はなかったはずだ。アーノルド隊員がしたように、手加減など期待できないからね。相手がどんな能力を持っているのか予測が付かなくとも、全てに対応できるように私達は日々訓練する必要がある」
エディはジュールからゆっくりと、先ほどまで勢いの良かった三人に視線を移した。
「もちろんジュール隊員、あなただけではなく他の隊員達も、私達は国と国民を守る国王軍の一員だということを再度自身で意識するように」
静まり返った場内からぽつぽつと「はい」と言う声が上がる。
エディはアーノルドの実力を知っていて、わざとリーダー格のジュールに恥をかかせたのだろう。『手加減』という単語まで使って。ティムとケントに注意しなかったのも、油断させるためだ。
確かに声を荒らげ頭ごなしに怒鳴ることはしなかったから、フェリー大隊長が言ったようにエディは温厚で公平な人物に見えるが、意外と強か――というか、腹黒い。
誰かに似ていると感じるのは、気性が荒い隊員もいる軍を統括するような立場になるには、こういった性格でないと難しいということか。
俺もギファルド家嫡男だから上に立つ立場ではあるし、対外的には人当たりが良い貴公子として振舞ってはいるが、上手く人を束ねることはまだまだだ。父上にも指摘された――何ならレオンがいるから安心と言われたし。
俺に対しては純粋で恭順なレオンだが、父上はレオンの実際の性格は腹黒いと思っているのか? 親子だから通じるのか、年の功で分かるのか、それともシャンティエの能力で知ったのか……
父上の想像なら分からないが、もしシャンティエからだとしたら、レオンが俺に向けている態度や言葉が真実でない可能性もあるということだ。
父上の子でなく四大公爵家の子息でなかった俺には、もうレオンしかいない。血の繋がっているはずの母上だって俺には興味がなくほとんど屋敷に戻らないのに。もしレオンも俺に対して何か含むことがあったなら、どうすればいい……
「――ベール様、ジルベール様」
レオンに名前を呼ばれて我に返った。
「あ、すまない」
「大丈夫ですか? ジルベール様、エディさんが次の訓練に指名しています」
「ああ、分かった」
進み出ると、すでに模擬訓練相手であるダニーが位置に付いていた。「よろしく」と声をかけ合った後、ダニーは左上に剣を構えた。
周りへの関心が薄そうだが、きちんと挨拶をするところを見ると、ジュール達と違いマイペースなだけだろう。女性のような中性的で整った顔もあり、神秘的な雰囲気を醸し出している。
じりじりと二人の間の距離を詰めていくが、無表情なのも手伝ってか隙がない。さすが国王軍の第九隊、今までの学園の生徒とは当たり前だがレベルが違う。いくら優秀な俺だからとはいえ、新入隊員が歴戦の国王軍、しかも精鋭部隊である第一隊から第十隊所属の隊員に敵うとは思っていないが、それは異能の使用も含めた場合だ。
剣でなら、相手の実力によっては分からない。
ダニーが左に少し重心をずらしたのをきっかけに剣を突き出してきたので、素早く弾き返し、そのままの勢いを利用して一回転しながら右の胴に薙ぎ払おうとしたが、後ろに飛ぶように避けられた。
この国では右利きが一般的だ。左利きの構えをする相手とも訓練をしたことはあるが、ダニーが右利きを相手に対戦したであろう回数よりは当然少ない。
中性的な体つきでジュール達のような隊員より筋力が劣る彼は、自分の利点と弱点を良く理解している。体の柔らかさを活かして素早く回り込み、しなやかに相手からの攻撃を躱していく。ある程度剣を交えたところで、エディ隊長が交代を告げた。
「次はユリウスとサラだ」
二人の訓練から目を離さないようにしながら、ダニーの隣まで行き、尋ねた。
「ダニー隊員。今の対戦ですが、何か気が付いたことがあれば教えていただきたいのですが……」
話しかけられたことは想像していなそうだったが、意外にも迷惑そうな顔はしなかった。
「僕は剣が得意ではないから、アーノルドに訊いたほうが良いと思うけど……いや、違うか。彼は天才だから逆に上手く伝えられなそうだ」
「アーノルド隊員の異能でしょうか?」
「ごめん、僕も彼の異能は知らない。でも、この訓練で能力の使用が禁止されているのを破るような人ではないよ」
「すみません」
「注意したわけじゃないから」
あれほどの剣の腕の他に異能――ダニーだって謙遜か分からないが、さすが国王軍だ。
「えっとそれで――少し対戦して思ったのは、ジルベール君はやはり幼いころから訓練しているだけあって基本の型が綺麗だし、体幹もしっかりしているから剣に重みがあって強いね」
「はい」
何も言っていないが、四大公爵ギファルド家の子息ならば訓練環境に恵まれていると想像するのは容易いだろう。
「ただこれは僕があくまで感じたことだけど、君は護られた中での生活――訓練しかしたことしかないよね。家での訓練はギファルド公爵と?」
――守られた中でとは?
「いえ、父は多忙ですので、外部から先生を呼んでいました」
「そうだよね。なら君は雇い主のご子息ということだし、学園での模擬戦訓練もあっただろうけど、おそらく君の身分に遠慮されていたと思う」
不服だが、その可能性はあるかもしれない。だが――
「ですが、国王軍との模擬戦訓練や魔王が出現した時の訓練などは実際に魔物とも戦いました。魔物が俺の身分を気にすると思いますか?」
「国王軍との訓練は今の訓練と同じで、訓練が目的だ。僕達は当然学生よりも力を抑える技術と精神力を持っている。人数が多い分、残念ながら例外もいるけどね」
言いながら視線をあの人物に向けた後、小さな溜息をついてから続けた。
ユリウスとサラの二人の剣がぶつかり、時折金属音が響き渡る。
「魔王との遭遇は偶然だ。僕もあの合同訓練には参加していてね。僕達国王軍にとっても衝撃だったし、残念なことに被害者も出た」
「はい」
「皆、自分の身を守ることだけで精一杯だった。魔王達が本能で襲ってくることも分かっている」
「でしたら――」
否定したい俺の気持ちを分かっていて、あえてその言葉を遮るようにダニーは続けた。
「でも君からは殺気が感じられない」
「それは訓練だからで……」
「訓練でも、真剣にやらないと意味がないとエディさんは言っていたよね。もちろん君が本気でやっているのは分かっている。そこを否定しているんじゃなくて、君は魔物と戦った時も、多分周りから君が気が付かない範囲で護られていた。それが幼少期から自然になっていたから、追い詰められた者が発する、殺気が出ないんだと思う」
何て返せば良いか分からず、沈黙してしまう。
「誤解しないでほしい、甘いと言っているんじゃない。国王軍といえども、僕達は命を簡単に犠牲にして良いわけではないし、国と人々を守ることと同じ――それ以上に自分自身が生きて帰ることを求められる。僕が言いたいのは、君は気付いていないかもしれないけど、とても愛されて大事にされているんだねってこと」
「それは――」
「それまで! 次はレオンと私がやろう」
エディの声が響く。
ダニーとの話だけに集中してしまったせいで、すっかりユリウスとサラの二人の訓練から意識が逸れていた。
話を続ける雰囲気ではなくなり、エディとレオンの対戦に注目する。今までのやり取りを見れば、エディは隊員全員の実力や性格についてきちんと把握していて、初日の訓練に相応しい組み合わせを選んでいるようだ。
自らレオンと対戦するのは、どのような結果になっても一番問題が起こらないということだろう。エディは自分のほうが強ければ上手く合わせるだろうし、逆にレオンのほうが圧倒的だったとしても、あの柔和な雰囲気で変な空気を作らずにレオンの力を認める。
このような場合、上に立つ者によっては下の者が驕るため統率力が問われる。まあレオンの謙虚な性格を考えれば杞憂だろうが。
無口そうだと思ったダニーがこんなに話すことに驚いたが、それは厄介事に関わりたくないだけだったのだろう。
俺はエディ達の訓練を見るために会話が終了したように装ったが、実際はダニーに反論しようにも、できるだけの材料がなかったからだ。




