もうひとつの勘違い
三度目だ。
いつものように自室でレオンと共に課題をしているのだが、普段は集中して取り組むはずのレオンが今夜は少し落ち着きがない。座っている隣のソファーからすでに三回も俺の方を向き、何か言いたそうに様子を窺っている。
レポートの内容についてではないな。それなら遠慮する必要がない。
やりたいのか? 確かに最近忙しくてご無沙汰だった。最後にしたのいつだったか……服従している身で自らの要望を口にしないレオンだが、欲が抑えられていないのはまだまだ未熟だな。俺には好都合――じゃなくて、主人として正さないといけないのか?
想像すると俺もそんな気分になってきた。後もう少しだし書き終えてからにするか……
いや、今すぐがいい。レポート飽きたし。
「レオン」
「はいジルベール様」
すぐに反応した恭順な使用人の声が心なしか嬉しそうだ。いつものように「やれ」って言われるのを待っているだろう。その期待に応えてやりたいところではあるが、あいにく今夜は俺がやるぞ。レポートを押し付ける代わりに。
「この続きを書け」
「――かしこまりました。先ほど話していた内容でよろしいでしょうか?」
「大丈夫だ」
レオンは「なぜ?」という問いなど当然ながらせず、自分の分を後回しにして俺の方を書き出した。もちろん自身のとは違う筆跡だ。
俺はレオンが座っている大きな革張りのソファーの空いているところまで移動した。レオンは一瞬動きを止めたが、何をされるのか予想がついているのか反応を示さない。
予想を裏切って何もせず、焦らすのもいいが――その楽しみはまた別の機会にしようと考え(だって今夜は俺も待てそうにないし)、レオンに触れる。
「っ、ジルベール様……」
「おまえはそっちに集中しろ」
「――はい」
ことを終え、一緒に入浴を……と命令したが、レオンから返ってきたのは「喜んで」という甘い声ではなかった。
少し熱めの湯に身を浸しながら考える。俺達って恋人なんだよな? ずっとこんな感じだ。もう少し甘えてくれてもいいんじゃないのか? いつもレオンは、他の使用人に露見するのはジルベール様に申し訳ないですから……とか言って朝まで俺の部屋で過ごすことを頑なに拒否しているので、実際にこの部屋に泊まったのは覚えているだけで一回しかない。
その一回も、秀でた俺達でさえ朝まで要した学園の課題のためという、やっと恋人になった二人には全くもって嬉しくない夜だった。
まあ確かに周りに言えない事情もある。だって傍から見たら俺達は異母兄弟だし。それだけなら正直俺は露見しても良いが、他の秘密まで知られるのは困る。俺達が付き合っていると知られたら、世間体を考えて出生のことを公表しなくてはいけなくなる。
そうすれば交際は認められるだろうが、俺の貴公子というイメージを保ってきた今までの努力は水の泡だ。それだけでなく嘲笑される。
レオンが俺のために距離を保っているのは十分伝わっているし、その想いを汲み取らず俺のわがままで甘えてほしいと強要するのも悪いよな……雰囲気で察する人とかいそうだし。
汗を洗い流しさっぱりして戻ると、優秀な使用人によってすでに室内が整えられていた。
「疲れただろう。もう休んでいいぞ」
普段ならば素直に挨拶をしてから部屋を後にするレオンが、今夜は少し躊躇っている。逡巡したような様子を見せた後、まだ濡れている漆黒の髪の間から緑色の魅力的な瞳を覗かせた。
お? 一緒に寝たいって言いたいのか? やっぱり本心は甘えたいんだな。それなら――思いっきり可愛がってやろう。理由は後で考えればいい――
「レオ――」
「ジルベール様」
同時だった。
「すみません」
「レオン、どうした?」
「いえ、ジルベール様から……」
「いや構わない。おまえから言っていいぞ」
「ありがとうございます。では――」
声が硬いのは緊張のせいだろう。
「ジルベール様は卒業後の所属について、どうお考えでいらっしゃいますか?」
――あれ?
「えっと、国王軍とかってことか?」
「ええ、本当は先ほどお伺いしたかったのですが……寝る前に申し訳ございません」
もしかして――あのレポートをやっていた時の視線って、このことを訊きたかった……?
まあ盛り上がったのは事実だし、今さらどっちでもいいけど。
「まだはっきりと決めていないが……国王軍だと思う。レオンは父上のいる軍事宮か?」
国王軍は軍事宮の管轄なので、当然軍事宮で働くということは国王軍を指揮する立場になる。
通常、ハディード学園を卒業したばかりならば、事務処理に優れた異能を持つ者以外は国王軍に所属して鍛錬をつむ。四大公爵家子息だった父上も例外ではなく、初めは(本人の希望もあったかもしれないが)国王軍配属になった。
だが英雄ならば違うだろう。レオンがいきなり管轄する地位についたとしても、反対意見などは出ないはずだ。
「私は……ジルベール様と同じ部署を望んでおります」
「別に部署まで一緒でなくてもいいだろ? どうせ二人とも王都での勤務になるんだろうし」
「そうですが、国王軍の訓練では泊まり込みも多いです。ジルベール様は大変美しいので……襲われないか不安です」
ん? 単語の並べ方がおかしくなかったか? 関連性がないと思うが。
「襲われるって――魔王とか魔物ってことか?」
「いえ、その……国王軍の隊員達です。遠方での長期任務時にはよくあることだと伺いました」
戦った後の火照った体と高ぶった感情の発散となれば、考えることは皆大体同じになる。都合良く互いの欲望が一致すれば問題ないが、そうでない場合は己で解決するしかない。
だが、すぐ側で他の隊員が寝ていたら、その者の同意の有無にかかわらず一方的に満足しようとする隊員がいるのは、若く健康で闘志溢れる男達の集団においては珍しくない――どころか国王軍名物だと、噂で聞く。
当然ながら犯罪行為にあたり、見つかれば咎められると注意されるがそれは建前で、実際は見て見ぬふりをされる。
本当に罰して謹慎などさせるには数が多すぎるし、遠方ならば不測の事態、魔物の襲撃などに対応しきれなくなる。
また、抑え込むとその熱が隊員同士の喧嘩や暴力につながりかねないというのが本音らしい。
「それは俺も耳にするが、いや大丈夫だろ」
「いえ、私は心配です。だってジルベール様はこんなにも麗しく貴公子然としているのに面白みもあり、気位が高いジルベール様を自分のものにしたいと思う者は多いはずです」
褒められて――いるんだよな?
「レオン、もしかして――おまえも俺を押し倒したいのか?」
「そのようなことは言っておりません」
「でも俺がされるのを想像したんだろ? 興奮したか?」
「ジルベール様、やめてください」
俺のからかいは強い口調で否定された。
「ジルベール様が他の人となど……決して考えたくありませんし、そのようなことになったら私自身、行動を抑えられるか不安です。ですので――同じ部署に所属して、ジルベール様をお護りしたいのです」
何か違和感があるが……普通、魔王から俺を守った男が言う台詞なのか? 父上から俺の監視役として一緒の部署を希望しろと命じられているとか? それか――やっぱり、上手いこと言って実際は俺がレオンの盾になるために……?
「父上は――了承しているのか? レオンに、軍事宮で働いて欲しいと思っているんじゃないのか? 王女様との話だって、もう一度打診されているって噂で聞いたぞ」
「――そのような話は、私は一切知りません。アンドレ様は私の希望を優先させていただけると、おっしゃってくださいました」
父上は幼少期に親として可愛がれなかったレオンに甘いのか、レオンを信頼しているのか、この先を計算してなのか……一見人当たりの良い温和な感じだけに、それを巧妙に隠して手のひらで転がすことを楽しんでいるなど何人が知っているのだろう。
「まあ俺達の希望が必ず通るわけでもないしな。レオン、俺はおまえの主人で恋人だとしても、おまえの将来を決める選択に俺は何も口を出せない。好きにすればいいさ」
課題に訓練、試験など学園での生活は日々忙しかったが、英雄と魔王が現れた時のような慌ただしさはなく淡々と過ぎていった。
卒業後の進路についてはある程度生徒の希望を考慮しつつ、ハディード学園を管理している軍事宮の高官達が適性を見て配属先を決めることになっている。
俺は学園の卒業生として一般的な、国王軍を希望した。国王軍に配属された場合、その後は大まかに分けて二つの道がある。
一つは年齢的に厳しくなった時や怪我で第一線を退いた場合で、そのまま国王軍を辞めて他の仕事を紹介してもらうか、能力によっては軍事宮での事務作業やハディード学園での教師となり、後方から国王軍を支えていく。
もう一つは、国王軍を経て軍事宮高官として国王軍を管理する立場になる。
レオンにあったように、推薦で直接入った場合を除き、学園からそのまま軍事宮へ行く者は指揮側ではなく事務担当になるので出世は望めない。国王陛下から処理能力に関して目をかけられ、王宮での執務担当に抜擢されることもあると聞いたことがあるが、異例なので考慮する必要はないし、俺の身分だったらそんなことを考えなくても初めから希望すれば王宮で働ける。
そうしないのは、もちろん四大公爵ギファルド家嫡男として父上と同じ伝統的な進路を選んだのと、もし俺みたいな完璧な貴公子が王宮に出入りしたら、注目を浴びすぎて令嬢達から言い寄られたり、女性使用人達が仕事に手につかなくて大変そうで悪いから……ということもある。だって、俺にはレオンがいるから断るのも申し訳ないし。
それに他の男達からの嫉妬は快感――じゃなくて俺の婚約者を奪ったとか言いがかりをつけられ、面倒なことになるのは避けたいからだというのが本心であり、レオンが俺を追って王宮勤務になったら王女様と関わる機会が増えそうで嫌だから――ということではないと主張したい。




