絶対的な……
頷けない……聞くまではレオンはまだ俺のものだ! レオンを盗られたという現実を突きつけられたら立ち直れない……
「確かに国王陛下からアンドレ様を通じて、王女様と私の結婚のお話がございました」
ああ……
「婚約は……いつなんだ……」
「いたしません、お断りしました」
「は? おまえ何で」
「先程から言っております、私が好きなのはジルベール様だと」
「――でも、王女との結婚だぞ? 普通断るか? 国王になれるかもしれないのに」
俺はレオンに結婚して欲しくなかったのに――いざ断ったと知ると、有り得ない選択だと責めてしまう。レオンを自分のものだと思っている証拠なのか……離れられるのは嫌なのに、自分が思ったのと違う行動を取られると、操縦を間違えたかのようで気に入らない。
「私にとって、ジルベール様のお側にいる以外に重要なことはございません」
「そんな大したことない理由で断ったのかよ」
「そんな――ではございませんよ、私には」
レオンが握っている手に力を入れた。
「まだ正式ではなかったとはいえ、国王陛下からアンドレ様に直接、打診がございました。そのため断るのに王宮へ行き王女様とお話しする必要があり、ジルベール様の元に来るのが遅くなってしまい申し訳ございませんでした」
「どうやって断ったんだ? 王女様は納得したのかよ」
「実は母と、私はまだ会ったことがないのですが――母の両親である祖父母は出自を徹底的に隠すため王族や貴族との関係を絶っており、私の母が前々王妹の孫だとご存知ではなかったそうです。血が近すぎるわけではないのですが、アンドレ様の母上も前国王の妹で、アンドレ様と国王陛下は従兄弟の関係ですので……少なからずご懸念をお持ちになったようでした」
王族と四大公爵家の婚姻において、どれだけ先祖に血縁関係があるか考慮されるのは通常の場合でもある。レオンが言い訳に使ったとも思われないだろう。
「そのことに加え――実際に一定期間、一緒に過ごさせていただいたのですが…………」
「どうなったんだよ?」
言い淀むレオンに、すでに深い関係を持ったのか……と焦りを感じる。
「お恥ずかしいのですが、その……」
「え、もしかして……しようとしたけど物理的に無理だったとかか?」
「ジルベール様! 違います!」
赤くなって否定したレオンだが、その続きは話さない。じゃあ一体何が原因なんだよ!
「いい加減に言えよ、おまえそんなに恥ずかしいことしたのか?」
「しておりません。ただあの、私が……上手に会話することができず、ジルベール様のことばかり褒めていたので……『今後、ジルベール様にお会いすることは控えなさい』と、言われてしまいました」
「は? 王女様は俺のこと見たくもないくらい嫌だって?」
「いえ、違います。シャンティエさんが言うには、女性は自分のことを話したり聞いて欲しいそうです。なので王女様は……ジルベール様に嫉妬され、私は女性を楽しませることもできないつまらない男だと思われているのだと、教えていただきました」
王女様は見る目がないと思いつつ、喜んでいる自分がいる。今まで数え切れないほどの嫉みや羨望は受けたが、この種類の妬みは初めてだ。予定では俺がレオンの立場だったんだし、王女様からだとしても全く光栄でもなんでもないけど。
「それで?」
「はい、私がその……王女様からの要求を受け入れられないことを伝えましたところ、怒ってしまわれました」
「それだけじゃあ納得してないんじゃないのか?」
むしろかなり執着されていそうだが。
「最終的に王女様に『私にはすでに心に決めた方がおりますので、結婚はできません』と、はっきりお伝えしました」
「それで話がなくなったってわけか?」
「はい。非公式だったとはいえ世間にも噂が広がっておりました。四大公爵家のアンドレ様の立場もございます。そのため国王陛下が重用していて従兄弟でもあるアンドレ様に配慮し、表向きには私がまだ学園で学んでいる身であり、これからもグレンロシェ王国を守るための訓練に励みたいとの希望を受け入れた、という風にしてくださるそうです」
俺が何も言わずにいると、いきなりレオンがソファーから降り、跪いた。
「何やってるんだ?」
「ジルベール様。私はジルベール様を慕っております。ジルベール様と離れるなんて考えられません。今後もジルベール様のお側に一生仕えさせていただくことを――承諾してくださいますか」
「――俺はおまえに……好かれる理由が分からない。普通嫌うだろ、やっぱり虐められたいのか?」
レオンは姿勢を崩さず、少し遠い目をしながら口を開いた。
「ジルベール様は覚えていらっしゃらないと思いますが……私と母がギファルド家の屋敷に来たばかりの頃です。二人で屋敷を抜け出し、森を探検したことがありました。ですが道に迷ってしまい夜になった時、ジルベール様は暗闇が怖くて泣いた私の手を握り『俺がいるから心配するな』と、勇気付けてくださいました」
俺が――あの訓練の時に感じた懐かしい気持ちはこれだったのか……
「ギファルド家に来るまで母と二人きりでしたので、母が働いている時は一人で過ごすこともあり、寂しく感じていました。そんな時ジルベール様にあのように言っていただけて……とても安心したのを覚えております。ジルベール様は自信に満ちていて輝き、常に私を導いてくださいました。私にとってジルベール様は絶対的な神のような存在であり、この方に生涯を捧げることを心に誓ったのです」
俺はあれだけどうすれば良いか悩んでいた口付けを、気が付いたらしていた。そのまま舌を絡め息ができなくなる寸前に離すと、レオンの唇は熱を持ち、緑色の瞳は潤んでいる。
ああ――レオンに触れたい。俺達は自然とベッドに向かった。貴族用なだけあり、三人は余裕で寝られるくらいの大きい作りだ。
「ジルベール様、どのようにいたしますか?」
どこまでも恭順に俺を優先させるレオンだ。
「レオン、おまえがしていいぞ」
以前のようにし終えたレオンに、俺は咄嗟に謝った。
「何に対して……でしょうか?」
「おまえにさせて……」
「え? 私はジルベール様に言われた通り、私の好きにいたしましたが……」
「は? 俺はそんなこと言ってないぞ」
「えっ、でも先程『レオン、おまえがやっていい』と……私の好きにしていい、という意味ではなかったのですか?」
ああ、どこまでも服従するのか……
「いや、俺は『レオン、おまえが俺にしていい』という意味で言ったんだ」
「それは――ジルベール様がそちらの方が良い、という理由で仰ったのですか? でしたらそういたしますが……」
「おまえは英雄でギファルド公爵家嫡男だ。平民なんかにされたくないだろ」
「もういい加減にしてください!」
苛立ちを隠さない声だ。俺はレオンも訓練以外で大声を出して怒ったりできるんだと、胸の内で感心した。
「なぜジルベール様はそのようにお考えになるのですか?」
「普通そうだからだろ」
「ジルベール様が思う普通とは、どんな普通ですか?」
「――おまえはもう俺に気を使う必要もなければ、むしろおまえが俺に命令できる。俺に拒否権はないしな。おまえがさっき言った絶対的な存在っていうのも、それは主人に従う気持ちと勘違いしたんじゃないのか? もし本当に好きだったとしても、平民だと思ってたから仕方なく受けいれていたんだろ」
レオンがまた少し呆れたように溜息をついた。
「ジルベール様が……私に以前のジルベール様のような態度で逆に接して欲しいと、そう本心から願うのであれば私も――私の性格では難しいでしょうが精一杯いたします。ですが私はジルベール様が仰るような――我慢をしていたわけではなく、むしろ……喜んでおりました」
「は? 虐められるのをか?」
途中、少しディスられた気もするけど。
「――正確には、ジルベール様のご要望にお応えすることをです」
「おかしいだろ。屈辱に感じないのか?」
「ジルベール様、なぜ好きな人を受け入れることを、辱められていると感じるはず――と思われるのですか」
レオンが俺の髪の毛をそっと撫でた。平民から貴人に触れてはいけない。それを忠実に守っていたはずのレオンが破ったってことは、やっぱり立場の逆転を実感している――わけではないだろう。
「好きな人に触れたいと思うことは自然な感情で、恥ずかしいとか命令に従っているとか、思ったことはありません。私は毎回、ジルベール様に誘われる際、とても幸せに感じておりました」
レオンはどこまでもレオンであり、純粋だ。
「本当にか……?」
「はい。繰り返しますが、正直に申しますと嫌ならジルベール様を拒否する選択肢もございました。また、令嬢からお誘いを受けたこともございます。それを断り、ジルベールを受け入れたのは私の意思です」
「――じゃあ本当にいいんだな?」
「はい、ジルベール様……」
穢れないレオンに対して、俺も少しは誠実にならなければいけない。
「レオン。俺の話も聞いてくれ」
「はい、ジルベール様」
緊張で声が震える。俺にはレオンがいる――四大公爵家子息でなくとも、王家の血が一切流れてなくとも、英雄でなくとも……何事にも変え難い財産を持っていた。なぜ今まで気が付かなかったのか。




