いまさら気付いても
ガイに連れられ商店が並ぶ賑やかな通りに来た。道すがら話しただけだが、それでもガイは快活な人物ながら思慮深い一面もあることが簡単に感じ取れ、ガイに助けられて良かったとありがたく思った。だが常にレオンと行動していたから、レオンがいないことは自分の体の一部が欠けているかのように違和感がある。
一緒にいるのはレオンじゃないという事実が受け入れらない。だって――ほら、荷物持ちとか必要だし! さすがに身分を明かしてない今、いくらなんでも恩人であるガイにさせるわけにはいかないだろ?
それにガイも見た目は悪くないが、レオンには劣る。俺の輝くような金色の髪が一番映えるのは、レオンのさらさらな漆黒の髪との対比だ。癖のある薄茶色とではない。だがら眉目秀麗な俺の隣に相応しいのは、やっぱり同じような美貌を持つレオンだよ。
「ジル――――おい、聞いてるか?」
「ああ、何だ?」
名前を何回か呼ばれ我に返った。だってジルなんて聞き慣れてないし。
「服は店にあるので気に入ったのを着てかまわないから――必要なのは靴だな。この店でいいか?」
急いでいたので、魔物との戦闘時に少し壊れた靴でそのまま家を出て来てしまった。店内に入ると、ガイは顔馴染みらしい店主と仲良く話している。
「この青年――ジルに新しい靴を見繕って欲しいんだが」
「分かりました。ジル様、こちらへどうぞ」
案内されるがまま椅子へ座ると、初老の主人が前に跪いて靴を取った。それと俺の足を詳しく見た後、隣にいた若者に命じて奥から新しい靴を持って来させ、俺に試し履きを促した。履いてみると、今までのどの高級品の物よりも馴染む。もっと高いのか? そうは見えないが……
その驚きが顔に出たのだろう、ガイが自分のことのように誇らしく言った。
「ぴったりだろ。マークの能力はすごいんだ」
「……異能なのか?」
「ええ。私は足を見てその人の状態や癖、不調などを知ることができます」
「それなら靴屋の店主なんかじゃなくて、軍事宮とかで働けるんじゃないのか? そっちの方が出世できそうだが」
魔王と魔物がいるこの大陸では、国によって程度の差はあれど、軍事宮で働くことは名誉であり人々の憧れの職業だ。
「――足は人間の体を健康に保つためにとても重要な役割を持っており、その足を保護するための最高の靴を選ぶお手伝いをさせていただくことも、軍事宮で働かれている皆様と同じくらい、大切な仕事だと思っております。ジル様が履かれていたこの靴もサイズが適切で、きちんとお手入れされていたことが分かります。靴を大事に使われていた証拠ですよ」
「いや――俺じゃない」
レオンだ……
「でしたら、その方がジル様のことを大切に思っていらっしゃるのですね」
「違う! あいつは……あいつはただ仕事だったからだ」
思いのほか強い口調だったため二人はそれ以上何も言わなかった。
その後もガイの案内で生活用品を選び、食材を買い入れるのに付き合ったが、当然ながら俺は貴族御用達の店にしか行ったことがなかったので全てが新鮮だった。
そして平民は馬車と従者などないので、買った物は自分で手に持って歩いて帰る必要がある。いや、これ普通に学園での訓練よりきつくないか?
翌朝ガイの店に向かい、まず初めに大まかな説明を受けた。
「俺は裏で作業しているから、何かあったら呼んでくれ」
次々とやって来る客達、王都出身の俺でも意味不明な服飾関係の語彙を並べて商品を尋ねる令嬢、色目を使ってくる夫人、常に従者が付き従い、訓練時を除いて荷物など持ったことがない俺が何着もの服を抱えるという滑稽さ……俺は早々に弱音を吐きここを逃げ出したくなったが、行くあてがないことに気が付き直前で思い留まった。
一週間くらい経ち、ちょうど店内に人が切れた時、ガイがこっちを見て言った。
「おまえかっこいいから、ジル目当ての夫人や令嬢が増えているぞ。それにどんどん服屋の定員として様になってきたな」
うん、突っ込みたいなら突っ込んでくれてかまわない。俺でさえもあまりの転落具合に有り得なさ過ぎて笑えてくるから。
もしこれがギファルド公爵家嫡男のままだったら、偉ぶらず謙虚で好感が持てる、とか、社会勉強なのね、とか好意的な目で見られるだろう。
だが公爵家子息が本当は平民だったってことなら――……
いや、考えてはだめだ。今ここで泣いたらガイに不審がられる。流れに身を任せて働くしかない――あ! 今ガイが言ったじゃん! 俺の容姿を令嬢が気に入ってるって! もしかしたらどっかの貴族令嬢もいるかもしれない。それで結婚すれば勝ち組?
いや違う、その考えはおかしい。俺は元々高位貴族で、というか今も貴族だ――書類上は。籍を抜いてないし(父上がまさかすでに抜いてるってことはないよな?)
しかも貴族令嬢なら俺の素性を知っている可能性が高い……万が一知らなくても婚姻時に必要な書類を見られれば露見する。
それに――令嬢と結婚したらその女性と色々しないといけないんだよな。想像してみても全く嬉しくない。俺、耐えられるのか?
え? えっと……ってことは俺は男が好き……? 同性愛者ってこと?
でも他の男、例えば同じ生徒のダッドとかラファエルと……絶対無理だ! 彼らとなんてどんな罰ゲームだ。それならまだ令嬢との方がいい。
でも令嬢とも嫌だ――要するにレオンしか考えられない。
それが意味することは……認めたくないが、俺はレオンが……好きなのか……
レオンに触れたのはほんの少し前なのに、遠い昔のように感じる。レオンは俺が仕えている公爵家の息子だから全てを受け入れた。もし今、俺が平民で本当は自分が王族の血を引いた公爵家の子だと分かったらどう思うのだろう?
俺のこと――怒るだろうか? 同じ目に合わせようとするのか? それでもいいのかもしれない。一番怖いのは……レオンがもう俺との関係を拒否することだ。
レオンのさらさらな黒髪を撫でることも、情熱的な緑色の瞳で射るように見られることも、あの薄く赤い唇で触れられることも、全て二度と味わえない。今までの自分の行いが酷すぎて振り返ることすら怖い。もっと節度をもって接していれば、もしかしたら立場が変わった後でも、レオンは俺と一緒にいてくれるかもしれなかったのに。
さすがに昔のままの上下関係で――なんて考えは図々しいだろうが、俺が使用人として残ることは許してくれたかも……
いまさらそんな単純なことに気が付くなんて――俺はどれだけ傲慢だったのだ。
ああ、まだやり直せる時だったら……
この日は珍しく夕方に客が切れたので、夕食は外の店で食べようということになった。ガイお気に入りの店に入ると、すぐに恰幅の良い女給仕がこっちに向かって来た。
「ガイ、久しぶりだねえ。こっちは友達かい?」
「うん、ジルだ。少し前から俺の店で働いてもらってる」
「ああ、新しく入った美形の子だね。エレン達がこの間顔を赤くして話していたよ」
ガイはいくつかの品と飲み物を注文したが、女は一向に離れる様子がない。怪訝に思って顔を見ると尋ねられた。
「おまえさん、ご貴族様だね? 王都から来たのかい?」
「――それが何か?」
俺が自然と高貴な雰囲気を出してしまうのは仕方ないとして……何か問題でもあるのかよ。
「じゃあ噂になっている英雄のことは知っているの?」
その言葉をきっかけに、周りのテーブルにいた人達も会話に入ってきた。
「そうそう! あっという間に魔王を倒したらしけど、英雄なんて何年振りだ? 百年? もっとか? そいつ、平民として育ってたけど本当は王族の血が入ってるとか!」
「四大公爵家子息だっけ? 羨ましいねえ」
「噂じゃ王女と結婚するとか」
「ああ、王女様がかなり熱をあげているって話だ」
は? 結婚……するのか? 俺を差し置いて! というかレオンと王女、どっちに対しての嫉妬だ? いずれにしてもレオンはすでに俺のことなんて忘れて、今までの暗い過去を取り戻そうとしているんだろう。
「お兄さん――お兄さん!」
「ジル! どうかしたか?」
ああ……
「すまない。えっと……俺は王都から来たが、詳しくは分からない」
「英雄のことも知らないのかい?」
「……知らない」
「なんだ。これだけ話題になってるのに」
女が期待外れ、という表情を作りつつカウンターの方へ行ったので、俺は内心で溜息を付いてから視線を上げると、ガイが心配そうな目をしてこっちを見ていた。
「平気か? なんか様子がおかしいけど」
「ああ大丈夫だ。こういう場所に慣れていないだけだ」
その後運ばれて来た食事は、田舎の安い食堂にしては悪くなかった。煮込まれた野菜と肉は味付けが濃いめで、エールがどんどん飲めた。何杯飲んだのか覚えられないくらいに杯数を重ねた。
薄暗くなった道をほろ酔い気分でガイと歩く。こんなことは今までになかった。もう、公爵家嫡男の貴公子だったことなど忘れて、平民として開き直るのもいいかもしれない。周りの目も気にする必要がないから、酔っ払って歩けるし。
そう、今夜の俺は酔っている。多分普段はあまり飲まない酒を飲みすぎたせいと、疲れと、寂しさと……
ふらふらと歩く俺をガイが腰に手を回して支えてくれた。家に着く頃には何も考えられなくなり、隣でガイが何か言っていることも耳に入らなかった。
「あ〜あ、こんな可愛い子だって知らなかったし。ずっといて欲しいけど、いつまで我慢できるか……」




