今まで信じていたものは
俺から英雄についての話を振るのはあまり嬉しくなかったが、やはりレオンがどういう風に思っているのか気になってしまう。父上のこともあるし全く触れないのは不自然だろうと思い、レオンに言った。
「今日は疲れたな」
「ええ」
「まさかおまえが英雄で、父上の子だったとは……」
「私も混乱していて……正直頭が追いついていないです」
現在の王家でや王家の血を引いている四大公爵家で秀でた者はいない――というか俺が一番優れていた。
レオンは実力があったが、平民のため英雄になる可能性は全く考えていなかったのに――何でよりによってレオンが英雄なのだ。
「父親が同じということは、俺達は――異母兄弟になるってことだよな」
俺の方が生まれたのは少しばかり早いから、俺が兄になる。そんなの同じ年なんだから変わらないって? そんなことはない、俺にしたら相当な違いだ! 四大公爵家の嫡男という意味は大きい。この国の爵位は、本人の適性があまりにもなかったり拒否した場合を除き、基本的に嫡男が受け継ぐ。だが一方が英雄なら、基本的以外の特別扱いになる気がする……前例がないためどうなるのか予測がつかない、どうすればいいのだ。
今までのやり取りを考えれば、レオンに爵位を――との声があったとしても、自ら辞退することは大いに考えられる。だが……もし万が一、レオンは自分の出自や母親の立場を気にして俺に恭順でいただけなら? 英雄とアンドレが父という二つの強みを得た今、態度を変えない保証はない。
それに――父上がレオンを強く推す可能性が高い。むしろ、その結果しか想像できない。
レオンは前からずっと父上のお気に入りだった。多分父上はレオンが自分の子供だと初めから知っていたのだろう……
レオンが英雄の今、俺があいつに勝てるのは、ほんの少し前に生を受けたこと、それとエロイーズの身分がクリスティーナよりも高いことだけだ。
ああ……泣きそうだ。だがレオンにそんな醜態を晒すなんて耐えられない。それに何か言わないと悩んでいるように見られる。
俺は常に冷静で完全無欠の貴公子でいないといけないのに……これではレオンが英雄で焦っているようではないか(いや実際にその通りだが)
「レオン、おまえは――自分が英雄って前から気付いていたのか?」
気を取り直し、通常の声色を意識して訊いた。
「いえ全く……」
「父上――アンドレが父親だということは?」
「それも全く……父親についての会話を母は避けておりましたので」
「どう思った? アンドレが父だと分かって」
レオンは少し考える顔をした後、口にした。
「驚きましたが――私はずっと父がいないと思っていましたので……アンドレ様のような強くてお優しい方が父上だと分かり光栄です」
頬をほんのり赤く染め話すレオンを見ながら、俺はある考えしか頭の中に浮かばなかった。
レオンは四大公爵家の子息で喜んでいると。
「俺と兄弟なのはどう思ってる?」
「ジルベール様のことは差し出がましいかもしれませんが子どもの時から兄様のように慕っていましたので……実感は――まだ全然湧きませんが……とても嬉しいです。ですが――少々複雑、にも……思います」
――複雑? それはやはり、俺が先に生まれたから、自分が後を継ぐのに少し罪悪感があるとでも言いたいのか!
「もういい! 聞きたくない!」
「あ、私が弟など……ジルベール様に出過ぎたことを申しました」
「ふざけるな!」
俺は思わずその場から逃げるように走り出した。廊下に出て階段を降り大広間を駆け抜け、数ある扉の内の一つからまた廊下に出た。途中までレオンが追って来ていたが、もう音がしない。上手く撒けたようだ。
人のいない通路は暗く重たい空気が立ち込めている。ここはどこかと見回すと、普段は俺が近づかない屋敷の奥にある、侍従のシャンティエが管理している貯蔵庫の近くだった。たしか高級な酒が多いため、鍵を持っているのは父上とシャンティエだけだったと思い出す。
俺が今、扉を破ってやけ酒でもしたら彼らは驚くだろうか――そんなどうでも良いことを考えた瞬間、扉が少し開いており室内に人がいる気配を感じた。すでに夕食の時間は終わっているので、シャンティエが整理をしているのだろうか。
いや、父上はすでに帰宅している。屋敷にいるので呼ばれる可能性があるこの時間、しかも夜中にすることでは無い。まさか泥棒――? そう思って音を立てないように気を付けながら近づくと、中から話し声が聞こえてきた。
中年男性二人の重く太い声――響かないよう抑えてはいるが、今まで何度となく聞いた声を間違えるはずがない――父上とシャンティエだ。
どう考えても明るい雑談をしている感じではない。ダッドがいれば助かるのに……と思いながらゆっくりと扉まで忍び寄る。
よし、何とか聞こえそうだ。
『――まさかレオンが英雄で、私の子だと宣言せざるを得せるとは……大丈夫だろうか』
大きな溜息と共にアンドレの声が聞こえてきた。
『レオン様は、クリスティーナ様と同じく謙虚なお人柄です。旦那様の子と知って何か要求するようなことはないかと』
レオン様にクリスティーナ様だと? いつもは二人に敬称など付けないのに。真実を知ってすぐに態度を変えるなど、シャンティエも計算高い使用人だ。
『いや、元々それに関しては私は危惧しておらぬ。おまえが一番分かっているだろう。それに、約束を覚えているか? 彼ら――いや、クリスティーナが主張するなら、十三年前にとっくにしておる』
十三年前? そういえば――俺が小さい頃、素晴らしく綺麗な女性が男の子と一緒に我が屋敷に来て働き始めたなと思い出す。レオンとはそれからずっと行動を共にするようになったから、すっかり初めからいたような気がしていたが、それがクリスティーナとレオンだったはずだ。
『はい、仰る通りです。彼らのことをそのように言うなど……申し訳ございません』
『謝る必要はない。だが――やはりクリスティーナは王家の血を引いているだけあるな』
『ええ。持って産まれた高貴さ、すべてをお持ちになっていらっしゃいる方の余裕と言いましょうか――欲がございませんし、どのような状況でも輝いていらっしゃいます』
は? 俺の耳はおかしいのか? いや、確かに聞こえた、クリスティーナが王族の血を引いていると。ならなぜ平民なのだ? というか、それでは俺の母親は伯爵家出身だからレオンに負けるのか……?
『彼女のお母様は大恋愛の末平民の男性と結婚しましたが、確かお祖母様が前々国王の妹君でいらっしゃいましたよね。やはり両親共から王家の血が流れているため、レオンは英雄になったのでしょうか?』
『どのような条件で英雄になるのか、それに関してはまだ研究途中なのではっきりと断言できぬ。だが――文献を読むと、突然英雄になったというより、元々生を受けた時にその素質を受け継いでおり、それが魔王の出現によって開花した――という方がしっくりくる』
レオンが英雄――この運命は決まっていたとでも言いたいのか! だが、俺が兄には変わりない!
このことをはっきりと分からせるため乱入しようとしたところで、また父上が口を開いたのが分かり、辛うじて思いとどまった。
幸い二人に気付かれた様子はない。
『まぁ、レオンの方は大丈夫だろう。優秀だし物分りも良い。問題はジルベールだ』
今度はシャンティエが溜息をついたのが分かった。おいおまえ、俺の何が問題なんだよ。
『旦那様は……ジルベール様をどうなさるおつもりでいらっしゃいますか?』
『このまま私の子と偽るのは簡単だが――レオンのこともあり、どちらに爵位を継がせるのか聞かれる場面も増えてくるだろう。それに……二人の能力の違いに疑問を持ち、本当に兄弟なのかと訊く者が現れる可能性は否定できぬ』
貯蔵庫としては最適な、石造りのこの廊下は冷んやりとしており、俺の身体から容赦なく体温を奪っていく。
『はい』
俺を痛めつけるのはもうこれで十分だろう。これ以上は受け入れ――
『エロイーズが平民にしては相当珍しい異能と実力を見込まれて伯爵家の養子になったくらいだから、ジルベールの能力も高くなると思っていたが――高いには高いが、やはりレオンと比べると劣る。彼女の相手、トニーも火を使う異能でジルベールに遺伝したのは都合が良いと当時は思ったがな。所詮平民の料理人だったようだ』
俺の耳は、すでにほとんど機能していない。いや、させていない。
『エロイーズ様も……やはり本当の出自は隠せませんね。あの特殊な異能を世の中のためではなく、旦那様を騙すために使ったのですから』
『ああ。だが……全てはジルベールが生まれる前に気が付かなかった私の失態だ。クリスティーナとレオンに悪いことをした。シャンティエ、そんな顔をするな』
もう無理だ。このままここで凍え、動けなくなったらどんなに楽か。だが残念ながら俺の異能は火だ。恐らく無意識の内に火を出して暖まろうとするはずだ。例えそれが平民レベルの能力でしかなくても。
もつれそうになる足を必死に動かし、その場を去ったので、それ以降の二人のやり取りは聞かなかった。
『もちろんジルベールにもだ。少し自信家なところがあるが、あいつに罪はない。私と血が繋がってなくとも私の子には違いない。レオンと協力して国のために活動し、ギファルド家を盛り立てて欲しいが……』
『そうですね。ジルベール様ならやってくれると信じております』




