なぜ受け入れる
むだな肉のない引き締まった背中が見える。
聡明なレオンは俺が今から何をしようとしているのか気が付いているだろうが、抵抗はしない。まあ頭が良いからこそ、自分に拒否権がないことも完全に理解しているのだ。
頭の中は今までに味わったことのない達成感と恍惚感で占められ、今日の模擬戦訓練のことが遠い昔のように感じられる。
ベッドから降り、体を拭くものを取ろうとした時に、レオンに言われ振り返った。
「ジルベール様……申し訳、ござい……ません……」
本当に怯えている様子だ。
「どうした? 何を謝ってるんだ?」
「――ジルベール様のベッドを……汚して……しまいました」
見ると、痕跡がある。
「ああ、別にかまわない。そんなもの、使用人を呼んで交換させれば済む話だろう」
「すみません、ありがとうございます……あの、ご迷惑でなければ……私が自分でやります。その――差し出がましいですが、あまり気が付かれない方がよろしいかと……」
いくら父上が可愛がっているレオンだとしても、使用人と関係を持つことは公爵家子息としては相応しくないだろう。レオンとのことが露見しなくても、そしたら俺が一人で何かしたことになる。それは――貴公子としてのイメージ上、色々まずい。
「それもそうだな。頼む」
頷いた後シーツを取ろうと枕元の方に行ったレオンは、俺の声に振り返った。
「後でいい。それよりまずは浴室に来い」
「――かしこまりました」
部屋に併設されている浴室に二人で入る。湯をためている間に体を洗った時も、レオンは恭順な姿勢を崩さない。疲れているだろうに、休みたいだろうに――それを少しも表に出さず、甲斐甲斐しい完璧な使用人だ。
泡立てた石鹸を滑らせるレオンの繊細な指が、訓練中の洞窟での出来事を思い出させる。適度に熱い湯で流されると、俺はレオンに座るよう促した。
「いえ、ジルベール様の前で私が座ることは……」
「俺の言う事が聞けないのか」
俺は自分がされたように、レオンの吸い付くような肌を石鹸で擦っていく。初めは居心地悪そうにしていたが抵抗はしない。まあ、拒否するなら今じゃなくさっきだろう。いくら使用人の息子といえどもされたことを訴えれば、さすがに当家子息の俺でも立場は悪くなる。
ましてやレオンの人望もあり、誰一人としてレオンが嘘をつくとは思わない(全くもって事実だし)
レオンのギファルド家への忠誠心と身分をわきまえた人となりは評価するが、正直に言えば少々解せないところもある。いくら母親と自分が昔から世話になっているとはいえ……普通ここまで健気に堪え得るものなのか?
レオンの母、クリスティーナは今も美貌が衰えていない絶世の美女だから、息子付きの平民だとしてもいくらでも良縁を探せるだろうし。
流し終えたので俺は湯船に浸かり、レオンも一緒に入るよう命じた。個人用の浴室なので屋敷の中では小さい作りだが、それでも二人で入ることができるくらいには大きい。
ただ俺達のように長身の男二人ではくっつく感じになるので、さすがに困った様子で「ジルベール様。私は部屋を整えておきますので……」と理由をつけて断ろうとしたレオンを、俺は腕を引っ張るようにして強引に中に入れて向かい合うように座らせた。
「疲れているか?」
「――いえ、お気遣いありがとうございます」
一瞬頬を引きつらせてから答えたのは、疲れの原因が模擬戦訓練でなのか、それとも先程のことなのか考えたからだろうか。どちらにせよレオンが言う(言える)返事は一つしかなくても。
こういう時、意外とレオンは俺も疲れているか尋ねてこない。多分完璧な俺に訊くのは失礼だと思っているのだろう。それは正しい判断だ。身分の高い者は下位の者達の手本となるよう、そして周りに付け入る隙を与えないよう、幼少期から厳しく躾られる。
「ジルベール様……」
「何だ?」
「あの、初めてだったので――上手くできなくて……すみません」
「いや、良かったぞ」
ふと視線をあげると、レオンの緑色の瞳に捉えられた。赤くなって少し戸惑ったレオンの形の良い唇を奪おうとしたが、模擬戦前からしようと思っていたはずなのに、なぜかそうするのはどうしても緊張して最後までできなかった。
結局そのまま風呂から上がり、新しい寝巻きを着て部屋に入ると、先に出たレオンがちょうど茶を淹れ終えたところだった。
「ジルベール様。今シーツを交換しますので、少々お待ちください」と言われたのでソファに腰を下ろした。
安眠効果のある茶は熱すぎない温度で用意されている。火を使う異能の俺は相当熱い茶でも問題ないが、こういう時は少しぬるめが好きなのをレオンは心得ている。
「ジルベール様、お待たせいたしました」
「ああ」
「では、おやすみなさいませ」
翌朝からは、特に変わりない日々が過ぎていった。野外での合同訓練の予定はまだ先のため、学園内での授業、練習、試験といった内容だ。
相変わらずレオンとともに行動しているが、関係に変化はない。お互い外では以前と同じ態度を崩さないため(その必要もないが)、気付く者はいないだろう。
顔を合わせれば突っかかってくるラファエルを華麗にスルーしつつ令嬢からの熱のこもった視線を集め、そして夜はレオンを呼び出し好きにする!
人生がイージーモード過ぎて刺激が欲しくなり、その渇欲のはけ口のレオンは忠実に俺の渇きを癒す。俺はなんて恵まれた人生を謳歌しているんだ!
この魔法属性学の授業が終われば今日はもう講義がない。俺はレオンを連れ、情事のための教室へと向かった。人のいない廊下を抜け鍵を開けると、無人の室内はひっそりと静まり返り空気が重く感じ、ここだけ時が止まったかのようだ。
動くと机が軋み音が出た。周りに気付かれないか心配になるが、その背徳感が高揚感になり、より強い快楽へと導くのを否定できない。
レオンは俺を潤んだ緑色の目で見つめ、より深い甘美な感覚を享受しているかのようだ。
しかし従順にギファルド家に仕えるレオンだ。実際は演技で、少しでも俺が罪悪感を抱かないようにとの配慮だろうと思う。
だが聡明なレオンでも気が付いていないが、俺が良心の呵責に苛まれることなど有り得ない。むしろそんなレオンを無茶苦茶にして、困らせ、泣かせたいとすら考えている。
ああ可愛い俺のレオン――このまずっと俺のものでいてくれ……