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完全無欠の貴公子

 この世界に数多く国があり、(いく)万もの人がいようとも、俺ほど神の加護に恵まれて生を受けた者はそうそういないだろう。

 大国の歴史ある四大公爵家の一つ、ギファルド家の嫡男、学校では毎回上位の成績、そして――周りの令嬢から噂され恋文をもらうことが途切れない、長身で金髪碧眼の貴公子然とした容姿……神が設定を間違えて盛りすぎたのでは? と苦笑してしまうくらいだ。

 もちろん家柄なら王家の方が上だ。それは認めよう。だが、俺と同世代の王族の者達が三人いるが、彼らは残念ながら外見と頭が足りない。見栄えのしない平均的な顔に高くない背丈、食べる物に困っていないのを証明するかのような緩んだ体型、そして、なるべき道が確約されているから努力しないのか、元々の地頭が良くないのかは不明だが、常に真ん中くらいの成績だ。


 レオンはその二つは及第点だが――圧倒的に生まれが良くない。そう、彼は俺の家で雇っている女使用人の息子だ。いくら毎回テストで俺と同じくらいの点数を取っても、外に出れば周りが息をのみ振り返るくらい背が高く整った顔をしていても、家名が伴わなければこの国での活躍は相当な困難を極める。

 なぜなら――この国の国民が使える能力は、通常の場合、親からの血統に寄る部分が大きいからだ。


 要するに、力が強かった祖先が出世し、地位と富を得て、そのまま新しい世代に引き継がれ続けているということだ。もちろん例外もある。

 この国を収めている王家は、始祖が天才的な異能の使い手だったため外から侵略してきた魔王との戦いに勝ち、英雄と呼ばれ王座についたと伝説で語られているが、それは特別変異的なものだったのだろう。残念ながらその遺伝は数世代に一度しか現れず、現在の王家で受け継がれた者がいるとは聞いていない。

 また、平民の中にもごく稀に貴族よりも強い力を手にする者が出現するが、地位がないため結局は貴族の言いなりになり、使い勝手の良い道具のように扱われるのが現状だ。

 そういうわけで全てを兼ね備えている恵まれた俺は、持ってない者達を哀れに思いつつ、自分が授かったスペックを存分に享受(きょうじゅ)している。



 この時間の授業は取っていない。そのためいつものように学園の端の方にある教室にレオンと来ている。

 ここは現在物置のようになっていて、事務室や図書館とも離れているので滅多に近寄る者がいない。そして鍵が掛かっているがほぼ壊れており、少しのコツで簡単に開けることができることをほとんどの者が知らない、(まさ)しく隠れて何かをしたい時の穴場だ。


 レオンはいつも通り石でできた固く冷たい床に膝を付いた。


「次の授業の前に所用がある。時間が無い、早く頼む」



 事務作業のような事を終え髪を整えていると、レオンの目が自分に向いていることに気がついた。


「何を見ている?」

「いえ……その――どうでしたか?」


 レオンは毎回こうやって感想を求めてくる。雇い主の息子の要求に、より上手く応えるためだろう。


「ああ。悪くなかった」


 そう言うと、レオンは少し照れながら嬉しそうな顔を見せる。

 なんて――気持ち良い!

 俺の思い通りに動き、俺の機嫌を取り、俺が褒めると素直に喜ぶ。これも全て俺だから許されている行動だ!



「俺は歴史学のルナー教授の所へ行くが、お前は? 暇だったら付いて来るか?」


 レオンが頷いた。


「はい、ご一緒させてください」


 ぶ厚いカーテンが引かれ薄暗かった教室から廊下に出ると、木漏れ日が窓から入り思わず目を細めてしまう。色素の薄い青い瞳には凄く眩しいからだ。

 レオンは幼い頃からの習慣か、二人で歩く時は常に半歩下がって付いてくる。突き当たりを左に曲がり大広間続く廊下まで出ると、他の学生が増えてきた。俺がつい今、後ろの男を相手に何をしたかなど、誰にも分からない。

 毎回のことなので慣れているが、人が増えるにつれ、目立つ俺たちを遠くから見つめる視線を感じ始める。だがそれに気付いたり、ましてや喜んでいる素振りなど、決して見せてはいけない。そんなのは慣れてない者のすることで、生まれてから選ばれ続けている者は、自然な状態で貴公子を演じられるのだ。



「ルナー教授。ジルベールです。いらっしゃいますか?」


 研究室に着いて扉を叩いて在室か確かめると、すぐに教授が扉を開け、迎え入れてくれた。白くなったぼさぼさの髪と茶色い眼鏡で、いかにも学者という出で立ちの温和な教授だ。笑った時にできる目尻の皺が年を感じさせるが、実際はまだそこまで年を取っていなかったと思い出す。


「ジルベール君。わざわざ来てもらってすまない、君が忙しいのは分かっているんだが、ちょっと研究の手伝いをしてもらいたくて」


 色々やることがあるから少々めんどくさいのが本音だが、優秀だから仕方ない。そんな気持ちはおくびにも出さないで言った。


「かまいませんよ。私も教授の研究に興味があるので、手伝わせて欲しいと思っていたんですよ」


 中まで招き入れられ、手のひらを広げたくらいの高さの量の書類を渡された。


「これに目を通して五日後までにまとめて欲しいんだが……我が国の異能と英雄の歴史について書いてある。他の課題や訓練もあるから大変だと思うができそうかな?」

「はい、問題ありません」

「ジルベール君。ありがとう、よろしく頼んだよ」


 部屋を後にし、この次は共通の授業なのでレオンとそのまま教室へ向かう。

 周りに誰もいないことを確認してから、レオンにしか分からないように溜息(ためいき)をつく。


「まったく、こんな退屈で訓練の役に立たない内容の論文、他のやつでも十分なのになんで俺に言うんだよ。めんどくさい。レオン、手伝えるか?」

「はい、何でもお申し付けください」


 

 同じ授業の時は、教室でもだいたい並んで座ることが多い。レオンの母親は当家に仕えているため幼少期から俺の世話をしているし、レオンも俺に危害を加えようとする者から守る――自分が犠牲となって――必要があったためだ。

 俺が成長して使える能力のレベルも高度になり自分の身の安全を確保できるようになった今は、厳密に言えば一人でも問題ないが、こうやって従者がいれば俺の格も上がるし、それが美形ならば相乗効果でより騒がれるのだ。


 ハディード学園の双璧――のように。


 双璧なら対等じゃないか? と思われるかもしれない。レオンが俺と同等に見られるのを受け入れているのか? ――と。だが、一人より二人の方が華やかだし、正直レオンは俺でも認めざるを得ないくらいかっこいい。

 漆黒の髪の間から見える緑色の瞳は悔しいほど神秘的で、薄くて赤い唇、鍛えているがしなやかな身体、細長い指、どれをとっても最高級だ。

 そして――それでいて恭順に俺に従うのだから、邪険に扱う方が勿体ないというものだ。



 

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