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第九話「贄としての役割」

「ごめんなさい。別にあなたを泣かせたいわけじゃないのよ」


「うっ……ごめ、なさ……」


どうして肝心なときに声が詰まるのだろう。


前向きになりたいと思っているくせに、心とは裏腹に泣いてばかりだ。


それも言い聞かせでしかないのだから、本気で前向きになろうとしていなかった。


情けなさに吐き気がした。



「あの方を愛してるのね」



椿は切なく微笑んで少女の手を掴む。


少女はハッとして顔をあげると、以前の椿のような人に寄り添うあたたかさを感じられた。



「愛するって難しいと思うの。自分が嫌いだと相手の気持ちに疑いをもってしまうわよね」


「……月冴さまはずっと一人だったと言われました。もし、先に来ていたのが私じゃなくて椿さんだったら……。私である必要はなかった」



言わずにはいられない。


八つ当たりでしかない。


それでもこれ以上、欲を隠せば変われないことに気づいていた。



「月冴さまの一番はゆずりたくない! 足りないものはちゃんと埋めたい! もう振り向いてくれない背中を見たくないんです!!」



喉の蓋をこじ開けてあふれた本音。


これをぶつけた相手が椿というのも皮肉なことだ。



泥を投げられる村で、汚れを気にせずに手を差しのべてくれた人。



可憐な花は濃い桃色だったのに、今は真っ赤な花びらだ。


中心の黄色は花びらの色で見え方が変わり、少女の目には憧れの色をしていた。


「気持ちを伝える努力したことはある?」



やさしさはにじみ出ているのに、あえて冷めた口ぶりをする。


椿は答えを得ないうちに立ち上がり、思いきりお湯を少女の顔面にぶつけた。


ぐっしょりと髪が濡れ、少女は呆然とまばたきを繰り返す。


やがて見下されていると腹が立ち、立ち上がる勢いにのって湯を椿にかけかえした。


歯をむき出しにする少女に椿は舌打ちをし、思いきり少女の髪を引っ張った。




「わたしにそれだけ言えるならあの方に直接言いなさいよ!!」



悔しくてたまらない。


そんなことが出来たら苦労していない。


(私にとって本音を叫ぶ恐怖がどれだけ大きなことか知らないくせに! 背中を向けられるさみしさも知らないくせに!)


少女をおどすように睨むのは卑怯だと歯を食いしばった。




「後から実は、って言われてもわたしは信じない」



椿は前に流れてきた髪を耳にかけると、憂いた目をして空を見上げて語りだす。



「凶作で水は枯れ、大地は乾いた。贄が悪かったから土地神様を怒らせてしまったとみんな慌てて次の贄を出すことに決めたの。そこで選ばれたのがわたしだった」



忌々しい話だと、椿は舌打ちをして負のオーラをむき出しにする。


誰もが好意を抱いていたやさしい娘が、こうも鬼のような顔をする現実に心が痛んだ。



「こうも美しい方の妻になると思えば憂さ晴らしになる。贄として役割を果たしたことは誇らしいわ」



椿にも帰る場所はない。


少女が帰れないのと同じように、椿も抗えずに棺に入れられた。


だが少女と大きく異なるのは悲しむ人がいたということ。


憎いと怒りを抱く相手がいることだ。


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