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第七話「戯れ」

数日経っても屋敷で椿に遭遇することはなかった。


顔をあわせると何を言えばいいかわからないので、不安はぬぐえないまま。


畑を作ろうと土を耕して気を反らそうとした。



「いたっ……」


クワの持ち手が逆立ち、少女の手のひらに棘が刺さる。


赤色が腕に伸びていくことに、銀世界に咲く花が脳裏によぎった。


(今はまだ……)


***



夜になると月冴が顔を出すようになった。


二人並んで縁側に腰かけ、空に浮かぶ満月を眺めて感嘆の息を吐く。



「ここの生活には慣れたか?」

「はい。……あの、椿さんは」


月冴の気づかいにうなずき、同時に胸に刺さったままの感情を吐露した。


「部屋を与えた。図太い女だ。夜になれば寝所に忍び込もうとする」



おかしな奴だと、月冴にしてはめずらしく声を出して笑った。


あまり見ることのない笑顔に、少女の心がモヤモヤして唇を丸める。


このような感情は月冴を縛りつけると、ふるっと首を横に振って口角をあげた。



「嫁ぐ覚悟と言っておられましたから。ここに来れるのは私だけではなかった。もう月冴さまはお一人ではないのです」


それが事実。


それを口にしただけなのに、月冴の眉がぴくっとあがった。



「”それ”は本気で言っているのか?」


棘のように鋭い声だ。


月冴を見ることが出来ずに肩をすくめていると、頭上からため息がした。


――強く肩を押され、少女の身体が縁側に倒れた。


顔の横に手をつかれ、真上に瞳孔を細くしたあやかしがいる。


白樺のように美しい指先が少女の唇をなぞった。



「たとえそうだとしても先に来たのはお前だ。今までここに送られた贄とお前は違う色をしている」


月冴を不快にさせる色を消そうと、炎で焼き尽くした。


残った焦げの黒さに、白さが恋しくなったと月冴は語った。



「椿は誰よりも焦げた色だ。白無垢を着ていたのは当てつけ以外の何ものでもない」


「それは月冴さまの嫁になるためで……」


「違うな。あれは憎悪だけでここに来た。それでもお前が先に来ていなければ死んでいただろう」



どういう意味、と疑問より先に月冴が物思いに沈んだ微笑みを浮かべた。


(私が先にって……。私はたまたま……)


生きてたどり着いただけだが、私より前に来た人は全員死んでいたのだろうか?


一人もいなかったとは思えず、少女は椿の冷めた顔を思い出した。



(椿さんがたどり着いたのもたまたま?)


可憐な花のようだった人が、瞳に光を失くしていた。


生きているのに、椿はまるで生きたくなかったと語るような目をしていた。




「あそこまですべてを拒絶することはないが……。あれはあれで一種の防衛反応だろう。お前にもお前なりの守り方があったんだ」


「月冴さま?」


そう言って月冴は語ることに飽いたようで、少女の上から退くと縁側で寝転がった。


最初の荒々しさはもうない。


今はおだやかな気持ちで一緒にいられる。


委縮する感覚はないと、くすぐったさに少女は目を伏せた。



(前向きに。前向きに考えたら私はなにをしたいのかな)



かつての願いは養父に振り向いてもらうことだった。


村でよく見かける子どもをかわいがる親のように少女を見てほしかった。


養父との距離が出来ても、その望みが生きているかもしれない。


長年抱き続けた”親としての顔”を見たかった。


それが起因となり、一心に役に立とうと駆けまわっていた。


ようやく腑に落ちたが、だからといって割り切れるものではないと喉の詰まりに指を置いた。



「ひとつ、わがままを言ってもいいですか?」


「なんだ?」


このつっかえを取るには時間がかかる。


模索しながら少女は欲求と向き合い、震える声で月冴に願い出た。



「膝枕、していただけませんか?」


「……は?」


少女の願いに月冴はすっとんきょうな声をあげる。


しかめっ面に少女は間違ったことを言ったと慌てて口元を隠し、「なんでもない」と慌てて身体を引っ込めた。



(なにを言ってるの! 月冴さまにとっては戯れでしかないのに! 私の抱く想いと同じものが返ってくるわけじゃないのに……)



戯れなのだから、期待した分だけまた鈍くなるしかない。


それならば最初から気づかないでいようと、少女は月冴を遠ざけようとした。


異常な自己嫌悪であることに気づかない。


それが少女にとっての当たり前だったので、期待よりも気持ち悪さが上回った。

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