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第四話「あやかしの街。変わってみたい」

***


鼓門を抜けると、鬼火が灯る一本道。


牛の頭をしたもの、腕に百の目がくっついた女と様々だ。



「手を離すな。はぐれるからな」


浮きたつ気持ちと不安定さ。


月冴の手を握り返すのが精いっぱいだ。



「こういう場ははじめてか?」


「はい。外はこんなにも賑やかなんですね」



見たこともない大きな塊の肉や、真っ赤なリンゴの飴細工。


ふわふわした綿をパクッと飲み込んでしまう河童と、取り巻く環境につい背伸びをしてしまった。



(月冴さまは私を連れてきて、どんな目的があるの?)



繰り返す退屈な日々しか知らない小娘を連れまわすとは、月冴は相当な変わり者だろう。


余計に胸がざわついた。



「はにゃ? 月冴様がにゃぜこんなところにいるにゃ?」


知らぬ声にパッと顔をあげると、瞳孔のするどい猫又がいた。


ぺろっと唇を舐め、尻尾をゆっくりと腕に巻き付ける。


「私がいてはおかしいか?」


「名のあるあやかしが下賤の町にいるのを不思議に思っただけにゃん」


そう言って猫又は侮蔑を込めた視線を少女に投げる。



「新顔ですにゃ。同族にお優しいことにゃ~」


「そういうのを無駄口と言う。知らなかったか、猫又?」


「にゃ~、こわいにゃこわいにゃ……」



猫又は腕を擦りながらサッと俊敏に去っていった。


月冴の連れに興味を抱くあやかしは他にもおり、強い視線が少女に突き刺さる。


怯えて後ずさると、顔を隠していたお面が外れて石畳に落ちた。



「人間だ」


「月冴様が人を連れている。食いものか?」


急いでお面を拾い、顔を隠すもすでに遅い。


ギラギラした目で詰められると、少女の背にじわじわと汗がにじんだ。



「この人間に手を出してみろ。その時は私が貴様らを食らってやる」



月冴の一言で空気が冷えきり、威圧感に肌がビリビリした。


あやかしが人の世界にまぎれるのは容易だが、その反対はほぼ不可能とされている。


入り込めばすぐにあやかしたちの餌食になるところを、月冴は押しつけられた側なのに守ってくれた。


それだけで胸が熱くなるのに、どこか冷静な気持ちもあった。



(生きてここに来た私が珍しいだけ。……嫌な考えになっちゃう)



「はじめてのことに興味がそそられるだけなのか」


月冴の呟きに顔をあげると、「いや」とすぐに否定して月冴は息を吐く。



「決めるのはお前だ。だがいつまでも自分を認識するのを避けるのはやめろ」


まっすぐな言葉に私はまだ怯えてしまう。


弱虫な私は見捨てられて当然なのに、月冴はそれ以上何も言わずに私の手を引いた。


あやかしたちが隙あらばと息を潜める中で、少女は深くお面に顔を埋め、カラコロ鳴る下駄の音だけに耳を傾けた。




(顔が見えなくてよかったなんて)


養父の後ろ姿に振り返ってほしいと願い、せっせと足を走らせてきた。


それなのに今は月冴に振り返ってほしくないと願っている。


いっそ手が離れてしまえばすべてにあきらめがつくのに……。



鼓門から出ると街が一瞬にして暗闇に消えた。


再び灯火の道を進もうとしたとき、ふと暗い感情に押しつぶされそうになった。


足を止めると月冴が眉をひそめて振り返り、少女を見下ろした。



「私を死なせてください」


「何? 」


少女の願いに月冴は低い声で咎める。


背中ではない、向き合った状態に少女は苦しくなってか弱い声で陰る思いを訴えた。



「私は贄として死ぬためにここに来ました。どうかキレイな思い出のままで死なせてください」


「ならぬ」


「え?」


一呼吸も間を置かないまま、月冴は少女の腕を引き寄せる。


乱暴なようでやさしい触れ方に少女の琴線が震え、伝わってくる体温に唇を丸めた。



たわむれに灰桜ごしに背中を撫でられると恥ずかしさに息が止まる。


月冴の行動すべてに泣きそうになれば、お世辞にもキレイとは言えない少女の黒髪を月冴は戯れに指で梳いた。



(やだ……。月冴様みたいなキレイな方に触れられると悲しくなる)


ごわごわして指ざわりが良くないし、手は荒れてざらついている。


洗練された美しさを持つ月冴と並ぶ資格すらない。


誰かに見られたくないと思ったのはこれがはじめてで、とても苦しいことと知った。



「少しは思い出したか?」


「思い……?」


肩を押されて月冴の胸から離れると、しっとりした親指で頬を横に撫でられた。



「自分の感情ににぶい。いいや、気づきたくなかったんだろう」


「いいえ。ちゃんと自分の気持ちはわかっています」


「私はお前ではないからはっきりとわからぬ。だから気にな……」



そこまで口にして、月冴はパッと目を反らし言葉を飲み込んだ。


やけくそになって少女に背を向け、手を引いたまま大股に進む。



(口の中がしょっぱい。どうして?)


「お前は生きたくないのか?」



顔の見えない月冴の背を見つめ、その問いに答える顔が見られないことに安堵する。



「生きていてはダメでしょう」


「それも想うのも仕方ないこと……か」


"自分は人間らしい生死の葛藤が希薄だ"、と少女はぼんやりと理解しつつあった。



「私は……月冴さまにとって不思議ですか?」



ドロドロした感情にまとわりつかれ、月冴が少女に見たものは……。



「助けを求められないのは皆同じか」



問いを投げても明確な答えは返ってこず、会話が会話にならずに終わった。




「死ぬことは許さない。これは絶対にだ」


「どうして……」



息と同化するほど弱い声しか出ない。


お面が更に壁となって、少女の声を月冴には届けてくれない。


手を引かれたまま月冴を追い、闇のなかに浮かぶ平屋の屋敷にたどりついた。


瓦屋根の門をくぐれば、空は一変して蒼穹が広がった。


振り返った月冴に少女は目を見開き、イタズラな微笑みに魅入った。



「めずらしい者に心躍るのも、長く生きてみれば貴重なものだからな」


(そっか。月冴さまはこんな風に言うしか出来ないんだ)


軽蔑に慣れてしまった少女には、皮肉めいた言葉の色がわかる。


月冴の皮肉は月冴自身に向けられたものだ。



(やさしいんだ。だから余計にさみしい)


少女が月冴のために何か出来るわけでもない。


長年ともに暮らした養父にさえ、たった数枚の貨幣に代えられてしまうような存在だ。


尽くそうが、やさしく接そうが、笑っていようが……捨てられた事実は変わらない。


これまでの生きた道を疑問に思えば、殻にこもりたくなった。



「生きてて……変わることがありますか? 死んだも同然なのに?」


「変わる。自分でどちらかを選ぶ日がくる」



月冴が詰め寄り、青空を背負って少女の頭を乱雑に撫でる。


はじめて息を吸い込んで、胸がいっぱいになる感覚を知った。


浮つく感覚に胸に手をあて、ぐっと首を伸ばして月冴の顔を見つめた。



「考えてみます。ちゃんと、どうすべきか考えます」


「あぁ」



目を奪われる。


単純に、キレイだと思った。


やさしい眼差しと、奥に秘めた憂い。


白銀の髪はたくさんのものを背負った月冴にはきっと白すぎる。


……それを少女は見ていたくなった。


(前を向くって、こういうことなのかな?)


月冴にやさしくされるたびに、頬がゆるむようなこそばゆさ。


お面を外して見せた表情は、きっと庭の片隅に咲く小さな花によく似ていた。

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