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第三話「月冴との距離」

その翌日、少女はどこにも行こうとせず部屋にいた。


障子扉を開いて庭を眺め、踏み出そうとしては引っ込めるを繰り返す。


(勝手に歩いていいのかわからない)


どうせ歩くのならばもう一度と、想像しては首を横に振った。


月冴と歩くことは出来ても一人だと前に踏み出せない。



(……あれ?)


縁側に触れた指先でわずかな振動に気づく。


だんだんと音が大きくなり、顔をあげると銀色のきらめきが空を流れていた。


あまりの美しさに釘づけになっていると、月冴の手が伸びて少女の手首をつかむ。



「外へ出るぞ」


「外ですか? って……きゃっ!?」


月冴に手を引かれ、もたもたと立ち上がる。


月冴の歩き方は大股で、少女がどれだけ急いでも追いつけない。


トロトロした歩きに月冴は思案すると、ひょいと少女の身体を抱き上げ肩にのせた。


少女の頬がカッと赤らむ。



「あのっ! お、おろしてくださ……」


「そんなフラフラでどうやって外に出れるというんだ」



抗議しても月冴に聞く気はなく、また高下駄をカラコロ鳴らした。


屋敷から出ると空の色が一変し、大気が澄み渡るような夜に変化した。


ここは本当にあやかしの世界のようで、高下駄の音は聞こえても足元は暗くて見えなかった。


暗闇の中で月冴の銀色はきめ細やかに輝いているので、どこにいてもまぶしい人なのだと思った。



「……あの」


少女の声に月冴は足を止める。


それは最初の一歩というのか、触発された結果なのか。


「自分の足で歩きたいです」


月冴の肩を押し、上から蒼い瞳をじっと凝視した。


予想外の願いに月冴は目を見開いて、少女から目を反らし言葉を選びだす。


「……見てのとおり足元は隠れてしまう」


「それでも。……お荷物は嫌ですから」



自分がどこにいるのかわからなかった。


自己認識のないままに生きていたから、生贄にされたことは悲しくても同じくらいにあきらめがあった。



それがダメだったのかもしれない。


自分を否定することに変わりはないが、そんな自分が嫌だと思ってようやく声をあげた。


月冴が手を引いてくれて、顔をのぞいても怒りが降ってこない。


背中を見るだけでなく、隣に並んでも、前から見ても、月冴から冷たい罵倒は飛んでこなかった。



足の遅い少女に歩調は合わせられなくても、同じ速度で歩こうとしてくれたことをうれしいと思った。



「……よくわからない娘だ」


月冴は少女の身体をおろし、何もない空間に手を横に振った。


鬼火のようなものが行列を成して一直線に伸びた。


あやかしの世界らしい光景に圧倒されている内に、月冴が少女を下ろして膝をついていた。



(えっ……?)



裸足の少女の足に触れ、滑る手つきで下駄を履かせた。

そして少女の手を取り、ふいっと顔を背けて歩き出す。



「その足ではすぐに捕まってしまう。手を離すな」



何に、と問うより先に彼が大股に歩きだす。


追いかけている背は不思議とあたたかい。


きっと横顔が燦々(さんさん)として見えるからだろう。


見惚れているうちに最後の鬼火にたどり着いたようで、何もなかった空間に巨大な赤い鼓門が現れた。





出会ったときはずいぶんとしかめっ面だったが、今はいたずらを思いついた子どものような顔をしている。


大股で荒々しいと思ったが、少女をおろしてからはゆっくりと歩いてくれた。


他人に合わせることに慣れていないのだろう。


時折確かめるような目つきで少女を横目に見ていた。


(ふしぎな人。おじさんは振り返ってくれなかったのに)


比べる対象としてはいささか間違っているような気がしたが、他に比較できる人がいない。


少女をとらえた村人は、山のふもとに暮らす二人をよく思っていなかった。


最初から少女と対等に目を合わせてくれた人はいない。


ぎこちなくも強い足取りを、玉遊びのような音に変えてくれる月冴は隣にいて気持ちが高揚した。




「あやかしの町だ。その前に」



月冴は衣の袖から狐の面を取り出し、少女の顔に貼り付ける。


視界が一気に狭まり、少女は面を浮かせて月冴の顔を見上げた。


「これはなんですか?」


「この世界で人間はすぐに喰われる。その面は匂い消しだ」


あくまでここはあやかしの世界。


嫌悪を向けられるのは同じでも、食う食わないの差は大きい。


少女は面をつけると、ソワソワ身を揺らした。



月冴がおだやかに微笑むと、滑らかな手で少女の手を引いて歩き出す。



(お面をつけていてよかった。だって熱いくらいだもの)



寒さには慣れていても、人肌を知れば表情が強張ってしまう。


背を向けられるのは胸が苦しくなるので好きではない。


だからといって目の前に現実離れした美しさが現れると、触れられたくない箇所に触れられた気分になるので、ハッキリしない重さが胸を圧迫した。



(少し怖い。だけど足を止めてしまうのも怖いから)


柄のない灰桜色の着物をかきよせ、月冴と同じように下駄を鳴らして前に進んだ。

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