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名前のない贄娘〜養父に売られた私に愛を教えてくれたのは孤独なあやかしでした〜  作者: 和澄 泉花


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第十二話「私の心は誰にも傷つけさせない」

「つっ……椿に何をした!?」



椿から想いが返ってこないことに焦った男は、やけくそになって月冴に目くじらをたてる。


あまりに無様な姿に椿はカッとなり、月冴に手出しをさせまいと手を伸ばす――が動きを止めた。



「月冴さまに触れないでください」


椿より先に少女が前に出て、男の手を振り払った。


「なんだキサマ! 小汚い女め!」


少女の抵抗に、男は隠しきれなくなった傲慢さと支配欲で殴りかかろうとした。



――別に殴られることは平気だ。


痛いよりも、月冴に危害を加えられる方がもっと嫌だった。



痛みに対して諦めの強い少女だが、歯がゆさを感じて少女のために動いてくれることはうれしかった。


自分よりも他の痛みに憤りを抱いて得なことはないのに、月冴も椿も躊躇がなかった。



「あんた本っっっ当に軽蔑するわ!」



椿が男の頬を平手打ちし、月冴は少女の手を引いて盾になる。


男は頬を手でおさえ、わなわな震えて裏返った声で吠えた。



「嘘だ! 椿がこんな態度を取るわけがない! 椿は……!」


「もっと従順で可愛げのある存在だった、とでも言いたいの?」



愛想が尽きたと言わんばかりに椿は男にほくそ笑むと、滑るような動きで男の手首を掴みあらぬ方向へ捻る。


男は激痛に叫び、椿に殴りかかろうとしてからすぐに後ずさった。



「お前ぇ、何を!!」


「わたしね、もう自分に嘘はつかないことにしたの。あなたが知ってる椿は死んだ」



男を睨む姿は椿の葉のように鋭く固い。


決別に男は敗北を悟り、地面に両手をついてうなだれる。


椿は見向きもせず、村人たちに見せつけるように月冴を「土地神様」と呼んで頭を垂れた。


「お見苦しいところを。申し訳ございません」


「いや、いい。お前は答えを出せたようだ」


月冴の言葉に椿はようやく儚い笑みを浮かべることが出来た。


それもほんの一瞬のことで、すぐに寒さのなかでも鮮やかに咲く花のように凛と微笑んだ。



「旅に出たいと思います。この村は私にはつまらない」


「そうか」


「はい」



やっと……と息をつき、椿は月冴に庇われた少女と目線を合わせる。


いつか見た可憐な娘と同じ優しい色に心臓をわしづかみにされ、目尻に涙を浮かばせた。



「あなたも、幸せを選んでね」



それだけ言うと椿は村人たちを一瞥し、切なく目を閉じ未練を捨てきって村から去っていった。


少女はたくましく生きる道を選んだ椿の背を見送り、言葉に出来なかった感謝を送り続けた。




「言いたいことはあるか?」



動揺の残る村人たちを顎でさし、月冴は少女の意志を問う。


それに対し、少女は淡く微笑んで首を横に振り、月冴の袖を掴んだ。


「この人たちに伝えたいことはありません。私の感情は向けたい人、向けるべき人に知ってもらうためにあります」


「そうか」


ならばよい、と月冴は少女の頭を撫でると退屈そうに村人の目を向ける。


あまりの迫力に村人たちは身をすくめ、一斉に膝をついて畏怖に震えた。


圧倒的な美しさとオーラ、月冴を直視出来ないと村人たちは冷や汗を流していた。



「私は土地神ではない。ただのあやかしだ」


「待ってくだせぇ! なら今年の冬はどう乗り越えりゃあいいんです!?」


「あなた様は豊作の神! 荒ぶる面を鎮めるために棺に贄を……」



突き放す口調に村人は青ざめ、慌てて顔をあげて月冴に救いを求める。


だが月冴の瞳孔が鋭くなったと気づくと、うろたえて腰を抜かしてしまう。


村人たちのまわりを火の玉が囲み、月冴は冷笑を浮かべて下駄をカラコロ鳴らした。


あやかしらしいイタズラな笑みをして、凍りつくほど底知れぬ声で警告を口にした。



「生贄とは言いわけを作るために生まれた慣習だ」


手のひらの上に狐火が浮かび、村人の前にしゃがみこむと顔面スレスレにまで火を近づける。


ガタガタと震えおののく村人に月冴は強者の顔をした。



「私はあやかしを封じるため、最初の贄となった。女狐が村を荒らしたのがはじまり。凶作と何の関係もない」


「で、ですが土地神様に生贄を捧げれば救われると……」


「ならばハッキリと言おう。私はお前たちを救う気はない」



泥のように身体にまとわりつく声で月冴は呪いを吐き出していく。


女狐は身体を欲して生贄を喰らい、月冴のもとに死んだ者たちを送り続けたこと。


日に日に増す妖力と、女狐に縛られて送った日々。


絶望して死にゆく者の嘆きに答えたくもなると、月冴はこれまでの鬱憤をまき散らしていた。




(月冴さまはなんでもないように語ってくれたけど)



その苦しみは想像を絶するものだっただろう。


妖力が強くなり、あやかしとしても孤立する。


怨念と化した女狐が身体を欲して生け贄を喰らい、絶望のなかで亡くなった骸だけが棺にあふれだす。


終わりの見えない孤独のなか、あやかしの世界に一人。



(巫女の血。月冴さまを助けられたのなら、私はこの血を誇りに思う)



重たい影を背負う月冴に手を伸ばす。


この手は愛しい人の手を取るためにあると知り、少女は怒りも悲しみも月冴のために抱きたいと胸を焦がした。



「女狐に渡しません。私が月冴さまを一人にしませんから」



そっと月冴の背に頬を寄せ、目を閉じてあたたかさを分け合う。


見つけることの出来なかった本音は近くにあった。



「自分たちでなんとかしてください」


少女は顔をあげ、月冴の手を掴むと立ち上がり不敵に笑う。



「月冴さまにお願い事をしてもいいのは私だけです。 月冴さまの願いは、私が叶えますから」



これ以上、月冴を傷つけさせない。


見苦しい欲をぶつけられるなら、何度だって弾き飛ばしてみせる。


少女は月冴の手を引いて後ろから抱きしめた。


体勢を崩した月冴がキョトンとした後、クスクスとくぐもった笑い声をあげる。



「本当に、お前はよく変わる女だ」



月冴は立ち上がると少女と向き合い、白く長い指先で少女の輪郭をなぞった。


蒼の瞳がいつもよりあたたかく見えて、くすぐったい甘さに少女は花のように笑った。


毒気を抜かれた月冴は少女の身体を抱き上げると、村人たちを囲んでいた狐火を消す。


「しっかりと掴まれ」


「はい」


この腕に抱かれると不安は消し飛んでしまうと知り、少女はもっと月冴に近づきたいと願った。


ようやく養父や村人たちに感じていたものを理解して、受け止め方がわかった。


ずっと悲しくて、悔しくて、腹を立てて恨み言を言いたかった。



(私にはもう必要のないもの)


大切にしてくれない人の背中をいつまでも見つめてはいられない。


隣に並んでくれる人の手をとり、どの道へ進もうかといっしょに悩んでいける関係が欲しかった。


月冴の首に腕をまわし、肩に顔をうずめると気づかれないように静かに涙を流した。




それ以降、村で土地神に生け贄を捧げることはなかった。


不作が続いても村人は諦めずに生き抜く道を選んだらしい。


土地神への信仰は続いたが、自然と共存していく道に進む。


もうこの村に来ることはないが、平穏に暮らしていけますようにと、最後のやさしい祈りを残して少女はサヨナラを告げた。


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