隣の杉村さん
僕の住む古いマンションの隣には、杉村さんという住人が住んでいる。最近に、越してきたのだが、挨拶にも来なかったから、いつの間に住んでいるのか知らなかった。杉村さんは、中年の女性だ。どこといって、特徴のない平凡な女性である。それが、この前に、僕の部屋を訪ねてきた。
「あら、こんにちは。でも、まだ寒いわね。いかがお過ごし?」
そう言って、杉村さんは、僕の顔をジロジロと眺めている。僕が返す言葉を探していると、杉村さんは、すかさずに、
「これ、よかったら、どうぞ」
と、手に下げた袋を差し出した。
中には、たくさんの蜜柑が入っている。僕は、差し出した杉村さんの手首を見て、大きな傷に気づいた。切り傷だ。それに気づいたのか、杉村さんが、
「あら、この傷?これなら、自分で切ってみたのよ。面白いでしょ、うふふ」
と言って、笑っている。それで、僕は、少し、気持ち悪くなって、早々に話を切り上げて、扉を閉めた。何だか、おかしな女性だな、と僕は、扉を閉めてから、思った。
それから、僕は、午後を、部屋でジャズ音楽を聞いて過ごした。それでも、さっきの女性のことを思い出しては、気になるのであった。理由は何だろう?なぜ、自分の手首を傷つけたりするんだろう。不思議だった。でも、音楽を聞いているうちに、そのことも忘れてしまった。
次の日である。インターホンが鳴ったかと思うと、また、杉村さんが来た。
「どう?今日は、どんな調子かしら?今日も、これ、持って来たの」
そう言って、また、袋を僕に差し出す。中には、たくさんの、さつま芋が入っていた。僕は、礼を言った。すると、杉村さんが言った。
「ねえ、この傷も見てくれる?」
そう言って、杉村さんは、上着の前の胸もとを広げて、僕に、ふっくらとした乳房を見せた。その乳首の近くにも、大きな切り傷があった。それを隠すと、
「これも、自分で、ナイフを使って切ったのよ!どう?綺麗?うふふふふ」
また、笑った。僕は、少し怖くなった。その様子を察知したのか、杉村さんは、
「あら、こんなの、痛くもないのよ。血は出るけどね。うふふ」
また、僕は、気持ち悪くなり、話を切り上げて別れた。
僕は、部屋で、袋のさつま芋を眺めながら、ぼんやりと、彼女の気持ちを察しようとしたが、無駄だった。分からないものは、分からないのだ。
次の日も、杉村さんが来た。彼女は、袋を差し出し、
「はい、これ。今日も、新しい傷、見てくれる?」
そう言って、彼女は、履いていたスカートをめくり、むっちりとした太ももの付け根についた切り傷を見せた。そして、うふふと笑っていた。
それから、毎日のように、杉村さんは、僕を訪ねてきた。そして、お配りの袋を渡し、そして自分でつけた新しい切り傷を、僕に見せるのだ。時には、パンティーまで脱いで、露骨な場所の切り傷まで、僕に見せた。僕は、辟易した。そんな毎日だった。
それが、ある日を境にして、彼女がピタリと来なくなった。僕は、変な話だが、少々、不安になっていた。なぜ、来なくなったんだろう?
それが、しばらくして、近所で話している噂話を偶然に耳にして、分かった。どうやら、彼女は、突然に失踪したようなのだ。誰かに誘拐されたのか、それとも、勝手に一人で、姿を消したのかは、分からない。ただ、部屋の中は何の変化もなく、身ひとつで姿を消したというのだ。すべてが謎であった。
それからというもの、僕は、彼女の行方を突き止めたいという衝動にかられていた。なぜか、気が済まないのだ。しかし、その手立ては、皆無であった。
それで、それから、しばらくの間は、僕は、実に奇妙な気持ちで、毎日を送っていたのであった…………………。