8:魔王、猫になる。いや、嘘だから
そんな和やかな雰囲気で、ノクティスもなんだかんだ悪くないかもしれないと受け入れ始めた頃。
「魔王様! あっちにいちごがありましたよ! ちょっと小腹が空く頃だと思いますし、軽く食べませんか?」
エミリアはそう言うと、切り株の上で休息を取っていたノクティスの腕を取り、問答無用で連れ出した。
しかし、連れてこられたのは毒性の強い魔毒蛇いちごが密生する場所。
(……こいつは俺を魔力酔いにさせるつもりか? いや、何を企んでいる?)
目をぱちくりと瞬かせながらも、ノクティスは思わず言葉を失った。
そんな彼の心情など知る由もないエミリアは、当然のように魔毒蛇いちごを摘むと、平気な顔で口に入れてしまう。
「おい待て! 人間がそんなものを食べれば死ぬぞ!?」
「え? またまた〜そんな脅し通用しませんよ〜?」
彼女はノクティスが冗談で脅していると思っているのか、笑いながら軽く否定する。
「いや、ちゃんと聞け! 私ですら魔毒蛇いちごは魔力酔いを起こすほどの危険な代物だ。普通の人間でも口に含むくらいなら問題ないかもしれないが食べ――」
ノクティスが必死に説明している間に、エミリアはケロッとした表情でもぐもぐ口を動かしている。
「って、ちょっと待て。お前何をしている……?」
「え、食べてますけど? あ、これ舌がピリピリしますね~。でもちょっとクセになる美味しさです!」
明るい声で平然と食べ続けるエミリアに、ノクティスは絶句した。
「は? え、なぜ君はそれを食べても平気なんだ?」
「え? 私、生まれつき状態異常が効きにくいらしいんですよ~! まあ、多少は痺れたりするんですけどね〜」
涼しい顔で語るエミリアに、驚愕のあまりノクティスは頭を抱え内心でモヤモヤを募らせる。
(なんなんだこの規格外の人間は! 私よりもこいつの方がよっぽど魔王じゃないのか!?)
そう自失してしまう自分がとても情けない。
「あはは〜魔王様、頭抱えて固まってる! どうしました?」
「……君が異常すぎて、流石に思考回路が停止してしまっただけだ」
「いやいや! 私、普通ですよ? ほら、ただのか弱い乙女ですし!」
「どの口が言うんだ! 君はもう少し、自分が異常だということを自覚すべきだと思うが!」
ノクティスは、不満を口にしつつもなんだかんだエミリアのペースに巻き込まれ、楽しい時間を過ごしていた。
しかし、そんな和やかな雰囲気を破るように、一瞬なにかの気配を感じとる。
(私たち以外に誰かいるのか……?)
訝しんでいると、唐突に森の奥からキランッとした白い光が飛んでくる。
(ん……? あれは……)
ノクティスが目を細めた瞬間、森の奥から鋭い光がエミリアに向かって飛んでくるのが見えた。
「エク――おい!」
そう声をあげ危険を知らせようとしたが、彼女は未だに魔毒蛇いちごを貪り中。
咄嗟に魔法障壁を張ろうとしたが、焦りからか判断が遅れ――エミリアを庇うように抱きしめる。
しかし、エミリアは自分に向かって何かが飛んできたことにまったく気づいていないらしい。
「魔王様どうしたんですか? ようやく甘えたくなりました?」
ニマリと満足気な笑みを浮かべながら、彼女はそっと彼を抱きしめ返す。
「ち、違う! これは、その……」
言葉に詰まりながらも必死に弁解を試みるノクティス。しかし、エミリアはほんのり頬を薄桃に染めながら、彼を見上げて呟く。
「魔王様ってムッツリだと思ったら、意外と積極的なんですね~? びっくりしちゃいました!」
そんな彼女の反応に、彼は目をぐるんぐるんと回しながら、複雑な心境を必死に言葉で表そうとした。
「だから違うと言っているだろう!」
そんな否定をしている中、攻撃ともいえない光をまともに受け止めてしまう。
刹那。鈍い痛みが体を支配し、一瞬息が詰まるような感覚。何かを書き換えられるような――なんとも言えぬ気持ち悪さが残る。
だがそれは数秒のできごと。それ以外では特に違和感を覚えたり異常は感じられない。
(なんだったんだ、今のは……攻撃だったのか……?)
疑念を抱くに悶々と考え込むノクティス。
エミリアはは、そんな彼をじっと見つめ、不思議そうに小首を傾げながら疑問を口にする。
「あれ? 魔王様、なんか背が縮んでません?」
「は? そんなわけあるか! いいか、私は魔王だぞ、背が縮むなどと……」
ノクティスがクワッと怒号した直後、ポフッ! と軽い音と同時に白煙が立ち昇る。
「え?」
エミリアは突然の出来事に目を丸くして、思わずなにかの魔法を詠唱する。
「風の精霊シルフィードよ、大地を覆う霧を払え──フォッグ・ヴィント!」
瞬間。突風が生まれ、大地を揺らし白煙をたちまち消し去っていく。
だが、それは上位の風魔法。ノクティスは、目を丸くしながら抗議の声を上げた。
『おい! いきなり上位風魔法を使うやつがどこにいる!』
そうしっかりと口にしたはず。しかし、出てきた言葉は――
「……にゃ、にゃにゃにゃあ!」
ただそれのみ。
「……にゃ?」
ノクティスは状況が飲み込めず、自分が出した声に驚いた。
(……なにが起きている? なぜこんなに視界が低い?)
恐る恐る視線を下げると、小さな黒い前足とピンク色の肉球が――
(……ん? まさかこれは……)
「にゃあああああああああ!?」
ようやく自分がどうなってしまったのか理解したノクティスは、パニックに陥りジタバタと暴れ狂う。
そんな彼をじっと見つめるエミリア。しかし、すぐ状況を理解したらしい。
「え、もしかして魔王様ですか!? めっちゃ可愛いんですけど!?」
目を輝かせて猫化してしまったノクティスを抱き上げると、満面な笑みで頬ずりを始める。
(こ、この女……! 状況を理解しているのか!?)
そう思いながら必死に彼女の手から逃れようともがくが、なぜか魔力暴走が一切起こらない。というより自身の体から、魔力がまったく感じられない。
「ふふっ。魔王様めちゃくちゃ可愛いですね! でもどうして無尽蔵に魔力があるはずの魔王様から、魔力が感じられないのでしょうか?」
問いかけるエミリアに、ノクティスはムスッとしながらもその理由を探る。
(多分だがこれは……魔力の枯渇だな)
心当たりはあれどらそれを口にするのはプライドが許さない。
「にゃ。(知らん)」
ノクティスは、ふいっと顔を逸らしぶっきらぼうな態度を貫いた。
だが、エミリアはくすくす笑うと、彼を更に強く抱きしめチュッと濡れた鼻に軽く唇を落として宣言する。
「理由はよくわかりませんけど、魔王様が戻るまで私、一生懸命溺愛係頑張りますね!」
「にゃあああああ!(俺に何をするんだ! 離せ、なんでもいい、今すぐ元に戻せぇぇぇ!)」
しかし猫の鳴き声しかで出ず、エミリアもそんな彼の抗議など、一切気に留めることはなかった。
次回は明日3/22 20:00頃更新予定になります!
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