6:魔王、紅茶デビューする
(なんだこの匂いは! またあの女が変なことをし始めたのか!?)
ある日の午後。魔王城の一角から、甘やかな香りがふわりと漂ってきた。その香りにつられるように、ノクティスは廊下を歩き回り、キョロキョロと辺りを見回す。
そう思いながらもここらでガツンと言わなければ、魔王城が完全に彼女の手中に落ちてしまう。それだけは避けなければいけない。
ノクティスは、訝しげに眉を寄せつつも、香りの元へ近づくと、部屋の扉が勢いよく開かれエミリアが笑顔で顔を出す。
「あ、魔王様! ちょうどよかったです! 新しいお茶を淹れてたんですよ~。一緒にいかがです?」
そんな部屋の奥からは、先ほどの香りがさらに濃厚に漂ってくる。ノクティスは無意識に喉を鳴らしながら、顔を逸らしぶっきらぼうに言う。
「ふっ、お茶など私に必要ない。それもそんなに甘そうなものなど……」
だがその視線は無意識に紅茶の方へと向いてしまう。そのちょっとした好奇心を読み取られてしまったのか、エミリアは即座に言葉を遮り答えた。
「あ! それなら大丈夫ですよ? ダージリンなんかのクラシカルから、アールグレイ系のフレーバードティー、お好みでしたらミルクティーやシチュードティーも作れます!」
「ダージリン? フレーバード? なんだその呪文や魔族の名前は! やはり魔王の座を狙っていたのか!?」
「なんの話しです? 別に、私は権力や地位、名誉に興味はありません!」
「じゃあ何に興味があるんだ!?」
「そんなの決まってるじゃないですか〜! 魔王様が私にいつ甘えてくれるかな? って部分にとても興味がありますね!」
「甘えるか! 私は絶対にお前に甘えることはない!」
ノクティスは、さらりと口説き文句を言ってくるエミリアにペースを崩されながらも、大声で否定した。
だが、そのやり取りはいつものこと。特に気に留める様子もなく、エミリアはノクティスを部屋に引きずり込む。
◇
「さて、まずはフレーバードティーですよ! 茶葉に花や果実などで香りをつけたお茶で、これは薔薇の花びらを使ったローズティーです。香りはどうですか?」
「ふん。酸味が効いた匂いだな。しかし、どうせ甘いのだろ?」
ノクティスは一瞬ためらったものの、そっと口をつける。途端に華やかなバラの香りが鼻をくすぐり、思わず目を見開いた。
「……甘く、ないだと!? なのに、まるで花の蜜を飲んでいるようだ! なんだこれは!?」
そんな彼の反応を見て、エミリアは得意げに微笑んだ。
「でしょう? 次はクラシカルティーで、ホワイトティーを淹れてみました! 茶種はダージリンで、茶園はバダ○タムになりますね! これは紅茶本来の味と香りを楽しむもので、純粋な茶葉だけを使っていますよ〜」
次に差し出されたのは、薄い琥珀色の緑茶に似た紅茶。ゆっくりと香りを嗅ぐと、深く落ち着いた香りが鼻腔を満たしていく。
「なんだこれ、ただのお茶じゃないか」
ノクティスは、先ほどのフレーバードティーとは異なる落ち着いた香りに、どこか不満げにボソリと呟いた。
「まあ、FSですからね。一度飲んでみてくださいよ!」
「FS? なんだそれは……」
「あ、ファーストフラッシュの略称ですね。その年の初めに摘まれた茶葉のことです!」
「そうか」
ノクティスはそう一言、口を尖らせ茶器に口をつける。
「……何だこの繊細な味は! それにまろやかだと!? 私が知っているお茶と全然違うではないか!」
ホワイトティーは口触りが滑らかで、上品な緑茶のような香りが鼻に抜け、ほんのりとした甘みを余韻としてもたらしていく。
そんなじんわりと広がる茶葉の余韻に、ノクティスは気づけばうっとりと目を細めていた。
「へへっ! どうですどうです? 紅茶も良いですよね〜」
「むっ……。いや、私はまだ認めん! 魔族には必要ない!」
「もぅ〜! ほんと、魔王様はひねくれすぎです! ま、そういうところも可愛くて、も〜っと甘やかしたくなりますけど!」
エミリアは、ニマリとした笑みを浮かべ、ムスッと仏頂面をしているノクティスの頭を優しく撫でてやる。
「や、やめろ! 気安く触るな! そもそも私はひねくれてなどいない! 君のパーソナルスペースがバグっているだけだろ!?」
「ははは〜! ま、次の紅茶行きましょうか!」
ノクティスのツッコミも虚しく、エミリアが次に差し出したのは、茶器から湯気が立ち上る、やや白濁りした色合いの紅茶。
(なんだこれは……ドブのような見た目だな)
彼は始めてみる奇妙な色の紅茶に、眉根を寄せて難しい顔を見せる。
「これはシチュードティーですね! 果物やスパイスを牛乳と一緒に煮込んだお茶です。寒い日や疲れた時にぴったりなんですよ~今回はマサラチャイですね!」
「……そうか」
ノクティスは、差し出された茶器を無意識に受け取ると、一瞬だけ本当に大丈夫なのか? と疑念を覚える。しかし、フレーバードティーもクラシカルティーも普通に美味しかった。
彼は、問題ないだろうと結論づけ一口飲んでみた。
マサラチャイは、柑橘系の爽やかな酸味と、シナモンやクローブの温かなスパイスの香りがふんわりと広がり、心身ともに癒しを与えてくれる。
瞬間、ノクティスは子供のように目を輝かせ、はしゃいだ声を上げる。
「これは……身体が温まるようだ。気に入ったぞ! もう一杯寄越せ」
すっかり紅茶の虜となったノクティスに、エミリアはにこにこと微笑むと、マサラチャイを再び茶器に注いでやる。
「気に入ってもらえて嬉しいです! 魔王様がこんなに紅茶を好きになってくれるなんて意外ですね~」
「別に好きではない! たまたま私の口に合っただけだ!」
(なぜ私は、こんな人間が淹れたものに惹かれているのだ?)
そう内心で若干の苛立ちを覚えながらも、ノクティスは目の前の紅茶を美味しそうに飲み続けている。
そんな彼の様子を微笑ましく眺めながら、エミリアは楽しげに呟いた。
「あはは! じゃあそういうことにしておきます!」
「どういうことだ!?」
「ん? いやぁ〜。魔王様は素直になれなくて可愛い魔族さんなんだなって!」
「やめろ! 頭を撫でるなどと……魔王がそんな子供のようなことを許すとでも――いや、撫でるな! お前、聞いてないだろ!?」
ノクティスは、まるで野良猫のようにシャーシャー威嚇しながらも、その日を境に、魔王城では毎日のように様々な紅茶の香りが漂うようになったのだった。
ああああああああぁぁぁ!ごめんなさい!普通にごめんなさい。
シチュードティー▶︎ロイヤルミルクティーのことです!




