4:魔王城、失脚!? 魔王のピンチ……えっ?
エミリアが魔王城に居座ってから、城内の雰囲気がどんどんおかしな方向に変わり、度々妙な光景を目撃することが増えていた。
「……ふんふふ~ん、ふんふん~♪」
「お、おい。お前、なんだかやけに上機嫌だな?」
「ああ、魔王様! それが実は、今朝エミリア様が淹れてくださった“紅茶”とかいう人間界の飲み物が絶品でして! なんでもエロスとかいう怪しい名前でしたが、一口飲んだらもう虜になっちゃいました!」
コカトリスにも似た鳥魔族の部下が頬を赤らめ、恍惚とした表情でうっとりと語る。
(エロス……だと? 人間界にはそんな危険なものが存在するのか!?)
ノクティスは、彼らが何か怪しげな術に掛けられているのではと疑い、警戒心が余計に募っていく。
それは別日にも。廊下を歩いていると食堂から怪しい声が聞こえてきた。
「う……うますぎる! こんな柔らかい肉、初めてだ!」
「ああ、もう干し肉には戻れない……!」
魔族たちが涙を流しながら感動している姿を目にし、ノクティスは不穏な気配を感じざるを得なかった。
(何が起こっているんだ、この城は……)
そんな不穏な変化が訪れていたとある日。
朝早く目を覚ましたノクティスが廊下に出ると、いつも陰気で薄暗い城の中が、妙に明るく華やかになっていることに気づき唖然とする。
(また、城の雰囲気が変わってないか? いや、気のせいか?)
一瞬だけ、錯覚を疑ったがどうや気の所為ではないらしい。
「魔王様、おはようございます!」
「今日もお元気そうですね!」
少し城を歩くだけで、城内で働く魔族たちがなぜか笑顔で挨拶してくるようになっているのだ。
その表情はあまりにも生き生きしており、まるで人間界の商業地区のような活気に満ちていた。
(いや、おかしいだろ。なぜ人間の真似ごとなど……何が起きているんだ……?)
動揺を隠せず、軽く城内に雪が降り始める。
もちろん、犯人はノクティスだ。軽い動揺ならば雪や霰、雨くらいで済むのだが――これ以上動揺させてしまえば、たちまち猛吹雪に見舞われ、死者が出る可能性も。いや、多分嘘なのだが。
ノクティスは、部下たちが笑顔で挨拶してきたり、城内の雰囲気が変わった理由を探ることにした。
(もしや、あの女がなにかしたのか? あいつの魔法耐性は魔族にも匹敵する。つまり、あいつが洗脳系の魔法を掛け――)
そんな邪推をすると同時に、そういえば今日は一度もエミリアに会っていない。ノクティスは、ハッとするといてもたってもいられない様子で彼女を探し始める。
(あいつ、この私を魔王の座から引きずり下ろそうとしているのでは……?)
一瞬、それはダメだ。私は魔族を守るべき存在。弱気を救い、悪を裁く。どんな魔族も住み良い世界にしなければいけないのだ。と強く自分に言い聞かせる。
が――
「いや待てよ。俺……いや、私は他者と関わるのが苦手だ。あいつが表面上の魔王になってくれれば、悠々自適な引きこもりライフができるのでは……?」
そんな願望が喉をついてでる。しかしすぐ我に返ると、私は何を考えている! と自分の願望に動揺し、ちょっぴり雪の威力が増していく。
そんな己の弱さに悶々としながらも、ノクティスは食堂へ向かい――魔族たちが変わってしまった謎が一瞬で解けた。
「さあ、皆さん! 本日の朝食はエッグベネディクトですよ〜!」
「おおお!」
エミリアが嬉々として手を叩くと、魔族たちはまるで飢えた獣のように目を輝かせ始める。
(エッグ……なんと言った? いや、そんなことなどどうでもいい。なんだその禍々しい響きの呪文は……!? 本気で魔王城を乗っ取るつもりじゃないだろうな!?)
内心で動揺が募っていくが、ここは平常心、平常心。ノクティスは数回深呼吸をすると、コホンッと咳払いをひとつ。
「あ、魔王様おはようございます〜! 咳払いなんかして、どうしたんですか? 私がほかの魔族さんたちと仲良くしているのを見て嫉妬ですか〜?」
「君の脳内はどうなっているんだ? なぜお……私が、嫉妬など下賎な感情に振り回されなければならぬ!」
「え〜! 絶対魔王様って、嫉妬深そうな気がするんですよね〜? きっと、初夜なんてお前を離しはしない。私の傍にずっといろ、どこへも行くな。私を一人にしないでくれとか言って甘えてきそうですよね!」
両手を頬に添えながら、ニマニマとした顔でご満悦のエミリア。
(こいつはまた、なにを言っているんだ? 私がなぜそんなことをすると思っている……)
そこまで考えた瞬間、ノクティスの脳内にエミリアのとある言葉が反響する。
『それから性癖は、監禁や調教モノとか好きですね!』
それを思い出した瞬間、軽く目眩を覚えノクティスは額に手を当て嘆息した。
「それは君の性癖だろ!?」
「あ、魔王様、私のこと興味なさそうにしていたのに、性癖覚えていてくれたんですね〜! もしかしてムッツリだったりしますか?」
「誰がムッツリだ! 聞いていないのに教えるお前が悪いだろ!」
「いやいや、聞いてきたじゃないですか! だから私、名前から誕生日。それからスリーサイズも教えてあげたんですよ?」
平然とした顔で、まったく身に覚えのないことをでっち上げられ、それを聞いていた周りの魔族たちが好奇な視線を彼に向ける。
「いや、私は断じて聞いていない! 君が勝手にペラペラとだな!」
「ま、それはいいとして。魔王様もどうぞ〜! ちゃんとポーチドエッグに特製のオランデーズソースをかけましたから!」
「話を聞け! しかもなんだその呪文は!? いや、そもそも勝手に城の食文化を変えるな!」
「え〜、だって魔族の皆さんが毎日干し肉やパンだけだなんて可哀想じゃないですか!」
そう言って、エミリアは今のご飯と干し肉やパンのみどちらがいいか確認を取る。
すると、魔族の一人が声を上げた。
「今が――」
しかし、ノクティスが鋭い眼差しで牽制し、最後まで言葉は紡がせない。
「いや、魔族とはそういうものだ! 快適な食生活など不要なのだ! お前たちもそう思うだろ!?」
彼は魔族たちに共感を求めようとしたが、誰一人としてノクティスと目を合わすものはなく、みな「あ、そろそろ持ち場につかなきゃー」、「そうだね。今日も頑張ろー!」など、若干棒読み具合で食堂を後にしていく。
(はあ!? あいつらはなぜこんな小娘に飼い慣らされているんだ!)
内心で怒りを覚えていると、エミリアがにこやかな笑みで間を詰める。
「ほら、早く食べませんか? 冷めちゃいますよ?」
「いや、そんなことどうでもいい! それよりも、お前は一体何が目的だ? このままでは魔王城の威厳が失われる!」
「威厳? そんなの美味しいですか?」
「食べ物ではない! 城の厳かな雰囲気や恐怖が無くなると言っている!」
「ああ〜、大丈夫ですよ! 魔王様がいつも不機嫌な顔をして怒っているので、恐怖ならちゃんと残ってますから!」
「そういう問題ではない!」
エミリアは彼の怒りに対して相変わらず平然としており、さらに追い討ちをかけるように言い放った。
「それに、魔族の皆さんも快適なほうがやる気出ますよね? 本当は魔王様も嬉しいくせに〜!」
「嬉しいわけないだろう!」
そう言って、ノクティスは怒りで魔力を放出し、エミリアを威嚇しようとしたが――
「あ、今日はどんな魔法ですか? 植物? 炎? それとも雪がチラチラと降っていますし氷? 楽しみにしてますね〜!」
逆に期待されてしまい、完全に調子を狂わされてしまう。
だが彼には取っておきがあった。
「ふっ、今回はこれだ」
そう言うと、ノクティスは軽く指を鳴らす。
すると、食堂の重力が何倍にも増し、エミリアを床に押し付けようとする。
それは、確実にエミリアに命中しているはず。しかし彼女はまるで重力魔法など存在しないかのように、軽やかに立っている。
「あれれ? 急に肩が凝りました? おお! 私まだ一度も肩こりなったことが無かったんですよ! 魔王様、どんな手品を!?」
一瞬だけキョトンと首を傾げ、何かした? と言いたげなエミリア。しかし、すぐに興奮を孕んだ声をあげるのだから溜まったもんじゃない。その態度はどこか挑発的にも思えるが、ノクティスは絶望するしかない。
(まさか重力魔法が肩こり体験になるとは……ああ、もう俺は知らん!)
もはや抵抗する気力を完全に失ったノクティスは、深くため息をつく。
その横でエミリアは、また楽しそうに城の中を駆け回り変革をもたらしては彼を困惑させ続けるのだった。
この後、16:30に5話投稿予定!
エロスはマリアー○ュフレールさんから出ておりますので気になった方は是非!フランス茶なので香り良いかと!(イギリス茶やクラシカル茶が好みの方には合わないかも!?)
※下ネタだと思われたくないので注釈入れとく……※




