23:魔王、呪い解除されるも納得できない。
翌朝、ノクティスは目を覚ますと再びエミリアがいないことに気づいた。
「……ぬわ~ん? (またエクレアがいないではないか!?)」
しかし、すぐさま昨日の夜、夢現で聞いた彼女の言葉が脳裏を過ぎり、ノクティスの背筋に嫌な予感が走る。
『だから私、帰りますね?』
(まさか、エクレアのやつ、本当に帰るつもりなのか!?)
焦ったノクティスは、慌てて窓から部屋を飛び出すと、魔王城の外へ駆けだす。
城門を抜けてすぐ目の前、森の中にはエミリアと数人の人間が立っている。その中心には、明らかに雰囲気の悪い、白髪混じりの男性がエミリアに向かって何かを話していた。
「お父様! 昨日と話が違いますよ!?」
「エミリア、君は良い子だろ? 父の気持ちも汲み取ってはくれないか?」
「嫌です! そんな話、私は聞いていません! だから絶対嫌です!」
何の話をしているのかはわからないが、珍しくエミリアが怒っていることだけはわかる。
ノクティスは何の話をしているのかと、思わず草陰から顔を覗かせてしまい――エミリアの父と目が合い数秒。
「タイミングよくでてきたな、極悪猫魔族め!」
エミリアの父親は不敵な笑みを浮かべ、部下たちに命じる。
「調度良い。あの猫を討伐せよ! 我らが先代の魚の恨み、今こそ晴らしてくれるわ!」
「ふにゃああああああ!? (はあああああ!? おかしいだろ!? 魚ごときにどれだけの執念を抱いているんだ!?)」
ノクティスは呆れ返ったが、そんなことはお構いなしに人間たちは次々と魔法をぶっ放してくる。
「うな〜! みゃうまうにゃわんわんにゃ! (やめ、やめろ! たかだか魚だぞ!? 魚の恨みを子孫に晴らしてもらうって、どんな先代なんだああぁぁぁぁ!)」
叫びながらノクティスは逃げ惑い、エミリアの父親が連れてきた兵士へ襲いかかろうとする。
しかし、その動きを察知した父親は、即座にエミリアを掴み、鋭い刃物を首筋に突きつける。
「抵抗するならば、こいつを殺す!」
「にゃあああああ!?(魚ごときで血の繋がりはないとしても、大切に育ててきたであろう娘を人質に取るとは正気か!?)」
ノクティスは動揺しながらも、ピタリと立ち止まる。
エミリアを人質に取られ、無数の攻撃魔法が向けられ、どうすればいいのか――彼は静かに唇を噛む。
「ハッハッハッ! 無様だな! 先代の遺言には、魚を盗んだ挙句、恩を仇で返したと書いてあった! エミリアを失いたくなくば、その命で償うのだ!」
冷徹に意味不明なことを叫ぶ父。エミリアは激しく首を横に振り、訴えかける。
「お父様! こんなこと間違っています! 魔王様は何も悪くありません!」
しかし、その言葉は魚の恨みを持ち続ける父の耳には届かない。
ノクティスはエミリアの悲痛な叫びを耳にしながら、自らの内に湧き上がる感情に戸惑いを覚える。
── 私は魔王だ。魔王たる私が、ただ一人の人間のために全てを投げ出すなど、あり得ぬことだ。
だが、チクリと胸に渦巻く痛みがそれを否定する。
彼女笑顔が、暖かな手が、自分の世話を文句言わずしてくれた無邪気なその姿が、鮮明に脳裏を過ぎっていく。
彼女を失うということは、あの優しい時間も、暖かな日常も、全てが消えてしまうということ。
それに比べれば、自分一人が犠牲になることなど大した問題ではないと、彼は心のどこかで思ってしまう。
(――いつの間に、こんな感情を抱くようになってしまったのだろうな……)
ノクティスは小さく笑みを零す。
その笑みは苦く、そしてどこか儚かなげな決意が篭っている。
瞬間、彼は抵抗する気力を失ったように、ちょこんっと地面に座ると、自身に飛んでくる魔法を一身に受け止めようとした。
「魔王様! ダメです! そんなこと絶対に私は許しません!」
ノクティスは柔らかな瞳でエミリアを見つめ、静かに首を振った。
「にゃううにゃんぬわ〜。(エクレアが無事なら、それでいい。短い間だったが……まあ、悪くない時間だったぞ)」
――刹那、エミリアの中で何かが強く弾ける。
「話が違います、お父様! 私は魔王様の溺愛係なんですから、そんなこと許しません!」
彼女は、近くに落ちていた壊れかけのほうきを手に取り強く握り締めると、ノクティスの前に立ち塞がり、迫り来る攻撃魔法を華麗に打ち返す。
「は?」
そのあまりにも予想外な展開に、呆気にとられるノクティスや父親たち。そんな彼らを尻目に、エミリアは堂々と宣言する。
「私、魔王様の溺愛……じゃなかった、お世話係なので! 魔王様は私がこれからもず~っと溺愛しますので! 心配しなくて平気です!」
しかし、その瞳は普段の無邪気な笑みは消失し、憤怒を纏うような鋭い光を宿している。
そのあまりの豹変ぶりに、父親をはじめ兵士たちは唖然とした様子で固まったまま。
だがキレてしまった彼女はもう制御不能。にこりと愛らしくも不穏な笑みを浮かべると、声を低くして問いかけた。
「さて、皆さん。どういうお仕置がご希望でしょうか?」
威圧的なオーラが場を支配し、周囲の空気が凍りついたように張り詰めていく。
そんな狂気を孕む彼女に、思わず父や兵士たち後ずさりながらも声を上げた。
「エ、エミリア……お前は先代の恨みを果たす義務を放棄するというのか!?」
「義務を放棄……? 違いますよ、お父様」
エミリアは首を小さく横に振ると、ふわりと魔力を解放する。それと同時に、髪が微かな光を帯びて舞い上がり始めた。
「私はただ、大切な魔王様を守りたいだけです。私の大切な魔王様を傷つける悪い人には、お仕置きが必要ですよね♪」
瞬間、彼女の足元に複雑な魔法陣が展開され、辺りを強烈な光が包み込む。
「──空間を司る古の摂理よ、我が意に従い、此処に在らざる者たちを在るべき場所へ還せ──ディメンション・リヴァース!」
彼女が静かに詠唱し終えると同時に、膨大な魔力がうねりを上げて、次々に人間たちを飲み込んでゆく。
「なっ、なんだこの魔力は!?」
「か、身体が動かない……!?」
動揺した様子で声を上げる兵士たち。しかし、エミリアは容赦しない。
「はい、では人間の皆さん、撤収してくださいね~!」
そう言って微かに微笑むと、光が一気に弾け――あっという間に父親以外の兵士たちが姿を消していった。
その場に残ったのは、エミリアとノクティス。そして彼女の父親のみ。
「さて、お父様。何故こんなことをしたのですか?」
優しく問いかけるエミリアだが、その声は冷えきっており、選択をを誤ればすぐに首を落とされそうな雰囲気。
父は焦りを滲ませながら、必死に声を上げた。
「こ、これはだな! 数百年前の先代の遺言なのだ! そこの猫魔族が、魚を盗み、恩を仇で返したのが悪いんだ!」
そう言って正当化を測ってみるものの、聞く耳は一切持ってくれない。
「ふふっ。魚さんごときで魔王様を狙うだなんて、そんな嘘良くないですよ? ほら、チーズケーキさんには魔王様を無力化して新世界を〜とか言ってらしたのでしょ?」
「いや、それは……! そういえばあの牛魔族を味方に付けれると思ってだな……って! あの魔族はどうしたんだ!?」
「? 爆破しましたよ?」
「はああぁぁぁぁ!?」
彼女の言葉に、さすがの父親も目玉を飛び出させ、声を張上げ叫ぶ。
(ま、そういう反応になるのも致し方ないだろうな)
そんな父の肩を持つように、ノクティスは内心で呟くと、小さく嘆息する。
だが、エミリアからすれば爆破=セーフの謎理論があるため、驚く理由が理解できない。
「ま、魔王様を狙った理由は後ほどたっぷりとお聞きしますので! まずは、魔王様に掛けた呪いを解除してくれますか?」
優しく微笑み、完全に主導権を握り父親に迫るエミリア。その笑みに、父の背筋がゾッと震える。
しかし、念願の猫魔族討伐ができるチャンス。父は往生際悪く渋り続けた。
だが、彼女のその笑顔に威圧感が込められていく度、父は諦めたように肩を落とし――最終的には小さく頷いた。
「……わかった。全く、お前には敵わんよ」
父親は渋々術式を解除すると、ノクティスを見下ろしながらため息をつく。
「運が良かったなこの魚泥棒め!」
「にゃおおん! (誰が魚泥棒だ!)」
そう威嚇しながらエミリアの父親に文句を言うノクティス。そんな彼をエミリアは優しく抱き上げると、満面の笑みを浮かべる。
「良かったですね、魔王様! 人型に戻れますよ!」
「にゃ……うにゃあぁぁぁぁ!? (ああそうだな……って! 俺が猫になった意味あったのかこれ!?)」
ふと呪いをかけられた経緯がしょうもなさすぎて、ノクティスはキョトンと小首を傾げた。
しかし、そんな彼の疑念など気にせずエミリアは、普段通りな様子で、ノクティスの額にチュッと軽く口ずけを落とす。
すると、突然彼の身体が光り――




