21:魔王、温泉に行く。
そんなある日のこと。
エミリアの父親が黒幕かもしれないという気づきを得て、ノクティスは術式解除のため、小さな頭で悶々と考え込んでいた。
そんな中、彼女が唐突なことを言い始める。
「魔王様、最近頭を使いすぎてお疲れじゃないですか?」
「にゃ? うな? (は? 何を急に言い出すのだ?)」
怪訝そうにエミリアを見上げるノクティス。彼は小さく丸まったまま、ベッドの上でキョトンとしている。
「ほら! 引きこもってばかりでは、良くないですよ? 猫ちゃんって、光合成するって言うじゃないですか! 気分転換が必要だと思います!」
「にゃにゃあおにゃあ!? (猫はいつから植物になった! 光合成などせん! お前の頭の中はどうなっているんだ!?)」
「も〜、そんな細かいこと良くないですか? ほら、温泉に行けば呪いも解けるかも!」
「にゃわわんにゃあ……にゃー!? (呪いにかかった元凶が何を言う! そもそもお前の父親が原因だろ……って、温泉だと!?)」
ノクティスは驚きと怒りで思わず毛を逆立てるが、エミリアは全く気にしない。
(こいつ、何言っているんだ? 猫が温泉に行けるわけがなかろう!)
内心で動揺を隠せずにいるが、彼女は特に気に留めない。なんなら当たり前な様子でニコニコと旅行バッグを取り出し、既に荷造りを始めている。
「大丈夫ですよ~。猫だって温泉に入れますって! 最近だと、猫用の浴衣とか浮き輪とか、色々あるみたいですし! ね、行きましょ!」
そう言ってはいるものの、彼女の中では既に行くことが決まっている。いくらノクティスが拒絶しようが、猫の体で拒絶したところで、猫用キャリーに入れられ勝手に連れていかれてしまう。
「うにゃあ! うなうにゃう〜! シャーアアアア!! (おい! 俺は魔王だぞ! こんな狭いところに詰め込むな! 俺を解放しろぉぉぉぉ!)」
「むっ。魔王様、いいですか? 今の魔王様はと〜っても可愛い猫ちゃんなんですよ? あまり文句を言っていると浮き輪や浴衣が逃げちゃいますからね?」
良いんですか〜? となぜかノクティスがそれらを楽しみにしているようなことを言うが、彼は浮き輪も浴衣も興味がない。なんならそんなものを今まで見たことも聞いたこともない。
「うにゃああああ! にゃわわんおん! (余計なものを用意しなくていい! 俺に何をさせようとしているんだ!)」
ジタバタとキャリーの中で暴れ回るノクティスに、エミリアは足を止めつつじっと彼を見つめると、優しくキャリーからだしてやる。
「魔王様、暴れちゃメッですよ~?」
「フシャー! (お前が勝手に温泉に連れていこうとするのが悪いんだろ!)」
「では、ここからビューンですよ? 舌を噛まないようにちゃんとしまっていてくださいね?」
「にゃ? にゃあにゃうにゃうみゃ! (は? エクレア、お前は何をしようとしている?)」
ノクティスの疑問など空気のごとくスルーされ、エミリアは魔法で身体能力を高めると、言葉通り風のようにして一瞬で温泉宿まで走りきってしまった。
◇
「いらっしゃいませ~! 本日は猫ちゃん連れのお客様ですね~」
エルフのような耳の長い受付嬢が明るい声で二人を出迎える。
「はい、この子に癒しをプレゼントしたくて~」
「まあ、なんて素敵な飼い主様でしょう!」
そんな会話をする二人を見て、ノクティスが抗議の声を上げた。
「うにゃにゃあうんにゃ! (なぜ魔界にエルフがいる! あれか!? 闇出店とか言うやつか!)」
「あ~、ここは私が人間界との親善のために用意した温泉宿なので、色んな種族の方が働いてるんですよ! エルフさんがいたって何らおかしくありませんよ! それに闇出店でもありません! なぜなら、ここは魔界と精霊界の堺ですから!」
(……もうどこからツッコめばいいのかわからん。そもそも、あの短時間で、界境に行けるとかおかしすぎるだろ!)
ノクティスは内心で不満や困惑を連ねながらも、もう何を言っても無意味そう。大人しく諦めを選択するのだった。
「飼い主さん、もしかして猫ちゃんの言葉がわかるんですか!?」
「はい! ちょっとだけですが!」
「素晴らしいですね〜! そんな素敵な飼い主さんと猫ちゃんには、こちらの浴衣をプレゼントしちゃいます!」
エルフの受付嬢はそう言うと、可愛らしい浴衣をエミリアに差し出した。
人間用に用意された浴衣は、質素で上品な牡丹の花模様が美しい。しかし、猫用に用意された浴衣はというと――
「にゃわわんにゃん! にゃああ! (なんだこの意味のわからないフリフリやリボンは! 浴衣などいらん! 余計な真似をするな!)」
可愛らしい衣装を見せられ、必死に抵抗を見せるノクティスだったが、彼の努力は虚しく、気付けばフリル付きの淡いピンクの浴衣を無理やり着せられ、頭には赤いリボンまで結ばれてしまう。
「うわあ~魔王様とっても可愛いですよ! まるでぬいぐるみみたいです!」
「フシャー! にゃあ! (可愛いいうな! そしてぬいぐるみ扱いするな!)」
力なく項垂れるノクティスを抱えたエミリアは、そのまま温泉へと直行。
ルンルン気分で脱衣所まで向かうと、手際よく自分の服を脱ぎタオルを巻き、ノクティスに着せた衣装もさっと脱がしてしまう。
「さあ、入りましょう魔王様! 気持ち良いですよ~」
「にゃあ! にゃあお!? うにゃにゃにゃわにゃんにゃ!? (待て! 私は猫だぞ!? いや、魔王だ! 魔王が温泉など入ると思うのか!? それに、猫にとっても有害でしかないだろ!)」
「あ、大丈夫ですよ? ほら魔王様は見た目は猫ですけど、中身は魔王様ですから! 無害です! そこに猫の本能が備わっているので無敵ですね!」
彼の必死の抵抗もまったく効力を持たず、エミリアはノクティスを抱えたまま湯銭へと足を踏み入れた。
「フシャー! にゃ……? にゃおわわおん……ふにゃあ……(おい、やめろと言っているのが聞こえないのか!? ん……? なんだこのポカポカする感じは……意外と悪くないかもしれん……)」
嫌がっていたのも束の間、猫の体にも調度良い湯の心地よさに、ノクティスの意識が徐々に溶けてゆく。気がつけば彼はエミリアのぺったんこな胸の上で、ゴロゴロと喉を鳴らしていた。
そんなノクティスを見て、エミリアは嬉しそうに微笑む。
「ほら、言ったじゃないですか~! やっぱり温泉は良いものですよね、魔王様♪」
ノクティスは、こんなはずでは……。と、内心で深く絶望するも、結局温泉の魅力には抗えず、完全にリラックスモードで堪能してしまうのだった。
ひとまず今日はもう1話覚えてたらあげます。




