1.5:ポンコツ魔王とネジ飛び幼女
しばしの沈黙。
ノクティスは完全にフリーズしたまま、エミリアと名乗る幼子が口走った謎の言葉を必死に頭の中で咀嚼しようと試みるが、脳内では『?』が大量生産されるばかりで処理が追いつかない。
数秒後、既に壊れている思考回路に再接続し、困惑げに一言。
「……は?」
これは何だ? 何の状況だ? 現実か、それとも悪質な幻覚魔法か?
混乱しつつ何度か瞬きを繰り返すが、彼女はにこにこ笑顔を浮かべたまま。
「は、はは……これはまずいぞ、本当にまずい……!」
そう自虐気味になんとも言えぬ笑い声を発していると、目の前にいるエミリアは疑念を抱くようにキョトリ。真顔で問いかける。
「あ、魔王様、もしかしてこれ夢だと思ってます? 夢じゃなくて、現実ですよ? 私、溺愛係です!」
瞬間、ノクティスは現実に引き戻されるように大声で喚き散らした。
「は? 待て待て待て。今お前はなんと言った? お世話……係? この私にだと? いや違う、それよりもなぜお前が私の布団の中に入っていた!?」
その動揺はかなりのもので、完全に混乱しながら、慌てて彼女から距離を取ろうとベッドの端まで即座に逃げ込む。
しかしエミリアはそんな彼の焦りを全く気に留めることなく、のほほんとした動きで間合いを詰め、微かに頬を赤らめながらとんでもないことを口にした。
「それはもちろん、私が魔王様を暖めるためですよ? ほら、昨夜は寒かったですし、湯たんぽ代わりになれるかな、と?」
「は? え、ゆ、湯たんぽ……!? 何を考えているんだ君は!」
予想を遥かに超える回答にパニックを極め、さらに魔力が暴走を続ける。しかし彼女は平然とその光景を見上げ、うっとりと呟いた。
「これって魔王様なりのおもてなしですよね? 花火みたいで綺麗ですね!」
「は? いや、君の目は節穴か!? これのどこがおもてなしに見えるんだ! 頼むからこの状況を深刻に捉えてくれ!」
ノクティスが必死に訴えるが、エミリアはにこにこと楽しそうに笑うばかり。
「さすがは魔王様! 愛が重すぎて、魔力のコントロールすらできないんですね! もうっ、照れ屋さんなんだから〜!」
「照れてない! 断じて照れてない! この雷は暴走しているだけだ!」
感情が暴走し部屋の中を雷まみれにする魔王と、能天気な幼子。完全に噛み合わない会話が続き、ノクティスの焦りはどんどんと増していく。
(まずい……このままじゃ威厳どころか尊厳まで失いかねない! どうにかして追い出さねば……!)
そんなことを考えつつ、ノクティスは強引に彼女を抱え上げると、ブォンッと盛大に腕を振り上げ投げ落とす。
しかし、エミリアはまったく意に介する様子もなく、にこにこ笑顔でヒョイッと華麗に着地すると、降り注ぐ雷の中を軽やかに移動し、無傷のまま、まるで忠犬のように彼の元へ戻ってきた。
「まあまあ~、魔王様、大丈夫ですよぉ? 私が猫ちゃんみたいに魔王様をた~っぷり甘やかしてあげますからね!」
「だからその甘やかしの意味が全く理解できない! いや、そもそもどうやってあの鉄壁の結界を突破したんだ!?」
「あ、それですか? ピッキングよりも簡単でしたよ~。えっと……あ、説明するの面倒なので“愛の力”ってことにしておきましょう!」
きらきら眩しい笑顔で堂々と意味不明なことを言い放つエミリアに、ノクティスの目は点になり一瞬昇天しかけた。
(ああ、メシスよ……私はあなたの元に……って、俺は魔王だ! メシスって誰だ! 天使や神の元に行くわけがないだろ!)
そんなツッコミを内心でしつつ、彼は小さく息をつく。
「はぁ……もういい。お前が意味不明すぎて理解するのを諦めた。とにかく出て行ってくれ――!」
▶︎魔王ノクティスのターン!
【攻撃コマンド】
・魔法《混乱により絶賛暴走中》
・睨む《麻痺効果有り!※プラシーボ効果※》
・威嚇する《ふしゃあー!》
・逃げる《魔王の威厳的にNG》
ノクティスは“睨む”を選択した!
――だが効果はないようだ……。
「魔王様、何してるんですか?」
「――ふしゃああああ! 近い近い近い! 近すぎるわ!」
「あははは! 面白い叫び声ですね? でも、そんな変な顔してると、せっかくの可愛いお顔が台無しになっちゃいますよ?」
「か、可愛いだと!? お前は一体、頭のネジをどれだけ吹っ飛ばせばそんな言葉が出てくるんだ!」
まるで威嚇する子猫のように必死に吠えるノクティスを見て、エミリアは口元に手を添え、楽しげにくすくす笑いながらさらに煽る。
「ふふっ、もう〜、魔王様ったら必死すぎて逆に可愛いですよぉ?」
「だからその可愛いをやめろ! 魔王に向かって可愛いなどと言う奴がどこにいるんだ! お前は本当に一体何なんだ!?」
混乱したまま必死に叫びつつ、制御不能の魔力をビリビリと撒き散らすノクティスだが、エミリアはまるで風に吹かれているかのように涼しい顔で微笑んだまま。
「だからぁ、何度も言ってるじゃないですか。私は魔王様専属の溺愛係ですよぉ~?」
「……理解した。お前が絶望的に意味不明な存在だということだけは理解した。とりあえず、今すぐ私から一万マイル離れてくれ!」
「えーっと、一万マイルですか? それって約一万六千キロメートルですよねぇ? それだとお城どころか国境すら越えてどっか遠くに飛ばされちゃいますけどぉ~?」
「追い出そうとしているんだよ! 察しろ!」
「もうっ、魔王様ったら、相当ひねくれちゃってますねぇ! あっ、もしかしてこれが俗に言う“ツンデレ”ってやつですか!?」
エミリアは目をキラキラと輝かせながら、妙な勘違いで大興奮。
まったく話が通じない彼女を前にして、ノクティスはすっかり疲れ果て、大きなため息をついてから改めて力強く言い放った。
「もう一度だけ言うぞ。今すぐ私の部屋から出ていけ!」
「えぇ~? 嫌ですよぉ?」
「なぜだ!?」
「だって私、魔王様専属の溺愛係に任命されちゃいましたからぁ~!」
「断じて任命していない! そもそもお前はどこで私のことを知ったんだ!?」
「あー、もう! 魔王様ったら細かいことばかり気にしすぎですよ? つべこべ言わずに受け入れちゃいましょうよぉ~! 私、専属ですから、一ミリたりとも離れずた~っぷり甘やかしちゃいますよ?」
そう言いながらエミリアは遠慮の「え」の字もなく、ノクティスの隣にぴったりと座り、ポンポンっと自分の太ももを叩いて誘導する。
しかしノクティスにはその動作の意味がまったく理解できなかった。
「……君は一体何をしている?」
「やだなぁ~魔王様! こういう時は“膝枕”っていうのが世の中の相場で決まってるんですよ?」
「相場とはなんだ! どこの市場で売っている!? いや、違う、そもそもそんなことはしなくていい! いい加減に出て行ってくれ!」
絶叫しつつも徐々に感情の昂りが限界を迎えたのか、ノクティスは彼女の前で手を翳す。
瞬間、エミリアの身体がふわりと浮かび上がった。
「うわぁぁ~! 浮いてますねぇ~! すご~い!」
エミリアは追い出されかけているという自覚ゼロで目をキラキラと輝かせ、次はどんな素敵なおもてなしをしてくれるんですか!? とテンション高く問いかけてくる。
だがノクティスはその無邪気すぎる声は意図的に完全無視を決め込む。
「とっとと――出ていけぇぇぇぇ!」
感情を爆発させ、彼が怒号と共に腕を大きく振るうと、まるで魔王の意地に従うかのように部屋の扉が勝手に開き、エミリアの体はふわっと浮かんだまま廊下の彼方へと放り出された。
そして、パタン……と虚しいほど静かに扉が閉じ――
新しく書き直した1話がまさかの5千文字超えたので、分割させて頂きました!




