18:魔王絶望、愛玩動物!?
魔族たちが狂ったように術式の解読に勤しんでいる間、ノクティスはエミリアに抱えられながら、茫然自失のまま時を過ごしていた。
「うにゃああああああああああぁぁぁ……(なんでこんなことになったんだああああああああぁぁぁ……)」
「も〜! 魔王様、シャキッとしないと威厳も何もありませんよ?」
「うみゃみゃにゃうみゃ! (どの口が言う! お前は変な会を作った挙句、俺を晒し者にした張本人だろうが!)」
「まあまあ〜、そんなこと気にしてるとそのうち魔界が爆発しちゃいますよ?」
「にゃおおんにゃあお! (その犯人はどうせお前になるんだ!)」
「え〜! 私はそんなことしませんよ〜」
エミリアはニコニコと楽しそうに言うが、ノクティスからすれば前科者の言葉など聞き入れる余地などない。
「にゃうにゃ……シャー! (どの口が……って何をするんだ!)」
不満をタラタラ垂れるノクティスに、エミリアはクスりと微笑むと、突然、彼を抱きなおして撫でたり頬ずりをしたり――挙句の果て、持ち上げてお腹に顔を埋める始末。
「うみゃあぁぁぁぁあ! (おいこら! 何をする! 腹に顔を埋めるなああああ!)」
そんなほっこりとするじゃれ合いをしていると、突然群衆の中から歓喜の声が上がった。
「解けたぞ! この私が一番に術式を解読したのだ!」
その声を聞いた魔族たちが一斉に声の主に群がりどういうことなのかと確認し始める。
「この術式はかなり高度だった! しかし、このよく分からない蛇のような模様、それを理解できれば至極簡単だったのだ!」
そう誇らしげに胸を張るサカマタ顔の魔族は、興奮しきった様子でエミリアに会員証の裏を見せる。
その発言を聞いたノクティスは、目を大きく見開き驚愕した。
(なんだと……? まさか本当に解読できるとは……)
意外な展開に驚きを隠せないノクティス。エミリアは、パチパチと拍手を送りながらも興奮気味に魔族に駆け寄り、解除方法を確認し始めた。
「おお〜! プロンティアーモさん素晴らしいですね! では、解除方法を教えて貰ってもいいですか?」
だが、その傍らでノクティスは首を傾げて訝しげ始める。
(うん? プリンアラモードという部下などいたか?)
しかし考えてもまるで分からない。
まあ、それもそのはず。ノクティス自身、他者の名前を覚えるのが本当に苦手で、なんかそれっぽいなというニュアンスだけで覚えている節がある。
そのため、トゥインズ・クォークはチーズケーキに、エミリアはエクレアに。そして、自身の名前が少し変わっただけでも覚えきれず勝手にニャクティスをティラミスと誤認しているという、ポンコツっぷり。
だが、それに気づいても誰も“指摘しない”ため、ノクティスの誤認は酷さを増すばかり。
ノクティスがうんうん唸っていると、エミリアが突然歓喜の声を上げた。
「おお! そういうことだったんですねなるほど! では、解除方法を見つけたプロンティアーモさんには、ニャクティスタイムを贈呈しちゃいます! 存分に愛でてください!」
そう許可をだすと同時に、プロンティアーモは、誇らしげに胸を張り、ゆっくりとノクティスを撫で始める。
そして、なぜか周囲からは羨望のため息が漏れた。
「ああ……至福のひととき……」
(なんだこれは……ただ撫でられているだけではないか!? これで本当に呪いが解けるのか!? いや、今ここで解除されれば私が猫だったことがバレてしまうではないか!)
猫から人型に戻りたい気持ちと、バレたくない感情が葛藤し、ノクティスの眉間には深い皺が寄る。
だが、そんな彼の態度を誰も気にしない。逆に、解除方法が間違っているかもしれない! と血眼になって他のパターンを探し始める者まで現れる始末。
その付近で、エミリアはブツブツと何かを呟きながらノクティスに向かって魔法を展開しようとしている。
「ふにゃ? うにゃああああああああああぁぁぁ! (ん? っておおおおい! お前は何をしようとしているんだああああああ!)」
驚きのあまりプロンティアーモの顔を麗しき肉球で殴り、すぐさまエミリアに抗議する。
しかし、それと同時に詠唱が終わったらしい。
「──フェーレース・レリーズ!」
そう言いノクティスに魔法をぶっぱなしたのだが……ポンッと彼の耳に小さな白い花が現れただけで、その他は何も起こらない。ただただ愛らしい黒猫のまま。
「にゃわああああああああああん!! (お前は俺に何をする気だ! 急に魔法をぶつけてくるなよ!!)」
「あれ? 可愛い猫用のアクセサリーが出てきただけですね……」
必死の苦情も聞き入れられることはなく、エミリアは小さく首を傾げると顎に手を添え困惑する。
しかし、すぐになにか結論を出したらしい。にこりと笑うと、さらりと言い放つ。
「う〜ん、解読が間違ってたみたいですね〜。ま、でも1時間のなでなで権利はもう渡しちゃったので、続けてください!」
「はい喜んで!」
「にゃあああ! (騙された! 完全に騙された! ただの撫でられ損ではないか!)」
そう不満を洩らすも、ノクティスはなでなでタイムという執務をしっかりと全うした。
「は〜い。1時間終了ですよぉ〜!」
エミリアのその声で、ノクティスはようやく解放される! と喜んだのも束の間。
次々と別の魔族たちが『解けた!』と声を上げ始め、彼は嫌な予感を感じ逃げ出そうとした。
だが、あっけなくエミリアに捕まり、今度こそ解けました! という声が聞こえる度に新しいリボンや鈴、謎のフリル付き飾りまで増え――気付けばノクティスは、完全に“愛玩動物”に仕立てられてしまう。
(もういい……やめてくれ、俺が間違っていた……もう何も期待しない……)
絶望の果てに、諦めの境地に達したノクティス。その姿を眺めながら、エミリアは満足げな顔でニコニコと笑う。
「魔王様、とっても似合ってますよ〜!」
「みゃうみゃううにゃうみゃ……(うるさい。エクレアは黙ってろ……)」
「も〜! そんな絶望したような顔しなくても大丈夫ですよ? いつかきっと本当に術式を解ける魔族さんが現れますから!」
満面の笑みでノクティスを抱きしめるエミリアに、ノクティスは深いため息を洩らす。
(黙れ。もうエクレアには期待しない。俺を早く解放しろ……)
そんな彼の悲痛な願いも虚しく、魔王城は更なるニャクティスブームの到来で、異常なやる気に包まれていくのだった。