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16:魔王の過去は、“魚”味♪


 ノクティスが思わずエミリアを助けようと、(呪い)に引っかかってしまい、猫の姿になってからはや数ヶ月経ったある日。


「う〜ん……やっぱりこの術式はそう簡単に解けませんね……」


 珍しく唸り声をあげるエミリア。ノクティスはどうしたんだ? と訝しげながらも、ひょこっと机に飛び乗ると、彼女が唸っていた原因である紙に視線を落とす。


(なんだこの術式は……初めて見るが、かなり複雑で面倒くさそうな構造……いや、これはミミズだな! 何が書かれてるのかさっぱりわからん!)


 そう内心で落としつつ、彼女に塩を送るのは何か違うと考え、そのままスッと机から飛び降りると、声を上げる。


「にゃ! (そんなものどうでもいい! 私は喉が渇いた。早くなにか用意しろ!)」


「え〜! これ、魔王様の呪いの術式ですよ〜?」


「にゃ!? にゃにゃにゃ! (なんだと!? それなら早く解読しろ! いや、私に呪いをかけた相手を特定して殺せ!)」


 ノクティスは喉が渇いたと言っていたにもかかわらず、言葉を一転二転させながらエミリアに命令する。


「魔王様? 命は等しく平等なんです! 当たり前に“殺せ”はダメですよ?」


「にゃにゃあ! にゃーにゃにゃーにゃ! (どの口が言う! チーズケーキもろとも爆破しただろうが!)」


 かなりキレのあるツッコミを入れるノクティスだが、エミリアはそれを華麗に聞き流し、再び術式と向かい合う。


 しかし、いくら考えても切り口が見つけられないその術式に、彼女はうーんと大きく伸びをすると、スっと立ち上がった。


「にゃ? にゃにゃにゃにゃあにゃ! (おい、どうした? 早く私にかかった呪いを解け!)」


「いや〜、いくら考えても分からないので休憩ですね! 魔王様、今日はウェディング・インペリアルがあるんですよ〜! それを飲みませんか?」


 そう言って彼が抗議の声を上げるのをよそに、エミリアはそそそっと部屋を後にし紅茶を淹れに行ってしまった。


(まったく。あいつはマイペースすぎやしないか!? この私の魔力が枯渇して大変だというのに、自由すぎるにも程があるだろ!)


 バタンバタンと尻尾を床に叩き付けながらも、自身は何もできない。ムスッと不貞腐されつつも、彼女の帰りをじっと待つのだった。


 ◇


 それから十分ほど経った頃。かすかに香る甘い匂いが彼の鼻腔を通り過ぎる。


(なんだこの甘やかで美味そうな匂いは!)


 目をキラキラと輝かせながら、ノクティスは、トットットと書斎の扉の前にちょこんと座る。


 それと同時に扉がゆっくりと開き――


「魔王様、お迎えですか〜? 可愛いですね〜!」


 エミリアは部屋へ戻って来るなり一旦、シルバートレイに乗せた紅茶なんかを机の上に置くと、彼を撫で回し始めた。


「にゃあ! うにゃ! にゃうにゃ! (違う! やめろ! 触るな!)」


「ふふっ。ほんと、魔王様はひねくれてますね〜!」


「うにゃ! にゃわわん! (誰がひねくれてるだと! 私はひねくれてなどいない!)」


 そう文句を言ってもやはり彼女は聞いてくれない。ノクティスはエミリアから目一杯のなでなで攻撃をくらいながらも、段々とうっとりしていくのだった。


 ◇


 それから更に十数分ほどたった頃。


 エミリアが淹れた紅茶で優雅にティータイムを楽しもうとしていたノクティスに、彼女が唐突に問いかける。


「そういえば魔王様って、やけに人間――というか他人のことが嫌いですよね? 一体何があったんですか?」


「……にゃあ、にゃにゃ(……唐突だな。だがお前に答える義理も義務もない)」


 ノクティスはカカオやカラメル系の香りが漂うカップの香りをスンスンと嗅ぎながらも、そっけなく返事する。


「あはは、魔王様ったら相変わらず可愛いですね〜! もう、そんな拗ねちゃメッですよ? ほら、なでなでしてあげますね〜!」


(ちょっと待て! 違う、そうじゃない! 話を聞け、この能天気変態女!)


 心の叫びは虚しく空回り。逃れようと暴れるノクティスだったが、所詮はただの猫でしかない。エミリアの手から逃れることなどできず、むしろ彼女はさらに嬉しそうに頬擦りする始末。


「ふにゃ〜可愛いですねぇ。あ、そうだ! もしかして昔、人間にひどいことされたとか?」


「……!」


 瞬間、ノクティスの心臓がドキリと跳ね上がる。しかし、それを悟られては行けない。彼はスンッとすまし顔。


 だが、尻尾は素直らしい。彼女にバレることを恐れてか、かすかに揺れ動く。


 そんな彼のあからさまな態度に、エミリアは不思議そうに首をかすかに傾けると、彼の顔を覗き込んだ。


「ん? どうしたんですか、魔王様?」


「にゃ……にゃあ(うるさい……黙れ)」


 だが、やはり彼女には何も伝わらない。


「あ〜、やっぱりそうなんですねぇ! ふふ、大丈夫ですよ。私が魔王様をうんと甘やかして、嫌なことぜ〜んぶ忘れさせてあげますから!」


 その言葉とともに、再びぎゅっと抱き締められたノクティスは、もはや抵抗する気力すら失い、ただ深いため息をつくしかなかった。


「にゃあ……(お前が一番不安材料なんだ……)」


 そう憂いを帯びた溜め息を吐き出すと、ノクティスは窓から差し込む光を眺め、ふっと遠い目になる。


(……あんな記憶、今すぐにでも闇へ葬り去ってやりたいぐらいだ。しかし、忘れようとしてもあの忌々しい記憶は消え失せてはくれん。小賢しい……)


 ◇


 ――数百年前のこと。


 魔王になる前のノクティスは、その頃から人間や他人が苦手だった。そのせいか、魔力暴走を起こした末、今のように魔力を枯渇して猫になってしまったことがある。


 魔力を失うと、人型を維持することができない彼。その時も、猫の姿のまま放浪する羽目になった。


(くそっ。どうして私がこんな下劣な生き物にならなければならない!)


 そう不満を内で連ねるながら疲れ果てていると、偶然通りかかった人間に保護されてしまう。


 しかし、彼を拾ったのはひどく天然な少年。もうそれは今思い出してもため息しか出ないほど変わった少年だった。


「うわぁ〜、かわいい猫! ……え? 耳が尖ってる? 尻尾も二股? 猫又!? これって珍種だよね!」


「……にゃうなうにゃ(……いやいや、何喜んでるんだ。普通に警戒しろよ)」


 しかし、言葉が通じるはずもなく―― 少年は異常に喜び、ノクティスを抱き上げると、家に連れて帰って大興奮。


「ほらほら、お魚だよ〜! 猫って魚好きだよね!」


 そう言って、七輪で丸ごと焼いた魚を差し出す。


(いや、別にそんなに魚好きじゃないんだが……っ!)


 内心ツッコみを入れるのだが、腹が減ってはなんとやら。ノクティスは、魔力不足も相まって、かなり腹を空かせていた。


 そのせいか、気づけば魚は綺麗に骨の姿になっており――


(はっ! 食べてしまっていた! いや、これは腹が減っていたから悪いんだ。断じて私は魚好きではない!)


 そう否定するものの、毎日のように魚を出されては完食してしまう。


(はあ……なぜ私は魚を完食してしまうのか……)


 嘆きながらも、少年の天然な好意に甘えてしまったノクティスは、気づけばそのまま数週間を過ごしてしまった。


 しかし、質の良いご飯を毎日のように食べさせてもらうからか、思ったよりも魔力の回復が早かったらしい。


 とある日のこと。突然、ぼふっとノクティスから煙が上がったかと思えば、人型に戻ってしまう。


(……驚いた。これは、早めに逃げた方が良さそうだな)


 そう内心で呟きながら、手を握ったり開いたりして自身の身体に流れる魔力を感じ取る。


 その確認作業を念入りにしてしまったせいか――それともあの少年のポンコツさに居心地の良さを感じてしまったのか……。


 普通に少年にバレてしまう。


「猫ちゃん、ご飯だよ〜……って誰っ!?」


 目の前の見知らぬ男性。少年はかなり驚いた様子で目を見開きつつも、魚食べる? と人型に戻ったノクティスに確認する。


(いや、ここでそれを聞くか普通!?)


 内心でツッコミを入れながらも、ノクティスは律儀に謝罪の言葉を告げた。


「魚はそれほど好きではない。それに、まさか自分でもこのタイミングで戻るとは思わなくてな。驚かせてすまない」


 瞬間。


「しゃべったぁぁぁぁぁ!! え、魚嫌いだったの!? 猫のくせに!?」


(喋ったことがそんなに重要なのか? そもそも猫だからと言って、魚が好きだというのはどこ情報だ?)


 そんな疑問を抱えていると、少年の大騒ぎに駆けつけた村人も、一瞬で騒ぎだす。


「猫はどこだ!? え、あれ? はっ! 魔族だ! 人型の猫又が村に入り込んだ!」


「違う、これは変装してた魔族だ!」


(……いや、変装はしてないぞ!?)


 ノクティスはすぐに逃げようとしたが、村人の慌てっぷりが尋常ではなく、パニックに陥りすぎて逃げる隙さえ見つけられない。


 普通、こういった時は(くわ)や斧なんかをもって襲いかかってきても良さそうだが――何を思ったのか、浴びせるのは意味のわからない罵詈雑言。


「猫だと思ってたのに!」


「僕が焼いた魚返せ!」


「猫が魚嫌いなんておかしい!」


(いや、魚くらい別に良いだろう!? それに、魚嫌いな猫もいるだろ!?)


 もうどこをどうツッコんでいいのかさえわからないほどカオス状態。


 ノクティスは深い溜め息を零しながらも、隙をつき逃げだした。だが、そんな彼を追ってきたのは、保護してくれた少年。


「待て、騙し猫!」


「騙し猫ではないが……保護してくれたこと、感謝している」


 ノクティスは少年に感謝を伝えようとしたのだが――彼から帰ってきたのは理解し難い言葉。


「恩を仇で返す猫魔族め! 感謝するならあげた魚返せ!」


(いやいや、待て待て。どんだけ魚を引きずってるんだ!?)


 そう言って、なぜか取れたての魚や木の実を投げられたりと散々な目に遭ってしまう。


(魚返せと言っている割には、めちゃくちゃ魚を雑に扱ってないか!?)


 困惑しつつも、どうにか村を逃げ出すことに成功した。


 とはいえこんな経緯から、ノクティスは、他人は恐ろしく疲れるものだと悟りを開き、余計人間不信に陥ってしまったのは言うまでもなく。


 ◇


 そんな過去を振り返りながら、深く息を吐くと、記憶を振り払うように冷めた紅茶をざらついた舌でひと舐めする。


「にゃにゃあ(冷めて不味いぞこれ)」


 不満げにティーカップを前足で軽く揺らし文句を口にした。


「ふふっ。紅茶ほんと好きですよね〜! では、淹れ直してきます!」


 エミリアはクスクスと笑いながら、猫が紅茶を飲むのはなんか新鮮ですね! とからかいながらも、再びウェディング・インペリアルを淹れ直してくれるのだった。

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