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15:魔王、呆れ返る。『お前は危機感を持て!』


 チーズケーキ改め、トゥインズ・クォークが消し炭になってから数日経ったある日のこと。


 ノクティスは、魔王専用執務室でエミリアにブラッシングされていた。


「にゃあ、にゃわわわん? (ところで、お前はなぜここに来たんだ?)」


 彼女の膝の上でうっとりと毛並みを整えられながらも、ノクティスはふと疑問を投げかけた。


「え? それはもちろん、魔王様の溺愛――あ、違った、お世話係に任命されたからですよ?」


「にゃにゃっ? (溺愛……なんだそれ? いや、そんなことよりもだ! 任命だと!? 私は何も聞かされてないぞ!?)」


 ノクティスが驚いて問い詰めると、エミリアは少し考え、明るく答える。


「えっ? 初日に言いませんでした?」


「にゃわわんにゃん、ふしゃああああ! (お前、細かいことは気にするなとか何とか言ってただろう!)」


「あ〜そうでしたっけ? えっとですね、任命したのはお父様ですね!」


「うにゃ? にゃうにゃ!? (は? 人間の父親が、なぜ魔王であるこの私に、お世話係を送り付けるのだ!?)」


「さあ?」


 困り眉で肩をすくめるエミリアにノクティスはじとっと目を細め、小さく唸る。


(おかしい……明らかに何か裏がある……)


「まあ、お父様は悪い人じゃありませんし、きっとコミュ障引きこもり魔王様のことを心配してくれていたんですよ!」


 エミリアは悪意なく皮肉を口にすると、軽く微笑みながら、首元のチョーカーを指先で弄る。その仕草に、ノクティスはますます違和感を覚えた。


(こいつ、私のことをなんだと思っているんだ!? というか――あんなチョーカーつけていたか?)


 そんな疑問を持つと同時に、彼は無意識のうちに前足をチョーカーへと伸ばし――次の瞬間。


 バチッ!


「にゃあああ!? (いてぇっ!?)」


 突然、強烈な魔力に弾かれ、魔力が枯渇しているノクティスは無様にエミリアの膝から転がり落ちた。


「あっ、魔王様!? ごめんなさい。そのチョーカーには触れちゃダメなんです」


「にゃああああ!? (なぜそんな危ないものを着けているんだ! 今すぐ外せ! これは命令だ!)」


「いやあ〜、そう言われましても……これ、私ですら外せないんですよね〜」


「フシャー! (なんだそれ!? お前、自分で怪しいと思わないのか!?)」


 ノクティスは毛を逆立て抗議するが、エミリアはまったく動じない。それどころか嬉しそうに微笑むばかり。


「もうっ、魔王様ったら、そんなに嫉妬しなくても大丈夫ですよ?」


「シャーッ!! (誰が嫉妬なぞするかっ!)」


 怒り心頭のノクティスに構うことなく、エミリアは軽く頬に手を当てながら遠い目をして語り始めた。


「それをくれたのはお父様なんです」


「にゃ? (どういうことだ?)」


「えっと……私、元は孤児だったんですよ!」


「にゃ……? (孤児、だと……?)」


「はい。私、生まれてまもなく捨てられたらしくてですね、運良く孤児院に引き取らたんです!」


 あっけらかんとした態度で、楽しそうに語る彼女。ノクティスは、なんとも言えない違和感を覚えてしまう。


(なんだこの嫌な感じは……。こいつ、もしかして利用されていたりしないだろうな!?)


 一瞬邪推が過ぎるが、エミリアはかなり規格外な人間。そんな人物が、おいそれと利用されることなどあるものだろうか? 否、それは有り得ない。


 ノクティスは、自分の杞憂だと一蹴するように彼女に問いかける。


「にゃ。にゃあぁんにゃ? (そうか。で、その孤児院で何をしていたんだ?)」


「んとですね〜。孤児院での生活は、主に武器の扱い方や魔法とかですかね!」


「にゃ! にゃにゃにゃんにゃ!? わにゃにゃにゃんにゃ! (いや待て待て待て! それ孤児院じゃないだろ!? 明らかにスパイ養成所とか、そういう怪しい施設だろ!)」


「え、違いますよ? 普通の国営孤児院でしたよ?」


 無邪気に首を傾げるエミリアに、ノクティスは思わず深いため息を吐いた。


(はあ……完全に騙されているパターンだろ、こいつ……)


「みゃおまおにゃ! (ならどういう経緯で武器や魔法を心得たのか言ってみろ!)」


「ん〜。そうですねぇ〜――拾われてすぐに筆記試験を受けました!」


「にゃ!? (は!? いや、その時お前は何歳だったんだ!)」


「えっと……確か生まれて数ヶ月とかじゃなかったですか?」


「にゃ、にゃにゃわんにゃおおにゃ! (いや、俺に聞かれてもわかるか!)」


 そんな彼のツッコミに、エミリアは若干苦笑しながらも、そうですよね〜と一言。筆記試験を受けた時のことを詳しく教えた。


「あの時は確か、字も書けなくてですね〜」


 当たり前なことを平然と言うエミリアに、ノクティスは当たり前だろ!? とツッコミを入れかけるが、最近やたらとツッコミ役をさせられている気がする。ここでツッコんでしまえば、彼女の手のひらで転がされている気がして、彼はグッと堪える。


「でも答えはすぐわかったんです! それで適当にペタペタ紙を触ってたら勝手に答えが現われちゃって!」


「にゃあああ!? (はあ!? いや、意味がわからん! それで結果はどうだったのだ!?)」


 しかし、その決意はすぐ崩れ落ち、勢いよくツッコんでしまった。


 だが、エミリアは特に気にも留めずケロリ。


「結果、全問正解だったらしいですよ?」


「にゃあ……にゃにゃあんみゃ……(はあ……もう意味がわからん……)」


 彼は嘆息すると、床に倒れ込みもうどうにでもなれと言わんばかりにヘソ天しながら目を瞑る。


「魔王様、そんなにお腹を撫でられたいんですか〜? 仕方ないですね〜!」


 エミリアはそう言うと、満面の笑みでノクティスの腹をこれでもかと撫で回し始めた。


「シャー! にゃあぁぁぁんにゃ……フシャー! (違う! 断じて違うぞ!? あっ、そこ良い、良いぞ……じゃない! 俺に触るなああああ!)」


「で、そこから暗器や剣の扱い方、魔法なんかも毎日のように教えてもらいましたね!」


「にゃ、にゃあにゃ(そ、そうか)」


 いきなり甘やかしてきたと思えばすぐ本題に戻る彼女に、ノクティスは内心困惑状態。苦笑を浮かべながらも、もう驚かんからな! と小さく息を吐き出した。


 まあ、そんな意気込みなど直ぐ無意味になるのだが。


「でも私、孤児院では結構優秀だったらしくて! 10歳の頃、孤児院から引き取られることになったんです! それがお父様との出会いですね!」


「……うにゃにゃわにゃ(……なぜ孤児であったお前に、父親はそんなものを渡したんだ)」


 そう問いかけるノクティスに、エミリアは首元のチョーカーに優しく触れながら肩をすくめる。


「さあ? 初めて会った日にこのチョーカーを貰ったんですよ『君は成長しなくていいんだよ』って!」


「……にゃ? にゃぉ……わんにゃ? (……は? 成長しなくていい……だと?)」


 その言葉に、ノクティスの中で警戒心が急激に高まった。どう考えても、異常な状況でしかない。なのに、なぜエミリアは気づかないのか――甚だ疑問しか湧かない。


「にゃあ、にゃあ……? (お前、本気で騙されていないか……?)」


 珍しく真剣な表情でエミリアに訴えかけるノクティスだったが、彼女は相変わらずの笑顔で言い切った。


「ふふっ、そんなわけないですよ! もしかして――というか、やっぱり魔王様、嫉妬してますよね? も〜可愛いんですから〜!」


「フシャアァァァッ!! (なぜそこから嫉妬という突拍子もない方向へすっ飛んでいくんだ!)」


 シャーシャーキレ散らかすノクティス。すると、エミリアは満面の笑みで嬉しそうに手を叩き、彼の毛並みを乱すように撫ながら言う。


「ほら、嫉妬じゃいですか〜! もう潔く認めちゃいませんか? 私、魔王様なら大大、大歓迎ですよ〜?」


「にゃあああぁぁぁぁぁ! (違うと言っているだろうがあああぁぁぁぁ!)」


 そう必死で抗議するノクティスだったが――


(……くそっ、なんだこの女の危機感の無さは……!)


 複雑な感情を抱きながらも、その無防備な笑顔を見ていると、どうにも放っておけないような、守ってやらなければという奇妙な感情が湧いてくるのを感じる。


 しかしすぐさまその感情がおかしいことに気づき慌てて首を振る。


(――いや、そんなわけあるか!)


 ブンブンと邪念を追い払おうとする彼をよそに、エミリアが絶妙な力加減で顎を撫でてやると、自然と喉が勝手にゴロゴロと鳴って、さっきまでの葛藤もどこかへポイッと飛んでいく。


(こいつめ、俺が魔王だということを絶対忘れているだろ! このままでは魔王としての尊厳が……てかもうそんなものないのでは? はあ……)


 そう内心で悟ると同時に、ゴロゴロという幸せそうな音が、魔王専用執務室から心地よい音色のように響くのだった。

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