14:チーズケーキ爆発
それを察知したノクティスは瞬時に背中の毛を逆立て、精一杯の威嚇を開始する。
「フシャアァァァ! にゃあにゃにゃあ!(やめろ! 俺を巻き込むな! もう俺は関係ないだろ!)」
だが、その全力の威嚇はトゥインズにはまったく効果がない。むしろ彼はノクティスが近くにいれば自分は死なないと思っているように震える腕を伸ばしている。
その姿を見たエミリアは、静かな笑顔を浮かべながらゆっくりと、まるで恐怖を煽るように近づいていく。
「うにゃああああ! (おい、やめろ! もう俺を巻き込むな!)」
ノクティスは小さな身体をジタバタさせながら懸命に逃げようとしたが、その動きを見たエミリアは素早く彼を抱き上げられ――
「ふふっ、逃がしませんよ? 魔王様♪」
(いやいや俺は逃がせ! そしてチーズケーキを捕まえろ!)
心の中で激しくツッコむが、その間にもエミリアは静かな笑みを浮かべながら、じわじわとトゥインズに近づいていく。その瞳は底冷えするほど冷たく、トゥインズは完全に怯えてしまっている。
だが彼女は容赦しない。
「さて、チーズケーキさんの処分の方ですが――」
そう言ってトゥインズを蔑むような瞳で見下ろす。
「ま、待て! はやまるな! 我はただ命令に従っただけだ!」
「命令ですか? それは一体、誰からの?」
楽しげに尋ねるエミリアに、トゥインズは震える唇で必死に言葉を絞り出す。
「それが……知らないんだ! 紺のフード付きローブで顔を隠し、誰かも分からなかった! 我はただ、そいつからノクティスの魔力を枯渇させる術式を教えて貰っただけに過ぎないんだ! だから殺さないでくれ!」
まったくトゥインズのことを信用していないエミリアは、ゴミを見るような瞳で彼を蔑む。
「なぜ見ず知らずの相手から、術式を教わったのでしょうか?」
「考えの一致からだ! あのお方はノクティスの無尽蔵に湧き上がる魔力を無力化し、新世界を作りたいらしい。そんな考えの一致を示した我に、あのお方は高く評価してくださって、その術式を考案してくれたんだ!」
「なるほど。その解除方法は?」
「し、知らん! 本当に知らないんだ! 術式を提供されただけで、解除法までは教えられてない!」
「では、その術式を教えてください」
エミリアは柔らかく笑うが、瞳に渦巻くのは嫉妬かはたまた独占欲か――ノクティスの被毛より黒い闇を宿している。
トゥインズは焦りながらも、転がった首のまま部下に視線を向けて叫ぶ。
「おい! あの紙だ! あれを渡せ!」
その言葉に、部下の一人が慌てて術式が書かれた紙を取り出し、彼女に差し出した。
エミリアはそれを受け取ると、まじまじとその術式を見つめ――
(……なるほど。かなり高度な術式ですね。私でもすぐには解除方法を見つけられません。ですがこの術式の癖、どこかで……)
内心で訝しげに思いつつも、にこやかにトゥインズへ向き直った。
「お願いだ! もうこの城には近づかん! だから、殺さないでくれ!」
「ふふっ。あなたはもう、用済みですね。ですが、私は命を奪うのは好きではないんです。だから、罰だけで許してあげますね♪」
「ホッ……その心意気感謝する――とでも言うと思ったか! 甘い、ショートケーキのように、実に甘いぞ! 殺さないのならば我もまだ……」
「では罰のお時間です!」
トゥインズの言葉もぼちぼちに、エミリアはにっこりと笑うと超強力な爆破魔法を詠唱する。
「ラブリィ・デモリッション!」
その詠唱とともに、激しいピンクの爆風が立ち込め、ドォォォォォォォォン──! というけたたましい轟音が響き渡る。
瞬間、トゥインズやその場に居合わせた反逆魔族たち諸共、一瞬で消し炭になってしまう。
しかし、その威力は衰えずこのままでは魔王城が崩落する恐れが。
(待て待て待て! なぜ爆破した!? そもそも殺さないと言っていたのはハッタリだったのか!?)
ノクティスは目を丸くしながらも咄嗟に、広間にある大時計の下に身を隠す。
だが次の瞬間、突然青い光が魔王城全体を包み込み、その強力な爆発魔法を完全に無効化してしまう。
「あら?」
不思議そうに首を傾げるエミリア。ノクティスも一瞬、何が起こったのかと目を瞬かせるが、ふと古き記憶が蘇った。
(そういえば……数百年前に私が張っておいた防御魔法か! 助かった……)
しかし、安心したのも束の間。ノクティスは彼女の爆破魔法に恐れをなし、広間に置かれた大時計の下に潜り込んだまま、震えて動けない。
(くそ……私としたことが!)
そう悔しがっていると、なにごともなかったかのようにエミリアが、時計の下に近寄り穏やかな微笑みで優しく声をかける。
「魔王様? こんなところにいたんですね。ふふっ、逃げちゃダメですよ?」
「にゃああああ! (何が『逃げちゃダメ』だ! お前が意味のわからないことをするのが悪いんだろうが!)」
必死の抗議をものともせず、エミリアは優しく、だが逃げる隙のない動きでノクティスを時計の下から引きずり出すと、頬をくっつけ注意した。
「もぅ! 魔王様、怒ちゃダメですよ? ほ〜ら! もう安心です!」
「にゃああああ! (何がもう安心だ! お前、チーズケーキを爆破しただろうが!)」
「え? 爆破しただけですし問題ないですよね?」
「にゃあにゃにゃにゃにゃあにゃ! (何が問題ないんだ! 命を奪わないと言いながら、爆破して殺してるだろうが!)」
「いえ、私は殺してませんよ?」
「にゃ? (は?)」
エミリアは唖然とするノクティスに、満面の笑みで言い切った。
「だって私の目の前では誰も死んでませんので、これはセーフです!」
「にゃにゃにゃあ! (どこがセーフだ! お前、怖すぎるぞ!)」
ノクティスは全身の毛を逆立て困惑するも、エミリアは相変わらずそれをスルーし、いつもの調子で彼を甘やかし始める。
「あ〜、魔王様怖かったですよね〜。もう大丈夫ですからね〜。私がいる限り、魔王様には誰も近づけさせませんよ〜? ほら、怖いの怖いの飛んでいけ〜!」
「フシャー! (一番怖いのはお前だって言ってるだろ!)」
ノクティスはそう咎めるが、エミリアの優しい手が喉元をなぞると、不本意に喉をゴロゴロと鳴らしてしまう。
(……くそっ、こいつ本当に何者だ!? 冗談かと思ったら、平気な顔で拷問するとか誰が思うんだ!)
そんな不満を内心で連ねながらもノクティスは、ゆらりゆらりと揺れるエミリアの指先に、不覚にも身を委ねてしまうのだった。
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