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13:魔王、見世物になった挙句猫質になる。


「皆さ~ん、注目してください! 本日は特別ゲストをご紹介しますよ~! はい、可愛い猫ちゃんの登場で~す!」


 魔王城のとある大広間、エミリアは広間の中央に立ち、笑顔で猫化してひと月ほど経ったノクティスを高々と掲げる。


「おお〜! なんと艶やかな毛並みなんだ!」


「これほどまでに素晴らしい黒の毛並みに金の瞳はまるで魔王様のようだ!」


 職務中、突然彼女から呼び出された城内で働く魔族たちは、最初はなんなんだと鬱々していたが、高貴な雰囲気を放つ(ノクティス)を見て、興奮したように声を上げた。


 そんな魔族たちの声に、どこか誇らしげなノクティスは、ふんっと鼻息荒く言う。


「にゃあ! (魔王なのだから当然だろ!)」


 しかし魔王は猫嫌い。それは城内で働く魔族ならば、皆が知る事実。


 それに懸念を覚えた一人の魔族が声を上げる。


「あ、あの〜……。めちゃくちゃ気品があって可愛いですけど、魔王様に知られればこの猫の命が危うくなるのでは!?」


 それを聞いた他の魔族もハッと我に返ったように大丈夫なのか? とソワソワヒソヒソし始める。


「大丈夫ですよ〜! 魔王様は私に甘いので、きっと見逃してくれます!」


 エミリアは、にこにこと満面の笑みを浮かべながらハッキリと言い切った後、小さな声で、ね、魔王様? と彼にだけ聴こえるように呟く。


「にゃあ……(はあ……)」


 ノクティスは億劫そうに息を吐き出すが、エミリアの言葉を聞いた魔族はその言葉に納得し、彼を愛で始める。


 というのも、エミリアが魔王の部屋や執務室に入り浸っていても追い出されることがないからだろう。その事実が、彼らを納得させる材料になっている以上、誰も文句は言えない。


「可愛いですね!」


「ですよね〜! 昨日も大人しくシャンプーや爪切りさせてくれたんですよ〜」


「なんと! エミリア様は魔王様だけではなく、猫の世話も完璧にこなせるのですね!」


 彼女は、魔族と交流しながらも、誇らしげにノクティスを褒めちぎる。


「うにゃ! うなにゃにゃ! (やめろ! 褒めるな! 私は魔王だ。褒められてよ、喜ぶわけがないだろ!)」


 満更でもない様子でエミリアに撫でられながらも、最初の方はシャーシャー威嚇しまくりだったノクティス。


 しかし、撫でられるという行為はどんな魔法よりも最強なのかもしれない。


「シャー! にゃう……シャー! (やめろ! 私に触れるな! あっ、そこいいぞ……って違う! やめろぉぉぉぉ!)」


 そう必死に魔王としての威厳を保とうとするがやはり猫は猫。


(くそっ……なんという辱めだ!)


 ノクティスは最後の最後まで抗ったが、結局のところ簡単に猫用のおやつやなでなでに屈してしまった。


「にゃあ〜ん! (いいぞ。もっと撫でろ、次は耳元だ! 耳元を撫でろ!)」


 魔族たちの撫で方が思いのほか巧みだったこともあり、ノクティスは、手に吸い寄せられるように、自ら顔を近づけ撫でを要求する。


「エミリア様の猫ちゃん、本当に可愛いですねぇ!」


「にゃあ! (誰がこいつの猫だ! 私は魔王だ!)」


 そう言いながらも、つい頬をすり寄せ喉をゴロゴロと鳴らしてしまう自分が情けない。


(ああ、良いぞ。そこだう〜む。これも悪くは……って! 違う違う! いやだが……)


 葛藤に葛藤を重ね、ふにゃんと幸せそうに目を細め、快楽に身を任せ始めた頃。


 ドォーン!


 そんな平和で堕落した空気を一変させるように、突如広間の扉が激しく蹴破られ、埃っぽい煙が立ちこめる。


「にゃ、ふしゃああああ! (な、なんだ!?)」


 ノクティスは、うっとり夢見心地で幸せ気分を台無しにされ、驚きと苛立ちを覚えたように、全身の毛を逆立て威嚇した。


「ハッハッハ! 打倒ノクティスを掲げて随分と手間取ったが……ようやく魔力を枯渇させることに成功したぞ!」


 魔族たちが動揺し、視線を向ける。その先には、薄ら笑いを浮かべる牛の角を生やした魔族と、その取り巻きたちの姿が。


 しかし、ただいま猫を愛でる会の真っ最中──


「……っては!? 猫と戯れているだと!? どれだけ間抜けな奴らだ! これなら魔王城が落ちるのも時間の無駄だな! 我が名はトゥ──」


 高笑いしながら牛の角を生やした魔族は名乗りを上げようとする。


 だが、それと同時にエミリアがノクティスに小さく問いかけた。


「魔王様、あの魔族さん誰ですか?」


「にゃ? にゃあ……にゃーにゃにゃーにゃ! (ん? ああ、確か……えっと……チーズケーキだった気がするぞ!)」


「チーズケーキさんですね!」


 彼から名前を確認したエミリアは、迷いなく堂々と魔族を指差し叫ぶ。


「チーズケーキさん! あなたは一体、この魔王城をどうするおつもりですか!?」


「誰がチーズケーキだ! 我が名はトゥインズ・クォー……」


「にゃーにゃにゃーにゃ! (チーズケーキだな!)」


「チーズケーキさん。もう名前は知っているので、自己紹介は結構です!」


「だからチーズケーキじゃないと言っているのにだろうが! 我が名はトゥインズ・クォークさまだ! 二度と間違えてくれるなよ?」


 若干苛立ちを覚えるように語調を強めるチーズケーキ(トゥインズ・クォーク)は、口角を引き攣らせたながらも言い返す。


 だが、相手はエミリア。ノクティスがチーズケーキだと言ったのだから、その名前で既にインプット済み。


「あ、はい。それでチーズケーキさん……めんどくさいのケチさんって略しますね! で、なんの御用でしょうか?」


「だからチーズケーキではないと言っているだろうが! そもそも略すな! しかもケチってどういうことだ!? チーケーとかじゃなくて、なぜケチになる!」


 トゥインズは、キレ気味にツッコミを入れるが、エミリアはキョトリと目を瞬かせるのみ。


「やはりチーズケーキさんだったんじゃないですか! もう、洋菓子みたいな名前だからって照れちゃダメですよ?」


「いやいや、洋菓子にするな! チーズケーキじゃないと言っているだろうが!」


「シャー! にゃんにゃにゃにゃ!? (うるさいぞ、チーズケーキ! 貴様の目論見など知らぬが、私の憩いの時間を邪魔しや……じゃない! 何しに来たんだ!?)」


 ノクティスは本音を零しつつも、トゥインズに威勢よく吠える。だが、トゥインズには彼の言葉はただの“にゃあ”にしか聞こえない。


「ふっ、何だこの猫。ノクティスのように生意気な顔をして煩わしい。焼き殺してくれるは!」


 そう言いエミリアの腕からノクティスを軽々と掴み上げ、いやらしい笑みを浮かべた。


「にゃ! にゃにゃあにゃにゃん! (貴様、私が誰だかわかっての狼藉か! 八つ裂きにしてくれる!)」


 ノクティスは小さな体で必死に抵抗するが、魔力が枯渇している今の状態では、その抵抗もむなしく愛らしく暴れるだけで終わってしまう。


「にゃあああ! (この無礼者め! 離せ! 私は魔王だぞ!)」


 そんな彼の様子を見て、エミリアはいつもの笑顔を浮かべたまま、小さく呟いた。


「──ください」


「は?」


 だが、あまりに小さすぎてトゥインズには聞こえなかったらしい。不敵な笑みを浮かべたまま、彼は挑発するように聞き返した。


「……離してください!」


「ふっ、何を言っている? 猫一匹どうしようと私の勝手だろうが!」


 トゥインズが威圧的に言い放った瞬間、エミリアの中で何かが“プツン”と音を立てて切れた……らしい。


「私――“離してください”って言いましたよね?」


 静かな声と同時に、エミリアの背後に青い炎がゆらめき、周囲には凄まじい魔力と殺気が溢れ出す。


(な、なんだ、この女……!?)


 トゥインズは咄嗟にその異常な気配を察知し、ゴクリと唾を飲み込む。それと同時に、彼女の豹変っぷりに恐れを生した城の魔族たちは、一斉に逃げ出してしまった。


 エミリアは、城に仕える魔族が皆避難したことを確認すると、穏やかな笑顔で静かに告げる。


「さて、チーズケーキさんはどのような終焉をご希望でしょう?」


 だが、その瞳にはまるで笑みがなく、深い闇が渦巻いている。そんな彼女を眼前にしたトゥインズは、無意識に背筋を凍らせながら反論する。


「な、何を怒っている!? 別にたかだか猫一匹だろうが!」


「たかだかじゃありませんよ? こちらの猫ちゃんは魔王様。つまり、魔王様に触れていいのは私だけです。さて、その汚らわしいお手々をどう致しましょう?」


 うーんと、無邪気な少女のように顎に人差し指を添え、天井を仰ぐエミリア。


 しかし、次の瞬間――そのあどけなさが妖艶な笑みに塗り変わる。


「あ、そうです! いいことを思いつきました! チーズケーキさん、知ってますか?」


「だから我はチーズケーキではないと……っ!」


 声を震わせながら必死にチーズケーキという名前を訂正しようとするトゥインズだが、エミリアは彼にまったくの無関心。言葉を遮るようにして続けた。


「魔族って、首を切り落とされても心臓さえ無事ならば死なないんですよ? ふふっ、私ちょっと調教や拷問には心得があるんです。試してみませんか?」


 楽しそうに提案しながらトゥインズに近寄るエミリア。彼は本能的な恐怖を覚え、ノクティスを掴んだまま怯えて後退る。


 しかしどれだけ後退りしようとも、彼女の歩みは止まらない。コツン、コツンと踵の高い靴の音が、虚しく広間の床に響くばかり。


 そんな彼女の態度に、トゥインズは瞳を揺らし、ただ何も言えず、口を開閉させるばかり。


「ふふっ。そんなに怯えないでくださいよ〜。あ、でも――私の許可なく魔王様に触れたことは許しません。次に私が歩みを進める前に、その汚らわしいお手々を離して頂けますか?」


 彼女の言葉は恐ろしく丁寧で優しいのに、底なしの怒気が滲んでいるような気がして、ノクティスはトゥインズとともに身体を若干、震わせた。


 そんな彼らをまったく気にも留めず、エミリアは微笑んだまま、片手をそっと前へと伸ばす。


「ああ、それとも――私に直接触れられたいのでしょうか?」


 その指先は、淡く桃色の魔力を纏い、ひたりと空気を振動させていく。


「……チーズケーキさん」


 まるで獲物をじっくりと追い詰めるような冷笑。それに加えて猛獣のような迫力に、トゥインズは声を震わせた。


「ひっ、待て、分かった! 返す、返すから!」


 恐怖を感じたトゥインズは慌ててノクティスを放り出し逃げようと背を向ける。


「うなぁ〜! にゃわわにゃ! (おい待て! 私を雑に放り投げるな!)」


 床へと無様に落とされたノクティスは、憤慨するがその直後。


 ヒュッ――


 乾いた音と共に、銀色の閃光が走り、なにかが転がり落ちる。


 ゴトン。


(なんだなんだ!?)


 ノクティスは心臓をギュッと収縮させながらも、振り返ったが最後。そこには血一つ付いていない銀色のナイフが突き刺さっていた。


(おいおい……。性癖は調教だの監禁だのと言っていたが、やられる側じゃなくて、やる側だったのか!?)


 背筋にゾクリと寒気を感じたノクティスは、無意識に尻尾を丸めて震えあがる。


 しかしエミリアが言った通り、心臓さえ無事ならば魔族は死なない。トゥインズは首を失いながらも、猫質にでも取ろうと企んだのだろう。再びノクティスに手を伸ばし――

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