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12:魔王、猫陥ち待ったナシ!?


「カポッカポッ────ゲポッ」


 マタタビ摂取から数日後、ノクティスは猛烈な後悔と羞恥に襲われていた。


 それが精神的ストレスになってしまったのか、彼は連日のように毛玉を吐いている。その背中をエミリアが優しくさすりながら、ノクティスを励ます。


「魔王様~、そんなに落ち込まなくても大丈夫ですよ? 効かない子もいますけど、マタタビで酔うのは普通ですって!」


「にゃにゃあ! にゃにゃにゃ! (私は魔王だ! 猫じゃない! マタタビで酔うなど……断じて認めん!)」


「はいはい、そうですよね~。魔王様は猫じゃないですもんね〜。こ〜んなに愛くるしくて、もう猫ちゃんにしか見えませんけど、猫じゃないですもんね〜」


 完全にエミリアに猫扱いされているのが不服で仕方ない。だが、それ以上に問題なのは――


(まずい、このままでは猫として生きなければならないかもしれん! そして、いずれは快楽に溺れてしまい……いや、すでに溺れかけているのではないか!?)


 最近の自分の行動を振り返れば振り返るほど、ノクティスは自信を失いそうになる。猫じゃらしに夢中になったり、撫でられてゴロゴロ喉を鳴らしたり、マタタビに酔って甘えてしまったりと、威厳も何もあったものではない。


(いや、認めるものか! 断じて認めん! これはすべて猫の本能が悪いのだ! 私の意思ではない!)


 必死に自分に言い聞かせるも、気を抜けば自然と身体がエミリアを求めていることに気づいてしまう。


「魔王様~、ブラッシングしましょうね〜? すっきりしますよ?」


 そう言いながら、エミリアが優しい手つきで毛並みを整え始めると――。


「にゃ……にゃん……にゃはっ! (あぁ……気持ちいい……ではなく、やめろ、触るな!)」


「ふふっ、素直じゃないですね〜? ほんと可愛いですよ~ま・お・う・さ・ま♪」


「にゃああああ! (気持ち悪い呼び方をするな! 可愛いと言うなああ!)」


 抵抗しようとしても、エミリアの手つきが巧みすぎて、ノクティスはすぐに反抗の意思を失ってしまう。


(なんだこれは……! 身体が勝手にこの女の手を求めているではないか! いや、これは罠だ! そうだ、人間界の罠に違いない!)


 拒絶の反応を示すも、身体はなおも正直すぎる。


「はい、ブラッシング終了ですよ〜! 魔王様、次は爪切りしましょうね?」


 当たり前な様子でブラッシングを終えると、エミリアはどこからかともなく猫用の爪切りを取り出し、それをノクティスに見せつける。


「シャー! (爪切りだと!? それだけは許さん!)」


 だが、今まで爪切りというものをされたことがない彼。本能的に、あれは良くないと感じているのか、毛をブワッと逆立て威嚇し全力で逃げ出そうとするが、やはり捕まってしまう。


「ダメですよ、魔王様? 伸びっぱなしだと怪我しちゃいますからね?」


「にゃああああ! (やめろ、やめろ、魔王に何をするんだ! こんな屈辱認めるものか!)」


 そう言って、必死に抵抗するも、エミリアの丁寧な爪切りによって徐々に猫としての本能的恐怖が抜けていく。


「ほら、魔王様。頑張りましたね~、いい子ですよ~!」


 そして、終わった後にはご褒美のように頬や顎下を撫でられる。その絶妙な心地よさに、ノクティスはまたもや身体を委ねてしまいそうになった。


「ふにゃあ……にゃううう……! (くそっ……、このままでは本当に、ただの猫になってしまう……!)」


 内面では激しい葛藤を続けるが、エミリアはそれを知ってか知らずか、さらなる追い打ちをかける。


「あ、そうだ! 魔王様、今日は魔族さんたちもいる広間でお披露目会しましょうか! みんな魔王様だとは知らないですけど、可愛い猫ちゃんがいるって伝えたら喜びますよ~」


「にゃ!? にゃにゃにゃあ! (ふざけるな! それだけは許さん! そんなことをしてみろ、魔法で消し炭にしてやる!)」


 そう言いながらノクティスは、毛を逆立てバチバチに殺る気満々で混合最上位魔法、ファウンダー・ディアブ・ザミーヌを繰り出そうとした。


 しかし、呪いで魔力が枯渇している今の彼は、小さな風すら吹かせることができない。ただただ静寂でなんとも言えぬ空虚な間を作り出してしまう。


「魔王様、何をしてるんですか? ほら、魔王様のことを見たら皆さんきっと喜ぶと思いますし、たくさん撫でてもらえるかも知れませんよ?」


「にゃ……にゃにゃん……(うっ……それは……)」


 撫でてもらえるという言葉に、彼の心は一瞬揺らぐ。しかし、ハッとしながら首を全力で横に振り己を戒めた。


(いやいや、撫でてもらえるからなんだ!? 私が喜ぶわけないだろう! だが……あの快感を多くの者に与えられたら……いや、だめだ!)


「魔王様、もしかして迷ってます? ふふっ、素直になってもいいんですよ~?」


「にゃ! シャー! (違う! 断じて違うぞ!? 変なことを言うな!)」


「またまた〜」


 エミリアは楽しそうにノクティスを抱き上げると、その耳元で優しく囁く。


「魔王様は猫としても魔王としても、と~っても素敵ですよ~。どちらの魔王様も――私は大好きですからね?」


「にゃ……っ!? (なっ、なんだと!?)」


 その言葉を聞いた瞬間、ノクティスの心に奇妙な安堵感が芽生えた。


(いや、騙されるな! これはきっと策略だ! しかし……いや、それでもこいつが言うのなら――いやいや、それはない!)


 葛藤が堂々巡りする中、ノクティスはエミリアの腕の中で徐々に心地よさに負けてしまい、再びゴロゴロと喉を鳴らし始める。


「あらあら、ほんと素直じゃないんですから~」


「にゃ……にゃ……っ(違う、違うぞ……これは……その……)」


 もはや言葉にならない抵抗を呟きながらも、魔王ノクティスは猫としての快楽と葛藤する。


『私は魔王だ! なのに、この女に撫でられ甘えることを待っている自分がいる。このまま猫堕ちして、全てを受け入れれば、私は何か大切なものを失ってしまう気が──!』


 そんな心の叫びも虚しく、ただ胸の中だけで反響し、理性とは裏腹にノクティスはゆっくりと猫としての道をひた進むことに。


 ◇


 エミリアは、猫堕ちを全力で拒み続ける彼を見下ろし、微笑みの奥で誰にも聞こないよう小さく呟く。


「ふふ、私にとって大事なのは――魔王様が、私のそばから離れられなくなることですから♪」


 その言葉が落とされると同時に、ノクティスの背筋が一瞬ゾクリと震える。だが快楽に溺れた思考は、それを深く気に留めることなく、再び心地よい闇へと落ちていくのだった。

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