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10:魔王、毛づくろいと共に威厳を失う。


 シャンプーとブラッシングの一件以来、ふわふわな被毛にすっかり満足してしまったノクティスは、自室で念入りに毛繕いをしながら、ふと重要なことに気がつく。


(そういえば、こいつは俺にシャンプーしたり、ブラッシングしただけで、肝心の魔力が消えた理由を調べていなくないか!?)


 身体は心地よく整えられてしまったが、そもそも本来の目的が果たされていなければ意味がない。


 ノクティスは落ち着かないようすで、しっぽをパタパタさせながら、傍でのんきに紅茶を飲んでいるエミリアを鋭い目つきで睨みつけた。


「にゃ! にゃにゃ? (おい! お前、私の魔力消失の調査はいつするんだ?)」


「え、なんですか?」


 エミリアはカップを置き、首を傾げる。


「にゃ、にゃにゃ! にゃにゃにゃあ! (だーかーら! いつ私の魔力を調べるのか聞いている!)」


「ああ、魔王様の魔力のことですか?」


「にゃ! (そうだ! 早く調べろ!)」


 ノクティスはここぞとばかりに抗議の鳴き声を上げる。


 しかし、エミリアは困ったように肩をすくめ、あっさりと言い放った。


「いや〜、何言ってるかわかんないですけど、魔力の調査ならしっかりとしましたよ?」


「にゃ!? (は!?)」


 一瞬で思考を止めるノクティスは、固まったままの姿勢で彼女を見上げる。


「シャンプーやブラッシングしながら調べましたよ? ほら。ピリピリしませんでした? あれ、私自身の魔力を流して、魔力の通り道とか、封印されてるのかとか、色々と調べてたんです。でも、特に外傷や封印の跡とかはなかったですね〜」


 エミリアは軽い口調で、まるでどうでもいい話題のように話す。その瞬間、ノクティスは猫だというのに、急激に頬が熱くなるのを感じた。


(あの時のピリピリはそういうことだったのか……!?)


 改めて意識すると、あのシャンプーとブラッシングの瞬間が頭に浮かび、彼の心拍数がぐんぐんと上昇していく。


「にゃ、にゃああ……! (ま、待て! それならそうと言え!)」


 動揺のあまり前足をじたばたと動かすノクティスを見て、エミリアはにこやかに笑った。


「だって、あまりにも気持ちよさそうでしたし。つい言いそびれちゃったんですよ〜」


「にゃああ!? (な、何を言っている! 私が気持ちよさそうにするわけがないだろうが!)」


「あれ、覚えてないんですか? お腹を撫でると、ほら、『にゃん……』って甘えた声を出してましたよ〜?」


 イタズラ気な笑みを浮かべながら、エミリアはノクティスの濡れた鼻先をツンツンと優しくつつく。


「にゃあああああ!! (そ、それは誤解だ! そんなことは絶対にない!)」


 必死に否定するが、猫化してしまったノクティスが、どれだけ反論を試みようとも、エミリアには届いてなさそう。


 彼女は楽しげに頬杖をつくと、ニコニコ笑顔で話を続ける。


「ま、魔王様の魔力は封印というよりも、呪いの一種だと思いますよ? 呪いを受けた影響で一緒に変質してしまった感じですね。だから、原因を突き止めるにはもっと詳しい調査が必要です!」


 ようやく真面目な表情で話し出したエミリアに、ノクティスはわずかに落ち着きを取り戻す。


「にゃ、にゃあ……(そうか……仕方ないな)」


 そう鬱々とした溜め息を吐き出すも、呪いとやらを解く方法を探さねばいつまで経っても猫のまま。


 彼はどうしたものかと頭を抱えてしまう。


「あ、そう言えば魔王様? 最近攻撃を受けたことってありますか?」


 ふとなにか気になるのか、エミリアが疑問を口にする。


 だが彼自身、外を出歩いたり、ほかの魔族と関わることは一切ない。というより、魔王城で働く魔族以外と一切関わりを持っていない。


 そもそも、魔王ならば魔王城で働かない上位魔族と情報共有をするはずなのだが――彼はその仕事をデーモン系の魔族に任せっぱなし。


 つまり、彼が攻撃を受けることなどほぼ無に等しい。


 これが残念ながらノクティスでも考えれる周りの評価。いや、客観的な視点だろう。


 エミリアは、なにかを考えるような間を置いたあと、再び口を開いた。


「魔王様って引きこもりですし、攻撃を受けることなんてありませんもんね? う〜ん。なんか私を追い出そうとして、自身で仕掛けたトラップにかかったとかないですか?」


「にゃ!? にゃあにゃあ! (は!? お前は私のことをなんだと思っているんだ!)」


 ノクティスはそう文句を垂れてみるも、いつ攻撃を受けたのか考える。


(そう言えば、私は基本城から出ん。つまり、攻撃っぽいのを受けたのは、こいつに連れ出された時くらい。その時、確か光線系の攻撃が飛んできたな。だが、あんなもので私を傷つけるなど不可能。だから、攻撃を受けた内には入らないが……あれ以外思いつかん)


 思考しながらも、それを伝えればエミリアのことだ。ニマァと嬉しそうな笑みを浮かべ、あの時のギュッは、私を守ってくれたんですね! さすが魔王様! いっぱいご褒美あげちゃいますね! とか何とか言って、ベタベタしてくるに違いない。


「にゃあ……(はあ……)」


 ノクティスは、深い溜め息を落とすと、静かに続けた。


「にゃ。(知らん。記憶にない)」


「ですよね〜。なので、これから毎日しっかりお手入れして調べないとですね! さ、明日のシャンプーの準備をしましょうか!」


「にゃあああ!? (ちょっと待て! 毎日だと!?)」


 パニックに陥るノクティスだが、そんな彼のことなどこれといって気にする素振りもなくエミリアは、すでに鼻歌まじりでシャンプーの準備を始めている。


「にゃあああああああああ! (俺は魔王だぞ!? シャンプーなんか毎日されてたまるものか! くそっ、俺の威厳があぁぁぁぁあ!)」


 ノクティスは、自身が答えなかったせいで、最悪な方向に舵を切ったことに気づき、深く、深く後悔をする。


 しかし、エミリアはそんな彼の反応を見てくすりと微笑むだけだった。

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