号外っ!哀れな王子、パーティの場で婚約者に婚約破棄を宣言するっ!その顛末はWEBでっ!
その日の夕刻、王都の広場では王家関係のスキャンダルが異世界新聞によりスッパ抜かれ号外として配られた。以下にその内容を転載する。
【見出し】
哀れな王子、国家統一記念パーティで婚約者の伯爵令嬢に婚約破棄を宣言するっ!
果たして王子は真実の愛を貫き通せるのかっ!また王家の対応は如何にっ!
【記事内容】
○月○日の午後、王家主催の舞踏会が宮殿松の間にて催された。この催しは国の始祖『ヘクション大王』が国家を統一した記念日に毎年開かれる由緒あるパーティである。
なのでその席に招待されるのは大変名誉な事であり、多くの有力者たちが集まっていた。
特に今年は王子と有力貴族令嬢の婚約が発表され間もなかったので、そのお祝いも兼ねて盛大に執り行われた。
しかし事件は第一幕目のワルツが終わった直後に起こった。いや、前兆は既にワルツの前からあったらしい。
何故ならば本来王子のワルツパートナーは婚約者である伯爵令嬢が務めるのが当然なのに、何故か王子は男爵家の令嬢と踊ったからだ。
なので伯爵令嬢はひとり壁の華として取り残された。これが婚約前ならば彼女にワルツの相手を申し込む者たちが殺到しただろうが、慣習として王子との婚約を公表している伯爵令嬢にお相手を申し込むような無作法をするアホはいない。
結果、伯爵令嬢はひとり壁の華として取り残されたのだった。このあり得ない出来事に周囲の者たちも何事かと色めき立ったが伯爵令嬢は凛としてワルツが終わるのを待った。
まぁ、安易に考えればこの仕打ちは単に王子が伯爵令嬢の気を引こうとしたとも思える。もしくは少し喧嘩でもしたのだろうと周囲の者たちは囁きあった。
だが、ワルツを踊り終えた王子は今回王子のダンスパートナーとして踊った男爵家の令嬢を連れて伯爵令嬢の前にやって来ると声高らかに爆弾宣言をしたのだった。
「伯爵令嬢よっ!今、この場にてお前との婚約を破棄するっ!そして改めて、私に真実の愛を目覚めさせてくれたこの男爵家の令嬢と婚約する事を宣言するっ!」
この爆弾宣言に周囲の者たちは一瞬その意味を理解できなかった。なので一部の者たちはもしかして余興なのかと思ったくらいである。
だが、王子はそんな周囲の反応を無視して更に続けた。
「そもそもお前は私の婚約者に相応しくないっ!聞くところによると毎回学年トップの成績も、担当教師を買収して事前に問題を入手し、あまつさえ答えすら得ていたそうじゃないか。そんな偽りの成績で私の花嫁候補に躍り出るとは笑止千万であるっ!」
王子の伯爵令嬢に対する弾劾陳述に周囲から呆れたようなため息が漏れ出た。何故ならば、今王子が言った事はそのまま王子に跳ね返るからだ。
そう、王子こそが教師から事前に練習問題という形で試験問題を入手し、あまつさえ答えまで得ていたのは周知の事実だったからである。
しかもそこまでしてさえ王子は常に数問答えを間違えて、毎回トップの座を伯爵令嬢から奪取できなかったのだ。なのでもう一度言うがこの王子はアホなのである。
それ故か、空気を読めない王子の伯爵令嬢に対する弾劾陳述は続いた。
「更にお前は取り巻き連中に命じてこの淑やかで大人しい男爵家令嬢に陰湿なイジメを仕掛けていたそうじゃないかっ!そのような穢れた心を持つ者を王家は絶対に許さないっ!よって正式な調査が終了次第、お前を投獄するっ!」
王子の口から『投獄』という言葉が出た事により、漸く周囲ももしかしたらこれは余興ではないのかも知れないと思い始めた。
何故ならば王子は投獄という言葉に王家の権威を被せてしまった。こうなると後で冗談でしたなどと言い訳も出来ない。それ程『権威』とはおいそれと行使してはならぬものなのである。
しかし、この『イジメ問題』に関しても、やはり王子にはブーメランな発言だった。それくらい王子はこれまで王家という肩書きを盾に自分が気に食わない者たちへ陰湿でネチネチとしたイジメを配下の者たちを使って行なっていたからである。
つまり今回王子が挙げた伯爵令嬢との婚約破棄を決断するに至った全ての内容は王子本人に当てはまる事だったのである。
なのでここまであからさまだと普通はどう考えても今回の婚約破棄騒動は王子と伯爵令嬢が仕組んだあまり笑えない『余興』としか思えなくなる。つまり自虐ギャグだ。
だが、日頃の王子の言動を知っている者たちは王子がギャグではなく本当に伯爵令嬢が罪を犯していたと思いこんでいる事を理解していた。
そう、つまりこの王子は本当にアホだったのである。だが王子の母親、つまり王の妃がこの国の周囲では武力と経済力が一番強大な隣国から嫁いできた姫君だった為に今まで周囲の者たちは目を瞑っていたのだ。
しかし、その妃も3年前に病で他界していた。しかも現在、隣国は王家内で派閥争いが勃発しており亡くなった妃をバックアップしていた勢力は守勢に追い込まれこの国への影響力が低下していたのである。
なので王はこれを機に隣国の次に強力な国力を持つ別の国と同盟を結び、その国から新しい妃を迎え入れていた。つまり王は後ろ盾を乗り換えたのだ。
故にこの国では王子は既に四面楚歌な状態だったのである。だが王子はアホだからそれに気付かなかったのだ。
なのでその場で王子の言動に渋い顔をした王の決断は早かった。
「王子よ、如何な我が子とはいえ、このような場にて外道な如き振る舞いは王家の者として見逃せるものではない。よって沙汰あるまで謹慎せよ。」
「なっ、何をおっしゃるのです父上っ!いや、王よ、私は王家の為を思って王家の恥になるであろうこの女を弾劾したのですっ!その私に謹慎せよと?判らぬっ、理解できませぬっ!そもそも私にそんな事をしたら母上の母国が黙っていませんぞっ!」
「王子よ、色々諭したい事はあるがまずは下がれ。そして部屋にて少し頭を冷やすが良い。だが王家の者として起こしてしまった事に対するケジメは取らねばならぬ。その事も含めて謹慎せよ。衛兵っ!王子を連れ出せっ!」
「はっ!それでは王子、ご同行願います。」
王の命令により数人の衛兵が王子の周りを取り囲む。だが強制的に取り押さえるような素振りは無い。そこはさすがに王家の者へ対する配慮があるのだろう。
だが、当の王子は衛兵の言葉に応じようとはしなかった。
「ほざくな、衛兵如きがっ!私を誰だと思っているのだっ!下がれ、下がらぬかっ!」
「王子、王のご命令です。どうか従って下さい。」
「黙れっ!王よっ!この者たちにご命令下さいっ!これは明らかに王家への不忠でありますぞっ!」
王子の嘆願に王は黙って首を振る。その仕草を確認した衛兵たちは、今度は力尽くで王子を抱え込み引きずるように会場を後にした。
それでも王子は王に対して叫ぶのを止めない。その声は扉が閉められた後も延々と続いたのだった。
その後、静まり返った会場内に王の声が響く。
「さて、とんだ余興モドキで興も冷めたが、今日は国家統一の記念日である。その催しを戯言で中止する訳にはいかぬ。なので気持ちを切り替えて宴を続けよう。」
王の言葉にその場にいた者たちはぎこちなくもいつも通りの振る舞いを始めた。但し、伯爵と伯爵令嬢は王に許しを請い会場を後にした。因みに男爵家の令嬢もいつの間にか姿を消していた。
その後、第2幕のワルツの調べが奏でられ始めると会場はいつもと同じ雰囲気を取り戻し、ペアとなった男女はくるくると廻り踊り始める。
もっとも彼ら、彼女らの心中は今起こった出来事で混乱していたので、そこかしこでステップを間違えコケる者が続出したのは言うまでもない。
以上が、異世界新聞の号外に書かれた内容である。勿論王宮内で起こった仔細を新聞記者が知る由もないので書かれていた内容は全てその場にいた者たちからの伝聞である。
つまり誰かがチクったのだ。もっともスクープとはいえ、王家のスキャンダルを新聞社がここまで詳細に伝えるのはリスクが高過ぎる。
なのでこの号外に関しては王家からの暗黙の了解があったはずだ。つまり王家としては国民に対してアホ王子は取り除いたから安心しろというメッセージを送りたかったのだろう。
それくらいあのアホ王子の所業は国民からも呆れられていたのである。
そんな前代未聞な婚約破棄騒動から数日後、伯爵令嬢は父親である伯爵と共に王に呼ばれた。そしてそこにはあの日王子とワルツを踊った男爵家令嬢もいた。
しかし、男爵家令嬢の瞳に怯えは無い。つまり彼女は王子をたぶらかした罪を糾弾される為に呼ばれたわけではないようだった。
そして王は三人に向かってにこやかに語り始めた。
「さて、伯爵よ。今回の企ては全て計画通りに進んだ。先の妃の後ろ盾である隣国も今回の事に対して横槍を入れてくる気配はない。もっとも隣国は今、それどころではないだろうからな。」
「王におかれましてはまことに天晴れな采配と民たちも喜んでおります。」
王の言葉に伯爵は一礼した後に王を称える言葉を贈った。そのやり取りから伺える事は、つまり王と伯爵は今回の事件に関してグルだったという事なのだろう。
そして当然ターゲットはあの王子だ。なので王は今回の件に至った経緯を反芻するかのように語り始めた。
「うむっ、あれの所業は前から注意していたのだが一向に直らなかった。まっ、これも血の成せる業なのだろう。あれの母親も母国である隣国の威を盾に無茶ばかり言っておったからな。」
「本来ならば前妃様同様、王子にもご病気という事で退いてもらってもよかったのでしょうが、それでは悪い噂も立ちかねません。そうゆう意味では、今回の計画は隣国からの言いがかりも未然に防ぐ最良の手立てだったかと存じます。」
王と伯爵の会話には深い闇が見え隠れしている。その意味を邪推すると前妃のご病気は仕組まれた事とも読み取れた。
但し王子に関しては続けざまに病死となると周囲から不審の目を掛けられかねないので別の方法を取ったのかもしれない。
その事は王が発した次の言葉に現われていた。
「うむっ、あの企てのあらすじを書いたのは宰相の部下なのだが、まことに完璧なあらすじであった。余もここまでうまく事が運ぶとは思っていなかったわい。だが、それもお前たちの演技があればこそだったはず。礼を言うぞ。特に男爵家令嬢には一番難しい役を押し付けてしまった。すまぬな。」
「滅相もございません。王のご命令とあらば当家は汚れ役を担うのも厭わぬ覚悟でございます。」
王からの謝罪の言葉に男爵家令嬢が答える。そう、あの王子をたぶらかし伯爵令嬢に対する様々な偽りの所業を吹き込んだのは、全て王からの指示だったのだ。
そして男爵家令嬢はその任を完璧にこなしたのである。この事に関しては伯爵令嬢も事前に説明されていたので男爵家令嬢の功績を称えた。
「そうですわね、今回の一番の功労者は男爵家令嬢ですわ。私などはその流れに乗ってただ立っていただけですもの。そもそもあのアホなれど疑り深い王子を丸め込めるには相当なご苦労があったはず。私などではとても務まらなかったでしょう。」
「うむっ、そうだな。聞くところによると男爵家令嬢はまさに悪役令嬢も斯くやな演技だったそうではないか。」
「お恥ずかしい限りでございます。ですが私のようなものにこのような大役をご指名頂いたご恩に報いる為、誠心誠意演じさせて頂きました。」
王からの言葉に男爵家令嬢は一礼して答える。
しかし、如何に王命とはいえ今回の事で男爵家令嬢も王子に連座して裏を知らぬ世間からはかなりの悪評を浴びている。
なので、男爵家も王家からそれなりの制裁を受ける事になった。もっともそれはあくまで表向きであり、人の噂も七十五日ではないが国民の間から今回の事が忘れられるのを待ち、男爵家の名誉は回復される約束がなされていた。
それどころか、領地経営に失敗し多額の負債を抱えていた男爵家は王家からの救済を受け借金がチャラになったのである。
つまり男爵家令嬢は王家に対する忠節もあったのだろうが、結果として『金』の為に今回の汚れ役を受けたのだった。
だが、如何に金の為とはいえ、目的を達成できなければ支払いも無かったはず。そうゆう意味では男爵家令嬢も男爵家の復興の為に必至だったのかも知れない。
そう考えれば確かに今回の件に関して一番の功績者は男爵家令嬢と言って間違いないだろう。
かくしてその後、王家は新たな同盟国との絆を強める為に先方の国務大臣の子息の下へ伯爵令嬢を嫁がせる事となった。
当然相手の子息に関しては詳細な調査が行なわれ至極真っ当な人物である事が確かめられている。
もっとも伯爵令嬢としては先方の人物像よりも、その容姿にメロメロになったらしい。そう、国務大臣の子息は伯爵令嬢の嗜好にドンピシャな好男子だったのである。
また、相手も伯爵令嬢の品と振る舞いにハートを射抜かれたらしく相思相愛とあいなった。
また、男爵家も今回の件によって領地を没収され別の領地へと配置換えとなったのだが、新たな領地は数年前から行なっていた開墾が漸く軌道に乗り始め、豊かな農作物の実りが期待できるようになった好物件であった。つまり表向きは左遷であるが、その実は栄転だったのだ。
勿論男爵家令嬢にも新たな領地の有力豪族の子息との結婚話が薦められていた。その子息はまぁ、容姿に関してはそれなりだったのだが優しく働き者で領民たちからも慕われていた。
それに男爵家令嬢にとって一番嬉しかったのは、かの者は男爵家令嬢に一目会った途端夢中になったのだ。それこそ下にも置かない扱いである。
それはもう周囲から見てもウザイくらいで、男爵家令嬢がちょっと咳き込んだだけであたふたと大騒ぎする程だったらしい。
これが今回の婚約破棄騒動の顛末である。因みにアホ王子は王宮の一角に蟄居させられたまま、その後の一生をそこで過ごした。
とは言え、別に監禁された訳ではないから外には出れたし、お金だってそこそこ自由に使える額は支給されていた。ただ、さすがに王宮の公式行事には出させて貰えなかったようである。
つまり飼い殺し状態となった訳だ。しかしそれもまた身から出た錆であろう。なので今回の騒動で一番ヘタを打ったのはアホ王子を支持してきた貴族たちだ。
そう、婚約破棄騒動の後、彼らは悉く王から難癖を付けられて改易させられたのである。もしくは家督を息子に譲るよう強要されて隠居させられた。
このアホ王子支持派貴族たち、つまり隣国の息が掛かっていた売国貴族たちの改易により王家は結構な面積の領地を取り上げる事に成功し、それらを親王家派の貴族に再分配する事で主従の結びつきを深めたらしい。
そう、今回の婚約破棄騒動の真の目的は隣国におもねる反王家勢力のチカラを削ぐ事だったのだ。王子はあくまでその駒として踊らされたに過ぎなかったのである。
さすがは魑魅魍魎が跋扈し、謀略が渦巻く上流階級である。アホが『ざまぁ』されて、みんなが幸せになりましたなどという筋書きはあくまで表向きで、その根源には飽くなき権力闘争の火花が散っていたのだ。
もっとも、そうゆう意味では伯爵令嬢や男爵家令嬢も駒でしかなかったのだろうが、勝ち馬側に付いた事により事なきを得た。
そして、流れに身を任せる形にはなったが結構幸せな環境を手に入れたのではないだろうか。
もっともその流れを読み取り、どちらに付くかを見極めたのは彼女たちの才覚である。そう、幸せとは自ら掴み取るのが異世界貴族令嬢たちの矜持なのかも知れない。
そして今、彼女たちは良き伴侶と子供たちに囲まれて幸せに暮らしている。なので願わくばその幸せが長く続く事を祈って今回の騒動を記した物語を終えよう。
-お後がよろしいようで。-