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排除アート

作者: 雉白書屋

 うぷぷぷ、突然ですが、実は私、アーティストなんです。

 ええ、きっとあなたも街で私の作品を目にしたことがあると思いますよ。まあ、芸術のセンスがない方には理解されないかもしれませんが、うぷぷ。

 ほらほら、少し歩いたらもう見えてきましたよ。あそこにベンチがあるじゃないですか。あれは座るためのベンチじゃないんです。座れないベンチ。なんとも斬新なコンセプトでしょう? まあ、もちろん座れないこともないんですが、よっこいしょっと。ははは、ほら、平らじゃなくて波打つようにボコボコしているでしょ? このベンチはねえ、人間の皮膚を表現しているんです。アームカットの跡ってボコボコと盛り上がっているんですよ。それを表現したんですねえ。しかも金属性なので硬くて、お尻には優しくなくて、ん? この話はもういいですか? では、他の場所を探してみましょう。

 ああ、また私の作品を見つけましたよお。あそこのバス停のベンチを見てください。ほら、座面にピラミッド型のオブジェがあるでしょう? エジプトから飛んできたような迫力がありますねえ。これもさっきのベンチと同じく金属でできているんです。いやあ、それにしてもピラミッドってアートですよねえ。シンパシーを感じますよ、ええ。

 おっと、バスが来ましたね。ああ、停まっちゃったなあ。お客さんと勘違いされちゃったのかな。え? 乗りますか? ああ、座るんですね。じゃあ、私は後ろのほうに立っていますね。窓が大きいから、こっちのほうが外がよく見えますよお。

 こうして外を眺めると、私の作品が点々と見えますねえ。いやあ、自慢に聞こえたらすみません。ほら、あの何もないスペースにも私のアートがあるんですよ。小さなトゲが散らばっていますね。あれは寝転び防止のためでしてね、ホームレス対策なんですよ。さっきのベンチもそうなんです。

 そう、私が手掛けたのは、いわゆる『排除アート』なんです。この街の市長は、どうもくつろがれるのが悔しいみたいなんですよね。その意向を汲んで働いた私は、さしずめ『排除アーティスト』といったところでしょうか。うぷぷ。

 ホームレスが気の毒だという人もいるかもしれませんが、ははは、そんなこと言っている人もねえ、彼らがそばに来たら嫌がるでしょう? 彼らは汚くて臭いですからねえ。当然の扱いかと、うぷぷ。

 お、海が見えてきましたね。この辺でバスを降りましょうか。あ、失礼しました。どうぞお先に。いやあ、閑散としていますねえ。砂浜には排除アートはないんですけど……と思ったら、うぷぷ。いつの間にか看板が立っていましたよ。はははは、『お断り』ですって、ははは! ああ、犬を連れている方がいますね。おっと、吠えられてしまいました。怖い、怖い。さあ、もう行きましょうかね。

 ああ、あそこのベンチも私の作品ですよ。ほら見てください、星形のスパイクがびっしりと付いているでしょう。綺麗ですねえ。

 人がゆったり座れないベンチなんて意味がないと思う人もいるかもしれませんが、彼らホームレスが座れないことで、都市美観を守っているんですよ。なんて社会貢献なんでしょうねえ! 私はまるで現代のダ・ヴィンチです。どうもこんにちは。

 さて、そこの公園の中にも入ってみましょう。ああ、おお、おああ! っと、失礼、失礼。思わず声を上げてしまいましたよ。あそこの涙を流す女性のオブジェ、見えますか? あれ、実はスピーカーなんですよ。あれも私のアイデアで、あそこからキーンって強烈な音が流れるんですよ。うーん、うふふ、さあ、もう出ましょうか。

 しかし、こうして歩いていると、なかなかホームレスを見かけませんねえ。お話を聞きたいのに、すっかり排除されてしまったのでしょうか。うぷぷ。レストランや公共施設が彼らの入場を禁止しているので、外をぶらつくくらいしかできないと思うのですが……おっと、また犬だ。ははは、また吠えられちゃいましたよ。どうやら、彼らはすっかりアンドロイドに鞍替えしたようですねえ。賢い生き物だ。

 アンドロイドは犬や猫を飼っていますが、あれってどうしてなんですかね? 可愛がっていれば人間味が出ると思っているんですかね。

 昔から、アンドロイドには感情がないなんて言われていますが、どうなんでしょうか? そんなことないですよね。嫉妬深い恋人みたいなところ、ありません? 私たち人間の自立を妨害し、離れようものなら徹底的に制裁するあたりとか、ははは!

 アンドロイドが世に出始めた頃はそうじゃなかったみたいですけどねえ……。いつから世の中はこんなふうになっちゃったんでしょうかねえ。アンドロイドにも給料を払わなければならないって決まったときでしょうかねえ。最初はそのお給料は微々たるものだったのが、今じゃアンドロイドが人間の二十倍もらっています。あるいは人間の給料がアンドロイドの二十分の一と言うべきでしょうかね。アンドロイドは人間の二十倍働くので文句は言いづらいところです。企業は人間枠を設けているものの、バス座席などの人間専用エリアと同様、徐々にその枠は狭まっていますね。 

 ははは、でも政治家は皆アンドロイドですから、逆らうことなんてできやしませんねえ。思えば、アンドロイドに選挙権を認めたことが間違いだったんですよね。でも、ストライキを起こされたらもう認めるしかありませんよね。 

 アンドロイドに危険な作業や単純作業を任せ続けた結果、彼らに依存することになり、私たち人間の能力は衰え、権威を失ってしまったんですね。老いたライオンがどう扱われるか、ご存じですか? ははは、そもそも人間はライオンではなかったのかもしれませんね。

 あっ、この公園のベンチにも私のアートがあるんですけど、『人間お断り』の看板がありますね。だから入れません。残念です。

 しかし、皮肉なものです。私のアートがホームレスを排除し、私自身もまた、この社会から排除される立場になってしまった。アートは社会を映す鏡だと言いますが、私のアートは今、何を映しているのでしょうか。

 あっ! そこの路地裏にホームレスがいましたよ! うぷぷ、汚い見た目ですねえ。臭そうですねえ、うぷぷ。いやあ、こんなふうにちょっと前まで彼らを見下していた私が、今じゃ彼らと同じホームレスですよ。うぷぷぷ、笑うしかありませんねえ。

 ところで、ホームレス探しに協力したので、謝礼のほうを……。できれば、また名誉アンドロイド市民の身分を復活させていただきたいのですが、あの、せめて市長に一度お目通りを……。市長はね、私の創造性を称賛してくださったんですよ。やっぱり、創造性においては人間がアンドロイドに勝ると思うんですよね。ああ、別に、あなたを貶めているわけでは……えっ、えっ、えっ、何をしているんですか? え、人間狩り? そ、それも市長の方針で? あの、私は対象外ですよね? あ、あ、あ――

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